私と恋の話 前編
小さな頃から次期コンナート子爵夫人となるよう、教育を施されていた私。それが当たり前だと、疑問には思いませんでした。エリオット様と出会う前は。
コンナート家は統一国ゼルハラが創建された同時期、子爵家を承ります。統一国の創建に尽力したお爺様の功績が認められ、庶民から貴族に成り上がりました。
貴族の血筋など全く入ってない、庶民の官だったお爺様。貴族として新たに生きるのは想像を絶する苦労があったそうです。ですが、子爵家から嫁いできたお婆様に献身的に支えられ、没落は逃れられたと言ってました。
二人の間に生まれたのが、お母様。そのお母様は、ラインハーツ伯爵家三男のお父様と出会い結婚。お父様は婿入りでした。
そして、その時期に監理官としてのお役目を頂きました。頂いた、と言いましても上級貴族のお願いでしたよ。
その上級貴族というのがお父様のお母様、そのお姉様が嫁いだ由緒正しい公爵家。まだ、大戦時でありました頃、西の将軍として有名だったフランシュペルズ公爵家です。
統一国創建前、大陸は東と西に別れて百年以上も大戦を続けていました。また、それ以前も幾多の国があり幾多の戦争がありました。分かっているだけでも数百年前からずっと、この大陸は戦争が絶えない土地でした。
その大戦で活躍し、数百年という戦争の歴史に最後に名を遺した将軍家。新興貴族のコンナート家は従うほかありませんでした。
実は既にそのお姉様が亡くなっているのにも関わらず、のお願いでした。貴族って本当に怖いですね。縁が繋がったが最後、地獄の果てまで一蓮托生ですもの。
ようは、使い勝手の良い下級の小間使いが欲しかったようです。いつでも、切り捨てられるような。
コンナート家は戦後不況の荒波の中、様々な試行錯誤を行いました。それが市井の経営者の事業発展を助ける業務です。これが非常に効果的に働き、新興貴族の中でもかなり裕福になりました。発案はもちろんお爺様です。
監理官としてだけではなく、それ以上の展望を見据えることで存続できたコンナート家。
そして、それを継ぐ私たち姉妹。生き残るための教育はとても辛い日々だったわ。特に次期夫人である私への教育。両親や祖父母が影で泣くほどだった。
私はめげなかった。皆が優しく見守ってくれたから。ラインハーツ伯爵家の祖父母も、コンナート家の皆も。特に、妹のカタリナも。
だから私は幸せなんだ。小さい頃から、そう信じてた。その気持ちだけで、教育の日々を乗り越えられたわ。
でも、私はそれ以上の素敵な気持ちを見つけてしまった。
あれは、10歳の節目を祝うパーティ。同年代の子息令嬢が集まり交流を持とう、という趣旨だったわ。そこで私は色んな子とお話が出来て、舞い上がっていた。
楽しい、凄く楽しい! 皆、とびっきりにおめかしをしていたの。まるで、絵本の世界のようだったわ。凄く可愛い、綺麗、格好良い!
その日、私の中の世界が広り華やかに色づいた。キラキラと輝く夢の世界。だから、浮かれていたのでしょう。
「どうだ、凄いだろ」
一人の子息が自慢の特技を見せた。周りが同調し、特技の自慢大会になっていたのです。子供らしいものから、大人顔負けのものまで。皆が本当に楽しく披露するものだから、私は勘違いをしてしまったの。
「で、では! 次は私が!」
出番が来た。周りの子が、興味津々に見てくる。はりきった私は、後屈して顔を股の間から出した。
「うわぁぁっ!!」「きゃあぁぁっ!!」「ヒィィッ!!」
一瞬で阿鼻叫喚。中には失神をしたり、腰を抜かしてその場から動けない子もいたの。そこで、ようやく思い出す。絶対にやってはいけないと言われたことを。
それから私は化け物扱いをされ、追いかけ回された。怖かった。さっきまで一緒に楽しくお話していたのに、どうしてそんなに拒絶をするの?
私は無我夢中で逃げた。そのうち、人目がない木の上に登ってやり過ごしたの。しばらく身を隠していると、運命の出会いがあったわ。
「ほら、もう大丈夫だよ。降りておいで」
それがエリオット様との出会い。
◇
その日から私は、毎日エリオット様のことを考えるようになった。だって、考えるだけで心が温かくって、楽しくなって、とても気持ちがいいのだもの。辛い教育の日々を、明るく照らしてくれたのは間違いないわ。
お勉強やレッスンが上手にできなくて泣いた夜は、あの笑顔を思い出して自分を慰めた。逆に褒められた時は、心の中で感謝をしたの。
そうした日々を過ごすうちに、また会いたい気持ちが膨らんだ。だから、両親の交流について行って、エリオット様を見つけようと考えたわ。そのためには、マナーや言葉遣いを今までより上手になる必要があったの。だから、頑張ったわ。
私は早い段階で少しずつ、人が集まる所に出ていくことになった。様々な方に挨拶をして覚えてもらう。気に入られるように、愛想を振りまく。コンナート家の交流が広まるきっかけに、少しは貢献できたと思うわ。個人で開く交流会に呼ばれることが多くなりました。
そこで、エリオット様を探したの。朝、昼と両親と一緒に駆けずり回ったわ。でもね、いざ探すとなると全然見つからなかった。
日に日に疲れて、子供ながらやつれていく私。だけど、気持ちは膨らむばかり。辛ければ辛いほど、会いたい気持ちは止めどなく大きくなった。
そんな様子を見て、お父様が心配そうに尋ねてきた。
「サリア、一体どうしたんだい? 今からそんなに無理をしなくても、いいんだよ?」
とうとう、一人では抱えきれなくなった私。「エリオット様に会いたい」と言葉を漏らす。その言葉に少し考えたお父様が、はっと何かに気づく。
「それは……もしかして、ダダルク家のエリオット君ではないかな?」
どうして、答えはこんなに近くにあったのだろう。どうして、誰かに聞こうとしなかったのだろう。そんな考えが浮かんではこないほど、私は名を聞いた瞬間に、胸をときめかせた。
でも、お父様は困ったように笑いながら言葉を濁す。
「ダダルク家は……ちょっとした事情で、エリオット君はあまり表には出てこないんだよ。弟のヨハン君が父母に連れられて出てくるんだ。だから、今まで会えなかったんだよ」
「では、お父様! どうしたら、お会いになれるんでしょうか!?」
「……うん、そうだね。私たちに任せなさい」
後から知りましたが、お父様が公爵家に相談したそうです。ダダルク家の当主と長男を、公爵家主催の交流会に呼んでみてはどうだろう、と。
詳しい内容は教えられませんでしたが、ダダルク家に昔、西の王家の血が入ったことがある。その理由があったから、お許しが出たそうです。終戦してもまだ、東の西の、と差別用語が無くなりません。
この後、公爵家で開催された個人的な茶会で再会を果たしました。あの日から2年弱。とても時間がかかったわ。
用意された席に近づくと、眩しい金色の髪をした男の子が座っていた。あの時と同じ眩しい輝きに、胸が高鳴ったわ。緊張して震える口で、なんとか声をかけるの。
「あの……お久しぶりです、エリオット様」
「貴女は確か……えぇ、お久しぶりです、サリア嬢」
こちらを振り向いて、ふわりと柔らかく笑った。それだけで、私の胸の中はとても温かくなって、何故か涙が溢れそうになった。
きっと、この時に自覚したのだろう。この人が好きなのだと。
「あ、あの! 宜しければ、ご一緒してくださいませんか!?」
「勿論、喜んで。僕……あんまり知り合いいないから、助かったよ」
その日、一緒のテーブルを囲んで最後まで会話を楽しんだの。この幸せな時間が、2年弱の辛い日々の記憶を塗り替えた。
そして、私は彼に夢中になっていく。




