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悪魔ちゃんは未知に飢えている。  作者: 最早もやし
1/5

1 白の世界

 ―――ここはどこだろう。






 私は、目の前の景色に困惑していた。




 見渡す限り、白一色の世界。白以外に、何もない。地平線すら白く塗りつぶされている。

 上も下も、右も左もわからない。地面も見えないから、体が浮いているような感覚に陥る。

 いや、そもそも体はあるのだろうか。自分の手も足も見えない。ただ、白が見えるだけ。



 さっきまでは、学校への登校途中だったはずだ。何をどう間違えたらこんなところに来るのだろう。

 こんな場所、現実に存在するわけがない。真っ白に塗りつぶした部屋でも、壁と床の境くらいは見える。ここはそれすらない。



 まるで、夢の中だ。



 ただの妄想かもしれない。しかし、私の頭は何故か妄想であることを否定している。これは現実なのだと、本能が訴え掛けている。

 ……妄想だったら良かったのになあ。既に私の中ではこの白い世界に実際に私が()()ということに確信が生まれている。根拠はないけど……。






 これが現実だとして、どうやったらここから抜け出せるのだろうか。

 当然、出口のようなものは見当たらない。というか、何もない。ただ白いだけで、()()が存在していない。

 歩き回れば見つかるだろうか。ここで立ち止まっていても仕方ないし、うごいてみよう。




 まずい。自分が動いているのかがわからない。動く景色がないからだ。せめて自分の体を認識できればよかったのだが、それすらわからない。

 せめて妄想でも、自分の体を作ってみよう。女子高生だった私の、地面を踏みしめる革靴とか、脚に触れて揺れる制服のスカートとか……。


 ……!?


 想像を膨らませた瞬間、そこに本当にそれが現れた。間違いない、私の手足だ。

 想像したら、ほんとに出てくるの!?まるで魔法だ。いよいよ、この空間がわけがわからなくなってきた。


 うん、ちゃんと歩いてる。やっぱり進んでる実感はわかないけど、歩いてる足が見えると全然違う。


 しかし、考えるだけでその物が出現するのか……。試しに、白い空間が北海道の草原の景色に変わるよう念じてみる。

 変化はない。変えられるのは自分の体だけ?謎の制限だなあ……。



 歩いている間暇なので、自分の衣装を色々変えて遊んでみた。ナース服、セーラー服、軍服、鎧兜などなど……。


 やっぱり不思議だ。これはどういうことなんだろう。

 遊んでいるとき、あることに気がついた。以前よりも、「想像すること」がしやすくなっている。どんなに奇抜な衣装でも、細部に至るまで精密に想像できるのだ。

 忘れていた記憶も、瞬時に正確に思い出すことができる。小学生の頃の、何でもない日常の何でもない会話の一言に至るまで、映像を再生するかのように思い出せる。


 異常だ。普通じゃない。ここは本当に、何なんだろう……。

































 どれほど歩いたっけ。もう、完全に時間の感覚は狂っている。

 一時間しかたっていないのかもしれないし、一週間たっているのかもしれない。



 ここでは、考えること以外に何もできない。


 せっかく記憶を完全に思い出せるのだから、自分の人生を生まれたときから辿ってみることにした。


 産声を上げた私。目はまだ見えないけど、周囲からは喜びの声が聞こえる。

 ああ、これはお母さんの声だ。その声音は、抑えきれない喜びに満ちている。


 ……おや?今お母さんがなにか言ったが聞き取れなかった。いや、正確には思い出せなかった。

 その思い出せない言葉で、お母さんは何度も私に呼びかけている。


 これは………私の名前?


 間違いない。お母さんは、私が生まれる前から名前を考えていたと言っていた。このときしきりに呼んでいたのは私の名前だ。


 おかしい。私の名前だけが思い出せない。


 他のどこの記憶を漁っても、私の名前とそれに関連する記憶だけなくなっている。

 学校でつけていた名札も、テストに書いた名前も、病院で呼ばれた声も。


 不意に、私は怖くなった。

 まるで、あの世界から私の存在が消されたように感じた。



 ―――そうか、今私は一人ぼっちなんだ。



 あの世界から消されて、この世界に私一人だけになったんだ。




































 ―――この白い世界に来てから、もう何年かはたっただろう。



 なんせ今までの16年分の回想が、もうすぐ終わりそうだから。

 寝ている時間の記憶を飛ばしたとしても、人生をもう一周したわけだ。長い夢だった。




 私の人生が、最終盤を迎えている。つまり、私がこの世界に来た直前の記憶。



 暑い夏の日だった。夏休みも間近に迫る季節の、高校への通学路だ。

 ああ、ふらついてるなあ。この日は記録的な猛暑に襲われて、熱中症気味だったらしい。照りつける太陽に文句を言いつつ、熱いアスファルトの上を歩いていく。


 ……あ〜あ、倒れちゃった。水分補給を怠ったせいだ。もともと体は強いほうじゃなかったから、この暑さに負けてしまったようだ。

 目が回る。息が苦しい。段々と視界は白く曇り始め、やがて体中の力が抜けて……。



 ……どうやら、私は死んだらしい。熱中症で。

 その後私はこの不思議な白い世界に飛ばされたわけだ。


 つまり、ここは天国なのだろうか。天国だとしたら、あまりに殺風景すぎる。神様よ、もう少し退屈しない世界にしてほしかった……。

 だが、天国なら納得できる。この白すぎる空間も、考えるだけで姿を変えられる不思議能力も。人の理解が及ばない点では変わらないが……。




 やっぱり、これまで歩いてきた中で白い世界に変化はなかった。白くないのは、私の体だけ。だがおそらく、これも私の空想の産物だろう。

 死んだあとが、こんなにもつまらないとは思わなかった。記憶を完全に思い出せるのはびっくりしたけど、考える以外に何もやることがない。せめて、転生して新しい人生を歩ませてほしい。


 ……なんだか、無性に腹が立ってきた。もしかしてここは、天国ではなく地獄ではなかろうか。地獄に落ちるほど悪人である自覚はなかったのだが。



 ちくしょう。この退屈に負けるのは許せない。

 私は、再び空想の世界に潜っていった。今度は、何を妄想しようか。長編小説でも作り上げてやろう。





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