5 怪鳥の襲撃
風を切ってるっ!?
思い通りに自分の姿を変えられる力、これを白の世界から出たあとも使えるのはびっくりしたが想定内だった。
だけど、これ……本当に肉体がある!
鳥になった私は、翼全体で風を感じられることに感動していた。
因みに、翼で空を飛ぶ方法は白の世界で練習済みだ。数ある暇つぶしの一つである。
鳥の体を完全に再現して、重力、空気抵抗などは覚えている地球の感覚を適応させた。思った以上に難しかったが、今では飛行で負ける鳥はいないと思う。
ただ、あの頃は重力や空気抵抗による体の動きを再現しただけであって、こうしてそれを直に感じることはなかったのだ。間違いなく、肉体は存在していると思う。
そうか、この世界に来て、あの能力は単なる空想ではなく、現実に体を創ることができるようになったのか。なんて便利なんだろう。
しばらく、この風を楽しんでいよう。
飛びながら、今後の事を考えていた。
今の私には、情報が必要だ。だって、私はここのことを何も知らない。
空を見上げると、月が二つ浮かんでいた。
……そうなんだよなぁ。ここ、地球じゃないもんなぁ。
地球じゃないってことは、当然言語や文化も違うはずだ。これからここで暮らすなら、勉強しておかなければならない。
ふふっ、勉強かぁ。昔はあんなに嫌いだったのに、今はしたくてたまらない。
私は未知に飢えているようだ。
白の世界では、ずっと新しい情報というものを得られなかったから。それはもう退屈だった。
あんな退屈はもうゴメンだというか、とにかく好奇心を抑えきれない。地球にいた頃はそんな性格じゃなかったんだけどね。
森が見えてきた。
鳥の目は性能がいいらしく、暗くてもよく見える。
闇雲に森の中に入っても迷うだけだろうし、上空から眺めるだけにしておこう。
それにしても広い森だ。地平線までずっと続いている。
なかなかに壮観だ。これだけでも、私を満足させる景色である。もう白いのだけは勘弁してほしい……。
背の高い木々が整然と並んでおり、ただの森のように見えて神秘的に思える。それは、一般人としての感覚だけが要因ではないのかもしれない。
少しテンションが上がってバッサバッサと大げさに羽ばたいていると、何かが近づいてきた。
あれは……鳥?随分と大きい鳥だ。翼を広げた横幅は10mはあるだろうか。
少なくとも、私の記憶の限りではこんな鳥は地球にはいない。
やつは私を見つけるやいなや、鳥らしからぬ猛獣のような雄叫びをあげ、猛スピードでこちらへ向かってきた。
……おかしいなぁ。こんな怪獣映画に登場しそうな怪鳥を目の前にしても、怖くない。というか、明らかに私を殺しにかかってるのに、動揺すらしていない。
生前の私なら、間違いなく発狂してる。いや、私に限らずまともな人ならそうなるだろう。あ、そっか。私人じゃないんだった。
納得。人じゃないから人っぽく怖がれないみたいだ。
っと、そんな話をしている場合じゃない。こいつをどう対処しようか。
とりあえず、フレンドリーに鳴き声で返してみる。やあ、気分はどうだい。今日もいい夜だね!
まあ通じるはずもなく、怪鳥はもう目の前まで迫っていた。獰猛な瞳を光らせ、私を殺意の爪で狙っている。
「グルァァァァアアァァァ!!」
いやだからね、それって鳥の鳴き声じゃないと思うんだ。もしかして私みたいに、鳥っぽいけど実は鳥じゃないとか、そういう感じなのかな?
くだらないことを考えていると、勢い良く鋭い爪が振り下ろされた。
その爪は私を脳天から引き裂きながらなおも止まることなく……ついに一刀両断にしてしまった。
まあ、戻るんだけどね。
半分になった私の体は霧状になり、粒子が集まって再び大鷲の体を形作った。
一度作った肉体を分解することもできるようだ。肉体のない姿……仮に精神体と呼ぶが、これは物理的な干渉を受けない。怪鳥の爪を受けてもノーダメージである。
怪鳥は私を仕留められなかったことにご立腹なようで、狂ったように何度も攻撃を仕掛けてきた。
何度も肉体を持ったり捨てたりするのも面倒なので、精神体のままやり過ごしているが……一向に諦める気配がない。
これはどういうことだろう。そもそも、何故私を襲ってきたのかも謎だ。なんのメリットがあって行動に出ようと思ったのだろうか。
まるで、私を喰うでもなく、意味のない殺意に従っているだけかのようだ。
だとしたら……かなりたちが悪い。
怪鳥の様子が変わった。がむしゃらに爪を振り下ろしていたのをやめ、空中に留まりこちらを睨みつけている。
見逃してくれるという雰囲気ではない。むしろ、もっと大技を出そうとしていそうだが……。
「ゲギャァァァーーーーーー!!」
っ!炎!?
口から炎を吐き出した!?どういうことっこれじゃ本当に怪獣じゃん!
原理を知りたいがそんな余裕はない。私の本能が、あれを食らってはまずいと言っている。精神体でもか?
熱いっ!
炎が少しかすった。本当に精神体でもダメージを受けるようだ。
本当にわけがわからない。火って、物理的なものじゃなかったっけ?むしろ物理的ダメージじゃないものって何だ?
………よし、冷静になった。
当たらなければどうということはない。白の世界の経験からだと思うけど、思考速度をかなり上げることができる。要するに、時間が遅く感じられるのだ。
いや、もっと根本的に対策できると思う。自由自在に姿を変えられる能力。それで、炎の効かない体を作り出せばいい。
あれは、単に見た目を変えるだけの能力ではない。鳥になったときにわかったことだが、ちゃんと望む物質を作り出せる。鳥の羽なら、軽くて丈夫な飛ぶのに適した素材が生み出されていたのだ。
この力で、耐火性抜群の謎素材を作ってやろう。
どういう構造かは知らない。ただ、火で燃えないということを意識する。
再び粒子が集まって、大鷲になった。見た目は変わらないが、これであの火は無効化できるはず!
怪鳥の二度目の火炎放射が来た。それを自信満々に受け止めると……。
「あっつ!?」
なんで!?普通に熱いんだけど!?
見ると、私の羽毛が焼け焦げ、醜く爛れていた。
……多分重症だけど、それほど辛くないのはなんでだろう。
一旦体を分解する。これで火傷はなかったことになるはずだ。
それにしても、なんで火が効いたんだろう。私の鍛え上げたイメージは完璧。能力の解釈も間違っていなかったと思うが……。
………まさか、あれは火じゃない?
私が無効化したかったのは火だ。あれが、私の知っている火ではないとしたら?
失念していた。そもそも、ここは地球ではないのだ。地球と同じ法則で火が生み出されているとは限らないじゃないか。
「グォォォァァアアアァァーー!!」
怪鳥の雄叫びが響く。次の火炎放射が来るようだ。
くっそ〜、もしそうだとしたらどうしようもないじゃん。当初の作戦通り、とにかくよけまくるしかない。
最大限に思考速度を高めて、紙一重で火炎放射をかわす。
相変わらずやつに獲物を見逃すという選択肢は無いようで、しつこく攻撃を繰り返している。
やつが力尽きるまで逃げ切るという方法もあるだろう。私が精神体のときは、全く疲労を感ないのだ。私には体力が無限にあるとまではいかないかもしれないが、怪鳥にはマラソンで勝てる可能性に賭ければ……。
いや、ここでやつを倒す。
……いいのかな?最後まで逃げるほうが、確実かもしれない。
だけど……う〜ん。私って、こんなに好戦的だっただろうか。
この鬱陶しい鳥を、地面に叩き落としたくて仕方がないのだ。
なんだろう、この気持ち。白の世界という束縛から解き放たれて、何でもやっていい気分になってしまっているのかな?
それはなんだか問題がある気がするけど、とにかく今はこの鳥をどうにかしなくちゃいけない。
反撃させてもらうよ?