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幸せとは

作者: 空白空

 少し日が沈み切るには早い夕方ごろ。

 グラウンドから聞こえる運動部員の声が微かに聞こえるここ、学校のとある教室で僕は人を待っていたんだって。

 別に僕は友達を待っているわけでなくて、ことの始まりはこうだったかな。

 朝、学校に登校し、教室に着いてから自分の席に荷物を置き、少し友達と雑談してから荷物を机の中に入れようとした時、机の中には今時珍しい? 手紙が入っていたんだそうだ。

 ここまで言えばもうおわかりだろうか。

 その手紙の内容は要約すると、話があるから放課後、この教室で待っていてくれという文章が女の子のような丸い文字で書かれていた。

 その手紙を見た時は驚いたが、男として嬉しかったそうだ。

 だが、問題点が1つあって、その手紙の差出人が不明であった。まぁ、誰なのかはその時になれば分かるだろうから気にせずにいたんだって。

 いや、本当は嬉しさのせいか、ドキドキと胸の高鳴りが治まらず授業すらまともに受けれない状態だったんだと思うよ。


 だから僕は放課後、待ち合わせ場所として書かれていたこの教室でその人が来るのを待っているんだと思う。

 これがただのイタズラだったら、僕はとても恥ずかしい思いをするのだろうね。





 しばらく自分の机に腰掛けて教室の外の景色を眺めて待っていると教室の扉が開く音がし、そちらを見ると扉の所には夕焼け空のいたずらなのか、少し顔が赤い女の子が少しうつむき加減でゆっくりと教室に入ってきたんだって。

 その女の子は僕のよく知っている(あくまでつもりの)人でよく学校で話をする女の子だった。


「………話がね、あるの」


 少しの沈黙の後、彼女はゆっくりとそれだけを口にした。

 僕は何も言わずただただ、頭を少し縦に動かし肯定の意思を示すことしかできなかったんだってさ。


「私ね……


 あなたのことが好きです! 付き合ってください!」


 その彼女の発した言葉は僕の頭をとても強く打ち付けたんだと思う。

 そして、少し……ほんの少しだけ……(((僕の胸をキュッと締め付けたんだ)))

 言いたいことを言ったのだろうか、彼女は完全にうつむいてしまい、恥ずかしさからか顔を真っ赤に染め耳までもが赤くなっているのが見えた。

 そして僕は胸の痛みに気付かれない様にゆっくりと彼女の前まで行き、こう言ったんだって。


「いいよ、付き合おうか」


 僕は優しく笑顔で彼女にそう言えたんだと思う。

 その言葉を聞いた彼女はとても嬉しそうで、しまいには泣き出してしまったんだ。

 僕はそんな彼女の頭を撫で、微笑ましく思いながら笑顔を浮かべていたのだろう。


(どうかこの気持ちが、この胸の痛みが気付かれないように…)





 それから彼女と遊びに行ったり、放課後、教室に残って雑談をした高校生活は終わり、月日は流れ僕達は同じ大学に進み、卒業し僕はとある企業に勤めることになったそうだ。

 そして、今日僕は彼女に改めて告白するつもりでいるんだと思う。

 僕は夜、ご飯を食べに行こうと彼女を誘い、一緒にとあるホテルのレストランで向かい合って座っていた。


「どうしたの? いきなりご飯食べに行こうなんて。しかもこんな高そうなところに」

「ん〜、少し用事があってね」


 彼女が言うようにこのホテルは見た目からしてもとても高そうな所で、予約でもしないと行けない様な所だった。

 実際予約しないと行けなかったしね。

 彼女は嬉しそうに僕に質問をしてきたが、僕はそれをかるく流したんだって。

 それから僕達は他愛ない雑談をしながら食事を楽しんだんだ。高い店だけあって料理はとても美味しいものだった。


「今日突然誘ったのは話したいことがあったからなんだ」


 僕は2人とも食べ終わって少したった頃に彼女にそう話しかけた。


「ん? なになに?」


 笑顔で楽しそうに話を促してくる彼女に僕はなんて言おうか悩んでいたんだと思うよ。


「えっと…今日はキミにね、渡したいものがあるんだよ」


 そう言って僕はポケットからこの前買った包装に包まれた物を取り出した。

 彼女の視界からはまだ見えないからか、彼女はなになに と嬉しそうにこちらの手元を覗き込むかのように少し前のめりになって見てくる。

 そんな彼女の前にそのプレゼントを置いた。

 プレゼントにしては少し小さな箱の形をした物を。


「ん? これなに? 開けてもいいの?」


 僕は静かに頷き彼女の反応を待っているのだろう。

 彼女はゆっくり、慎重に包装を解いていき中に入っていた箱を取り出した。もしかしたらこの時点で予想がついていたのかもね。

 そして彼女は中身に確信を持てたのかとても嬉しそうな目でこちらを一度見た後、また箱に目を戻した。


「ねぇ……開けてもいい?」

「どうぞ」


 彼女は何度も僕の方を見ては箱の方に視線を戻し、僕になんども聞いてきた。

 その度に僕は笑顔で了承していたのだと思う。

 彼女はゆっくりと、本当にゆっくりとその箱を開けていった。




「君を僕の妻として迎え入れたい。

 受け取ってくれるか?」



  箱の中にあったものは指輪。


 そう、結婚指輪を僕は彼女に渡したのだ。少しの間、彼女は僕の方を見てから視線を指輪の方に戻してを繰り返し、本当に嬉しそうな笑顔でゆっくりとこう言った。


「はい」


 ようやく口にした言葉はたった二文字の言葉で、しかし彼女の思いのこもった最高の言葉はそれだけで十分だった。

 彼女は静かに涙を流しながら胸の前でその箱を大切そうにぎゅっと握りしめていた。まるでこの幸せを噛み締めているかのように。


 それからはあっという間だった。

 その後日、互いの親に挨拶と報告に行き了承してもらい、なんの問題もなく僕たちは結婚式を挙げた。




 それから沢山の出来事があったーー

 本当たくさん。つまんないことで喧嘩して最後には僕が謝って仲直りしたり、ご飯食べに行ったり、デートに行ったりーー

 沢山の楽しい思い出を作ったはずだ。これからもこんな風に過ごしていくんだろなと思ってたはずなんだ。

 でもそれは案外簡単に、あっけなく、ほんと本や漫画の物語の様に、


 

  簡単に終わったんだ。




「大変申し上げにくいのですが落ち着いて聞いて下さい……

 あなたの脳に腫瘍が見つかりました」


 最近、朝起きると頭痛が激しいため仕事を早くに切り上げ、妻に内緒で来た病院で、僕を診察してくれた先生はゆっくりと、言葉を選ぶようにゆっくりと僕に現実を教えてくれた。


 僕はとても驚いたんだって。

 先生の言葉ではなく、すんなりと受け入れている自分がいることに驚いてしまったんだ。どうしてすんなりと受け入れてるのか全く分からないのに、それが当たり前だったように受け入れている自分がいることに驚いてしまったそうなのだ。


 その後の説明はすんなりと進んだ。

 先生の話を要約すると僕の頭の中にある腫瘍は悪性で、何かの癌の種類で最も悪い腫瘍なんだって。それに進行速度がとても早いらしく広範囲に広がる為、手術で全て摘出することは不可能に近いんだそうだ。寿命は平均1年半ぐらいなのだが、僕のは広範囲に渡り癌が転移しているため、半年保てばいい方だそうだ。

 それが僕の残りの時間。

 先生に入院して治療するかなど聞かれたが僕は全て拒否したそうだ。残り少ないなら尚更彼女といないとね。

 唯一良かったことは、このことを彼女に知られていないということだけだった。



「ただいま〜」


 病院から家に帰宅し、帰ってきたことを彼女に知らせ僕はリビングに向かった。

 いつも通り。


「おかえり、あなた。

 今日は帰ってくるのが早かったのね。ちょうどご飯出来た所だから席に座って待ってて」


 僕は荷物を近くのソファーに起き、言われた通りに椅子に座って待っていた。

 いつも通り。


 少し待っていると彼女がオムライスを2つ分持ってやって来た。それを僕の前と僕の向かいに置いて彼女も席に着く。

 いつも通り。


「ありがと。

 じゃあ、食べようか」

「「いただきます」」


 いつも通り彼女と一緒に夕飯を食べ、どうでもいいことを話しながら賑やかな食事が始まる。

 これもいつも通り。


 いつも通り……


 いつも通り……


 いつも通り……












「………どうしたの?」

「っえ?」

「どうして泣いてるの? どこか具合悪いの? 大丈夫?」


 僕は彼女に言われて初めて自分が泣いていることに気が付いたんだって。

 僕は慌てて手で涙を拭こうとするが僕の手が涙に触れることはなかった。


「どうしたの?」


 僕の手を彼女が掴んでいたからだそうだ。

 そして、彼女は真剣な顔で僕に問うてきた。


(僕はその時、少しだけ、

 ほんの少しだけ


 ……彼女のことが怖くなった)


 僕はそれに答えようと必死に涙を拭こうとするが彼女は僕の手を離してくれなかったそうだ。そればかりか僕の顔を、目を、ずっと見てくる。

(そんな彼女が余計怖い)


 僕は彼女から逃れようと必死に腕を振りほどこうともがくが泣いているせいか、思うように動かせず彼女から逃げれない。しかし、涙は止まることを知らないかの様に溢れるばかりで一向に止まる気配はなかったそうだ。

 僕は暫く泣くのをやめれなかった。すぐに何時ものような笑顔が出来るようになって、なんでもない、なんでもないよって言いたかったのに僕の口から出るのは嗚咽と、声がもれるのを防ぐために必死に唇を強く、強く噛み締めた悲痛な僕の抵抗の音だった。



 しばらくして、ようやく涙も止まりいつも通りに笑えるようになった時、彼女はまた僕に問うてきたそうだ。


「どうしたの? どこか痛いの?」


 なんでもない、なんでもないよって言っても信じてもらえない。そんな真剣な顔をして僕のことを聞いてくる彼女がとても怖かった。

 何故そう思うのか分からないが怖いという想いが僕の胸の中を満たし、体の外へ出ようとするかのように溢れていた。


 だから僕は彼女に嘘を吐いた。


「ちょっと仕事場で嫌なことがあってね。思わず泣いてしまっただけだよ」


 僕はいつもの笑顔でそう言ったんだそうだ。(本当にいつもの笑顔で言えたのだろうか)

 彼女は何回か本当に?と僕の言ったことが信じられないのか確認してきたがどうやら信じてくれたみたいだ。


 それから、いつも通り(あくまでつもりなのだが)に過ごした。

 あれ以来彼女の前で泣くことはなかった。もうこれ以上の失敗はできないからね。







 誤魔化しが効かない時もまた突然きたんだってさ。


 朝、目が覚めて、ゆっくりと身体をおこす。

 よし、今日も大丈夫。そう思って僕は立ち上がり、台所にいるであろう妻におはようを言おうと思い妻の元へ向かう途中、突然世界が歪んだ。


 歪む……歪む……歪む……


 さっきまで台所に立っている妻が見えていたのに今は何が見えているのか分からない。

 机もイスも床も天井も……妻も。


 そして、歪んでいる視界が外側から闇に侵食されていく。

 まだ見えている、まだ見えている、まだ見えている、まだ見えている、まだ見えて……



 もう見えない。





 そうして僕は意識を失った。















 次に目を覚ましたのは病院のベットの上だったそうだ。目が覚めたことに、気付いたのか彼女が呼びかけてくるが僕にははっきり聞こえなかった。彼女は泣いているのだろうか? 怒っているのだろうか? まぁ笑ってはいないだろうね。

 しばらくすると、病院の先生が来てくれて軽く診察されたそうだ。この時にはもうとても小さな声ではあるが少しは話せるようになっていたので、診察の時も僕のそばにいた彼女を先生に頼んで席を外して貰うようお願いした。

 彼女は頑なに動こうとしなかったが先生がどうにかしてくれたのか、彼女は何回も振り返りながら廊下の方へと歩いていった。

 彼女がいなくなってから僕は先生に言いたいことを言った。先生は凄く渋ったが、了承を得たので僕は満足して少し眠ったそうだ。



 僕は、次の日にはもう退院していた。頻繁に通院はしていたけどね。退院したての当初はすごい心配そうにしていた彼女だが、僕が何でもないように(あくまでそのつもり)生活していると次第に心配するのも減っていった。次第に僕達はいつもの日常に戻っていったそうだ。














 いつも通り……














 いつも通り……














 いつも通り……














 今回は失敗してないよね?

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― 新着の感想 ―
[一言] この後、一体どうなるのか続きが気になる話でした!
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