表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界直行便


「成田空港経由『剣と魔法の中世ファンタジー』行きのお客様は、ご搭乗手続きを開始しております。8番ゲートへお進みください」


 ターミナルには、アナウンスが流れていた。

 私はとくにすることもなく、ベンチに座り込んでいる。

 辺りにいるのは大きなスーツケースを引きずった人ばかりだ。

 異世界直行便が開通してから、随分経つ。まさか月旅行よりも早く異世界への扉が開くとは思わなかった。

 成田空港から、必要な手続きさえ踏めば、誰だって別世界への旅に出られる。

 少し前は、事故のようなもので異世界へ飛んでしまうこともあったらしい。不幸なことだ。今ではその原因も解明され、こうして一日に一便は異世界への飛行機が飛んでいる。


「『近未来SF世界』へお越しのお客様。出発時刻が迫っております。至急搭乗ゲートまでお進みください」


 別便の最終案内が呼ばれている。

 私も席を立つことにした。


「お願いします」


 係りの女性にチケット見せた。

 搭乗手続きは、国際線と同じだ。

 手荷物検査があり、金属探知器を通り(果たして『ロボットが支配するSF世界』への渡航者も同じ手続きを踏んでいるのだろうか?)、そして問題の位置へやってくる。

 長い列ができていた。


「どこにお発ちですか?」


 丸眼鏡の出国審査官が、台の向こうから尋ねた。

 正式な役職名は知らない。


「時代は現代、日本のパラレルワールドです」

「危険な持ち物は?」

「ありません」

「特筆すべき経歴はありますか?」


 私は首を傾げた。


「特にないと思いますが。具体的には、どのようなものでしょう」

「生き別れた家族を探していたり、復讐に燃えていたり、そういう強い動機です」

「それが何か問題なのですか?」

「異世界には、異世界の主人公がいます。あまり強い特徴があって、そっちの世界の主人公を食ってしまうと困るのですよ」

「はぁ……」


 私は曖昧に返事をした。

 気にする必要はないだろう。

 私は普通の人間だ。普通過ぎるのが嫌で、異世界直行便に乗り、新しい世界でやり直そうと思ったのだ。

 学生の頃はバタバタと忙しく、楽しく、充実していた。幼馴染に、親友に、好敵手。一番物語のあった時期かもしれない。

 今の退屈な日常に、往時の輝きはない。


「仕事は普通の会社員です。特別な能力もありません。お金も持っていません」

「そうですか。では問題ないでしょう。立派な脇役になれますよ」


 質問はそれだけのようだった。

 先へ進むように促されたので、私は歩き始めた。

 ふと気になって、訊ねてみる。


「ところで、異世界には、どこにでもその世界の主人公がいるのですか?」

「はい、勿論です。戦争している世界であれ、どこであれ、必ずいます」

「言い切れるのですか?」


 審査官は頷いた。


「ええ。異なる誰かが認識しているからこそ、『異世界』なのです」

「では、私が今いる世界にも、主人公がいるのですか?」

「ええ、そうですとも。いた、という方が正しいかもしれませんが」


 審査官は頷いた。

 そしてもう一度、面倒くさそうに、パスポートを押し付けるように渡した。

 私は押し出されるようにして審査場から去る。ふと後ろを振り返ってみる。

 出国審査場の向こうは、真っ暗だった。私が歩いてきたはずの金属探知機も、空港のロビーも、何も見えない。まるで灯が消えたように。


「ああ、そうか」


 とはいえ、未練などなかった。

 私は搭乗ゲートへ向けて歩いた。窓からは、星一つない空が見える。向こうの世界の夜空はどんなだろう、と主人公をやめた私は考えた。



某CM見て、ふと思いつきまして。

お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ