たりない
「うーん、君は何を描きたいんだい?」
「…」
そう言われるのはもう何回目になるだろうか。僕は描きたいものをただ描いているはずなのに。
模写などの授業では、それなりの評価を貰えるのだが、一から自分の作品を創るような授業はてんで駄目だった。もう、こう言われるのは慣れっ子だ。
しかし、芸術家という職業を目指している身としてそれは致命的な欠陥だった。
「普通、人は何らかの芸術作品を作るとき、その作者の伝えたい思いなどを込めるはずだ。君には全くそれが感じられないんだよ。君の作品からは君という実態像が見えてこない」
僕にはさっぱりその原因が分からなかった。もう、K山美術大学に入学してからずっと考えていることだ。自分なりに努力をして感情を込めた作品を創りあげても総評は同じだった。
「先生、仕上がりました…」
隣の女がか細い声で先生を呼んだ。隣の女は滅多に大学に顔を出さなかった。名前すら覚えていない程だ。しかし、その女は本当に美人だった。艶やかな黒髪ロング。お人形のような白い肌。陰鬱そうな大きな瞳。華奢な身体。
その存在自体が儚げで、まるで芸術作品の一つのようだった。
「……素晴らしい」
僕はその先生の感嘆に驚き顔を上げた。何故なら、その先生が褒める姿を初めて見たからだ。
しかし、僕の表情と正反対に女はまるで表情一つ変えなかった。さも、そう言われるのが当たり前かのように。
僕は、恐る恐る彼女の作品を覗いた。
__それは、寂れた商店街の絵だった。温かい日差しがようようと降り注いでいるのに、人一人いず、全ての店は閉店しておりシャッターで閉められていた。
いや、よく見ると奥にある店、その一軒だけがシャッターを閉めていなかった。
……いいや、それも違う。シャッターは閉まっていたのにも関わらず誰かが殴った……?とにかく、第三者によってそのシャッターは壊されていた。
僕は背筋が凍りついていくのを確かに感じた。脳内が「ヤバい」という普遍的な言葉で埋め尽くされ、その絵から目を逸らせなくなる。
「君は、私の絵を見てどう思う?」
「……はっ?」
彼女は僕に顔を近付けた。僕は初めてその彼女の顔を真っ直ぐに見た。
……やっぱり美形だ。不気味なほど白い肌。真っ赤に彩られた唇。長いまつげに、陰鬱さを纏った大きな瞳。
窓から射し込む光が彼女の不確かさを強調するようだった。
「聞いてる?」
「あっごめん、えーと、うん、とても凄いと思うよ、君の作品」
「それだけ?ふーん」
彼女は面白くなさそうな反応をしているのに、表情はとても愉しそうだった。
「授業終わるぞー」
先生の言葉で彼女は僕から顔を離した。
彼女の表情は無に戻っていた。彼女は一体何を考えているのだろうか。それとも、何も考えていないのだろうか?
気が付いたら彼女はもういなかった。
僕が勝手に彼女について物思いに耽っている間に帰ったのだろう。
次、彼女が大学に顔を出すのはいつになるのだろうか。
僕はカバンを手に取り、席を立った。
「あの女、性格に反して香水は結構キツめの香りだったな…」
僕は、ボヤくように言った。