覚醒――インストール
あれ、今は何時だ?
二度寝した時は大抵、昼前くらいに目が覚めるんだけど……ん、十時半過ぎか。
やっべ。充電しながら寝るの忘れてたよ。
残量表示の赤なんて久しぶりに見たな。
ん、新着メッセージ?
誰だよ……しかも、今時メールって。
「妹?」
あれ、俺に妹なんていたか?
幾ら最近は親とロクに話をしてなかったとはいえ、こんな短期間に妹を拵えるなんてこと……。
いや。ちょっと待て。
さっきの声、女の声じゃなかったか?
誰の?
俺の?
「いやいや。そんな訳――」
は?
え、なに?
「俺の、声?」
いや、ちょっと待てって。
しかもこの部屋、よく見たら俺の部屋じゃねえし。
枕元に黒猫のぬいぐるみなんて置いてないし。
どこ、ここ?
俺は、誰だ?
そうだ、さっきのメールは?
――助けて。
いやいやいや、助けて欲しいのは俺の方だって!
これじゃまるで――誰かと入れ替わったみたいじゃんかよ。
アニメじゃあるまいし……今時流行らないっての。
あ、夢か。夢なのか。
――ポロン。
ん、またメールか?
いや。アプリからの通知か。
――フレンド登録者、赤峰智明の死亡通知。
フレンドの死亡?
赤峰智明?
《マギナ・カスタム》って、あの変な中二のアプリじゃんか。
フレンドの死亡通知とか、いちいち送ってくんなよな。
どんなゲームかは知らないけど、どーせパズバト系の何番煎じかもしれないクソゲーだろ?
クエストミスる度にフレに通知とか、どんだけ運営はプレイヤーの恥部を晒したがってんだよ。ドSかよ。
て、それどころじゃない。
俺の身に降りかかった、アニメや漫画的な現象について考えなくてはいけねえじゃんか。
まあ、夢ならいいんだけどさ。
このスマホの冷たさ、現実としか思えないけど。
それにこの胸の柔らかさ、本物だよ、マジで。
揉んでもあんま感じないけどさ……。
やべっ、考えたら勃――ん?
あ、マジでねえじゃん。
男の勲章、無くなってるし……俺、童貞のままオワタ。
あー笑えねえ……。
「あーあ、せめて一回くらいは――」
――ポロン。
あ、また通知か?
今度は《パズネコ》かよ。
「パートナーの選択をして下さい?」
うっわ、この声聞き慣れねえ。
でも、ちょっとお姉さん系の声か……悪くわないな。
「ここ、気持ちいいの?」
くっそ、何言ってんだ俺……。
ああ、それよりもパズネコだよ。
ゲーム進行の催促とか、そんなゲームアプリ初めてだな。
ちょい気になるし、やってみるか。
――三匹のネコから好きな子を選択してね。
白と黒は分かるんだよな、うん。定番だし。
この白黒ってのが意味不明だろ。
合わせちゃってどうすんだよ……なんかパンダみたいな配色だし。
製作者の頭ん中はどーなってんだよ。
まあ見た目は変わらないし、何よりもこのオッドアイがいい感じじゃん。中二っぽくて。
ここまで来るとホントに他の二匹を混ぜたって感じだな。白猫の緑色の目と黒猫の金色の目も、両方持ってるし。
ホント、ここの製作者はどんな考えしてんだよ。
「ま、別にゲームだしね」
やっぱこの声、いいな。
聞けば聞く程に癖になって来るぞ。
そーいえば、見た目はどんなスペックなんだ?
これで外見も高スペなら、俺って美女じゃん。
えーっと、鏡は――あったあった。
「ひゃー、マジで高スペじゃんっ!」
マジで俺、始まったよ。
声同様に見た目もお姉さん系だし、これで髪縛ってメガネ掛けたら、女教師じゃん!
なんかテンション上がってきたな……。
「お、お姉ちゃん?!」
ん?
女の声だけど、俺のじゃない?
もっと高くて可愛らしい感じだ。
「――て、なにこれっ?!」
後ろからか――
「は?」
さっきの白黒ネコが、ベッドの上にいる?
え、なにこれ?
「お姉ちゃん、私……」
「え、えと……どちら様でしょうか?」
「私だよっ、智明だよっ!」
チアキ?
どっかで聞き覚えが……あ。
「妹の?」
「そうだよっ!」
なるほどね、うん。さっぱりだ。
「ごめん、三行でよろしく」
「さんぎょ――じゃなくて、そういえば私、あの男たちに……」
いやいや。
なに、このカオスな状況は……。
◆◇
「それじゃなに、チアキさんは強姦にあったってこと?」
「うん。それで――あんたはお姉ちゃんではないのね?」
「そうだよ。気付いたら君のお姉ちゃんになってた」
ん、今の言い方、なんか聞きようによっちゃ変な意味に聞こえなくもないな……まあ、いいや。
「お姉ちゃんの体で変なこと、してないでしょうね?」
「してないよ。変なことは言ったけど……」
「最低。どんなこと言ったの?」
「それは――とても聞かせらんないかな」
「殺す。即刻、殺す」
「いや待って?! 謝るから! 全力で謝るから!」
「もう遅――」
「この体、お前のお姉ちゃんのだろっ?」
「ぐっ――忘れた」
危ねえ。
予想以上に鋭利な爪で抉られるところだった……。
「それにしても……お姉ちゃんの体にあんたが入ってるってことは、お姉ちゃんは今どこにいるの?」
「さ、さあ?」
「あんたが何か魔術でやった訳――はないか」
「は? マジュツ?」
「うん、魔術」
「マジュツって、あの魔術?」
「くどいわよ」
「はっはっは……これはまたご冗談を」
「裂くわよ?」
いや、だって魔術とか……。
「中二病、拗らせ過ぎだろ」
「何よ、その病気」
「知らないのかよ、あの有名な病気をっ!」
「知らないものは知らないっての」
「情弱にもほどがあんだろ……人間ガラパゴスケータイかよ」
「誰がガラケーよっ!」
「それは知ってんのな……」
それより、本当にこの体の中身はどこへ行ったのだろうか?
単純に考えるのであれば、俺の体の方へ移ったと思うのだが……。
「ホント、分からないこと尽くめだな」
「いきなり何よ?」
「魔術とか、変なアプリとか、喋るネコとか」
「それはこっちの台詞よ……」
ん、ちょっと声が弱々しくなった?
「お姉ちゃんはどっか行っちゃうし、私は殺されたし」
殺された?
「ちょっと待てよ、殺されたってなんだ? お前、強姦されただけなんじゃ?」
「あっ……」
「なんだよ、それ……殺されたってなんだよ?」
あ、死亡通知……。
「あのアプリからの通知って……」
「私は他の魔術師に殺されたの……」
あのメール、まさか――俺のせい?
いやいや。どっちみち入れ替わってた訳だし、どうしようも……あ。
「さっき、本当のことを伏せたのって……」
俺を気遣って?
「別に。あんたを責めたってしょうがないじゃん。どーせ入れ替わってたんなら無理だったし……」
いや。違うだろう……。
確かに俺はこいつのお姉ちゃんじゃない。
けど、何か助ける術はあったはずだ。
それなのに俺は……俺は。
「ご、ごめん……」
「いいよ、別に」
なに謝ってんだろうな。
俺って、本当にバカだな。