あなたが欲しい(ジュ・トゥ・ヴー)
「君と君の音に執着している俺がいる」
洋平君は確かにそう言った。丁度チャイムが鳴って、詳しく尋ねることは出来なかった。じんわり胸が痛く温かくて変な感触だ。まるで自分の心ではないみたいだ。
いつも洋平君の姿を目で追いかけて、彼の声にどきどきしてきた。そんな私に彼が執着しているって……。
時々差し出される優しさが心地よくて、女子にはぶられても強くいられた。執着しているなら私の気持ちのほうがずっと重いと思う。洋平君に手のひらを重ねられて正直嬉しかった。
体温が上昇した身体、今夜は眠れそうにない。
小さな頃を思い出す。南先生はピアノを弾く楽しさを教えてくれた。口下手な私はピアノにはまっていった。
洋平君も引っ込み思案で口数は少なかった。それでも私が難しいフレーズで悩んでいると、長いすにいつの間にか一緒に座ってゆっくりお手本のように詰まっている部分を弾いてくれた。そして、
「一緒に弾こうよ」
と言ってくれた。私は嬉しくて音を重ねた。
そんなこともあった。洋平君は覚えているのかな。明日はどんな顔して洋平君に接したらいいのか。
翌朝、何事もなかったように天邪鬼な私は自分の教室に入った。相変わらず洋平君は山口たち女子の中心グループに囲まれているかと思ったら、一人読書をしていた。
この前の席替えで偶然洋平君の前の席になった私は、
「おはよう、洋平」
と挨拶して通り過ぎようとした。
「おはよう、北さん。昨日借りた本は読んだ?」
瞬間的に図書室での出来事が思い出されて、真っ赤になってしまった。少し離れたところで観ていた山口が、気になる様子で私と洋平君を見ている。
「それどころじゃなかった。昨日は眠れなかったよ」
洋平君はくすっと笑って
「ふーん」
と言った。だから私も意地悪な気持ちになって
「取り巻きはいいの?」
って尋ねていた。
「どうでもいいよ」
憮然とした顔で答えられた。
「昨日整理したから」
淡々と言う。
「はぁ? あんなに愛想振りまいてたのに、急にどうしたの?」
私は山口の切羽詰った顔を思い出し、洋平君と女子の取り巻きたちにあつれきが生まれたことを知った。
「北さんに比べたら、取り巻きなんかちっとも大事じゃない」
耳元でささやかれた。
「元々、どうでも良いから調子を合わせていただけだよ。わざわざ悪態つくこともなかったからさ。でも奴ら、手を出していけないものに傷を付けた。北さんの様子がおかしくなって、ピアノ教室に来なくなって……。僕も我慢の限界がきたんだ」
私は、自分だけが苦しかったんじゃなかったことに救われつつ、意外とあくのある洋平君に更に惹かれていた。