異世界直行便
「成田空港経由『剣と魔法の中世ファンタジー』行きのお客様は、ご搭乗手続きを開始しております。8番ゲートへお進みください」
ターミナルには、アナウンスが流れていた。
私はとくにすることもなく、ベンチに座り込んでいる。
辺りにいるのは大きなスーツケースを引きずった人ばかりだ。
異世界直行便が開通してから、随分経つ。まさか月旅行よりも早く異世界への扉が開くとは思わなかった。
成田空港から、必要な手続きさえ踏めば、誰だって別世界への旅に出られる。
少し前は、事故のようなもので異世界へ飛んでしまうこともあったらしい。不幸なことだ。今ではその原因も解明され、こうして一日に一便は異世界への飛行機が飛んでいる。
「『近未来SF世界』へお越しのお客様。出発時刻が迫っております。至急搭乗ゲートまでお進みください」
別便の最終案内が呼ばれている。
私も席を立つことにした。
「お願いします」
係りの女性にチケット見せた。
搭乗手続きは、国際線と同じだ。
手荷物検査があり、金属探知器を通り(果たして『ロボットが支配するSF世界』への渡航者も同じ手続きを踏んでいるのだろうか?)、そして問題の位置へやってくる。
長い列ができていた。
「どこにお発ちですか?」
丸眼鏡の出国審査官が、台の向こうから尋ねた。
正式な役職名は知らない。
「時代は現代、日本のパラレルワールドです」
「危険な持ち物は?」
「ありません」
「特筆すべき経歴はありますか?」
私は首を傾げた。
「特にないと思いますが。具体的には、どのようなものでしょう」
「生き別れた家族を探していたり、復讐に燃えていたり、そういう強い動機です」
「それが何か問題なのですか?」
「異世界には、異世界の主人公がいます。あまり強い特徴があって、そっちの世界の主人公を食ってしまうと困るのですよ」
「はぁ……」
私は曖昧に返事をした。
気にする必要はないだろう。
私は普通の人間だ。普通過ぎるのが嫌で、異世界直行便に乗り、新しい世界でやり直そうと思ったのだ。
学生の頃はバタバタと忙しく、楽しく、充実していた。幼馴染に、親友に、好敵手。一番物語のあった時期かもしれない。
今の退屈な日常に、往時の輝きはない。
「仕事は普通の会社員です。特別な能力もありません。お金も持っていません」
「そうですか。では問題ないでしょう。立派な脇役になれますよ」
質問はそれだけのようだった。
先へ進むように促されたので、私は歩き始めた。
ふと気になって、訊ねてみる。
「ところで、異世界には、どこにでもその世界の主人公がいるのですか?」
「はい、勿論です。戦争している世界であれ、どこであれ、必ずいます」
「言い切れるのですか?」
審査官は頷いた。
「ええ。異なる誰かが認識しているからこそ、『異世界』なのです」
「では、私が今いる世界にも、主人公がいるのですか?」
「ええ、そうですとも。いた、という方が正しいかもしれませんが」
審査官は頷いた。
そしてもう一度、面倒くさそうに、パスポートを押し付けるように渡した。
私は押し出されるようにして審査場から去る。ふと後ろを振り返ってみる。
出国審査場の向こうは、真っ暗だった。私が歩いてきたはずの金属探知機も、空港のロビーも、何も見えない。まるで灯が消えたように。
「ああ、そうか」
とはいえ、未練などなかった。
私は搭乗ゲートへ向けて歩いた。窓からは、星一つない空が見える。向こうの世界の夜空はどんなだろう、と主人公をやめた私は考えた。
某CM見て、ふと思いつきまして。
お読みいただきありがとうございました。