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覚醒  作者: 中島 遼
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マインドコントロール4

 翌朝、高津は暁達を迎えに行き、萌とは病院前のバス停の前で落ち合った。

 そして三十分ほどの打合せの後、そのまま誰にも見つからないように用心しながら、駐車場に入り車の陰に隠れる。

 そこは病院関係者用の通用門がよく見えるからだ。

(ここまで来たら、二人に任せるしかないけどな)

 そろそろ七時十五分で、医療従事者たちがちらほらと姿を現し始める頃だった。

 暁と夕貴、それから前日に確認を取った瀬尾の話では、彼らがあの時、あるいはそれから二日ほど通い続けて村山の父親に病院を追い出されるまでに、村山の治療に関係したと思われる医師は二人。

 一人は救急の当番だった男と、もう一人はその後主治医として村山の担当をしている男だ。

 看護師に至っては、誰がどうなのかもわからないぐらいの感じである。

(病院ってとこのシステムがよくわからないから何とも言えないけど)

 事実を知っている人間の記憶をいじるより、全体的に同じ感覚に持っていった方がいいのではないかという気がした。

 昨日、萌と打合せをしたときには、萌もその意見に賛成してくれている。

「だって、あたしたちの妙ちきりんな医学知識を交えた嘘の記憶を数人に入れたって、その方が後で問題になる可能性が高いもの。それよりナチスや日本陸軍みたいに、みんながそう思っているからきっとそう、みたいな感覚をばらまく方が効果あると思うよ」

「怖いこと言うなよ」

「夢の中で追われたとき、あたしたちは漠然と、『マスターに害をなすもの』ということでみんなから迫害されたのよ」

 事実、その方が暁や夕貴に理解しやすいのも確かだった。

(そう言えば、緑のお化けのウイルスバスターを夕貴たちに頼んだとき、村山さんもそんなことを言ってたな)

 以前は感染者も多く、一人一人の記憶をいじるのは暁と夕貴だけでは無理だったため、二人にはワクチンではなく、敵のウイルスを無効化するようなウイルスを逆に撒くように頼んだと村山は言った。

 しかし、その時のことを二人に尋ねると、暁も夕貴も今回は無理だと首を振った。

「あの時はタンポポの綿毛があったから、それに呪文をかけて飛ばせば良かったけど、今回のにはそれがないから」

 萌が頷く。

「なんかそれ、村山さんに聞いたことあるよ。たんぽぽの綿毛は緑のお化けがしかけた病気の種で、それを無効化してついでにワクチンも仕込むことで一石二鳥だ、みたいな」

 高津は腕組みをする。

「今回はウイルスを撒かれたわけでも、それが広がるように工夫されたわけでもないから、それはできないのか」

 つまりは、できる限り当事者全員に接触し、マインドコントロールをするしかないということだ。

「……来た」

 一人目の女性に目を向ける。

 暁と夕貴は手を繋ぎ、そしてじっと相手を見る。

 かつては体を触らないと治せなかった心なのに、格段の進歩である。

 そうして八時半頃までに、今度は病院から出てくる大量の女性達が途切れるまで、彼らはずっとそうしていた。

(……うまくできていればいいけど)

 高津が指示したのは三つ。

 一つは村山の入院について、別段取り立てて騒ぐようなことではなく、よくある事例の一つだと思いこむように仕向けること。

 一つは村山の怪我や容態については、個人情報保護の観点から守秘義務を守るべきだと強く思うようにすること。

 そして最後の一つは、彼ら四人がこの病院に出没しても、特に違和感がないと皆が思うようにすること。

 結果的には暁達にうまくそれを伝えられず、萌がもっと大ざっぱな形で説明して二人に理解させたのだが……

<圭兄ちゃん>

 時折夕貴が高津に質問し、それに答えることもあった。

「何?」

<さっきの女の人、他の人とちょっと違う>

 さっきの女の人とは、後ろ姿の綺麗なワンレングスの若い女性のことだろう。

 顔は見えなかったが、どうしてか高津も気になって、その不穏な背を見つめていたのだ。

「どう違ったの?」

 高津的には、赤くもなく青くもなかった。だが、確かに強い違和感を感じた。

<わかんないけど、暁兄ちゃんや夕貴を変に思ってる>

 高津は頷いた。

 恐らく、暁がやくざに連れて行かれたと病院で騒いだ話を、不審に思っている看護師か何かだろう。

 高津が奇妙に感じると言うことは、未来に渡って彼女が彼らに影響を及ぼす可能性があるからだ。

「じゃ、暁や夕貴は別に変じゃなくて、普通だって感じに書き換えて」

<わかった。圭兄ちゃんたちは?>

 今回の件については、萌も高津も世間的には関与していないことになっている。

「ま、大丈夫だと思うけど……念のために俺たちもそうして」

 暁の顔を知っている人間ならば、ここにこうして四人でいる時点で彼らが仲間だとわかる。

 「それと……」

 高津は少し考え、そして予感に従って口を開く。

「これも念のためだけど、俺たちの力は理屈で必ず説明がつく、って事にしてくれないか?」

 暁と夕貴が首をかしげたので、萌が追補した。

「例えばあたしたちが関係したことの中に手品みたいに何か不思議なことがあっても、種や仕掛けがきっとある、みたいな感じ?」

 そんな感じでしばらく作業をしていると夕貴と暁がかなり疲弊したので、彼らは三時頃まで高津の家で時間を潰しながら休憩し、そして再び同じ場所にスタンバイする。

 その時間帯は人に見つからないようにするのは至難の業なのだが、朝にかけたまじないが効いているのか誰も何も言わなかった。

 そうして、同様の操作を加え、一段落がついたと思われる頃。

<あ>

 ふと夕貴が手話で語りかけてきた。

<あのおじさん、先生のトコに行く>

 あのおじさん、というのがどれだかはすぐにわかった。

 目の鋭い、何となく堅気っぽくない感じの男だったからだ。

 彼らは目配せして立ち上がって病院に入り、そして受付で喋るその男の話に耳を澄ました。

「……村山先生のお見舞いに来たんですが、お部屋はどこになりますかね」

 受付での会話が聞こえた。

「ナースステーションに先に連絡をいれさせていただきますので、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 彼はポケットから黒い手帳を出した。

「私は怪しい者じゃありません。先生が被害に遭われた事件の犯人が見つかったので、そのご報告がてらに寄らせていただいたんです」

「承りました。それでは少々お待ち下さい」

 四人は顔を見合わせた。

<刑事なんだ>

 しかも、どうやら細川がらみの。

 萌が夕貴に頷く。

<あの人も、村山さんの入院を普通の風邪みたいに思うようにして>

 夕貴も萌に深く頷いた。

 そうして暁達は刑事にも魔法をかけた。

(……ばれることはないだろうけど)

 罪悪感はない。

 ただ、村山に気づかれることを彼は恐れた。


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