マインドコントロール1
「いつ会える?」
その言葉を聞いた瞬間、高津は跳び上がった。
そうして、気がついたら彼は自転車を走らせていた。
抱え込んでいたものを出すチャンスが到来したからか、それとも……
「お邪魔します」
萌の母に挨拶し、彼女の部屋に上がる。
思えばこの部屋で二人きりになるのは、あの夢以来ではないだろうか。
「……何で予備校?」
なのにどうしてそんな台詞しか出てこないのだろう。
「おかしいかな」
「おかしくはないけど、唐突」
萌は笑った。
「よく伊東君にも言われる。神尾さんって唐突だって」
その名を聞いて、テンションが少し下がった。
「伊東と最近会った?」
「うん、ついさっきまで一緒だったよ」
「……え」
さらにテンションが下がる。
(……何だか俺、馬鹿みたいじゃん)
白けた顔をしたのか、萌が不思議そうにこっちを見た。
「そんなことより、圭ちゃん、何か言いたいことあるんでしょ?」
「……あ、ああ」
否応なしに現実に引き戻されて高津は天を仰ぐ。
(……ほんとうに、そんなことより、だ)
高津は座り直した。
「俺の心配事は二つある。一つは村山さんが細川射殺事件と関連があると、周りから思われる可能性」
「……え」
萌の顔が青ざめた。
「病院関係の人が疑ってるとか?」
「それはわかんないけど、やっぱり同じ日だしね。警察が出てきたら、やくざがどうのっていう逸話が嘘だとすぐにばれる」
「……うん」
「そうしたら、根掘り葉掘り聞かれるはずだけど、村山さんは答えられない」
「忘れた振りすればいいじゃない?」
「それしかないだろうけど……」
高津はまた不安を感じた。
村山の己に対する投げやりな気分。それはそのプランの失敗を暗示する。
「でも、このままではただ、追いつめられる」
萌がじっとこちらを見た。
「……何かやりたいことあるんでしょ? 手伝うよ」
「村山さんに嫌われるかもしれない」
萌は大きな目をしばたかせた。
「どういうこと?」
「暁と夕貴にマインドコントロールさせる」
「え?」
「俺、今回村山さんをこっちに連れてくるときに、夕貴とリンクしたんだ」
そのときは気づかなかったが、夕貴とシンクロすることにより、夕貴の力や暁の力を彼は深く理解することが出来た。
「あの子のテレパス能力は、人の心を読むとか、そういうレベルじゃあない」
「……うん」
萌はきょとんとしている。
「村山さんもそう言ってたね。だから緑のお化けのウイルス退治に二人を使ったんでしょ?」
高津は頷く。
「方法としては、緑のお化けが書き込んだデータを暁が探し、夕貴が修正するって俺は思ってた」
「うん」
「だけど、それだけじゃない。本当に二人が得意なのは、マインドコントロールだ」
「……て?」
「思ってもいないことを思わせたり、思ってたことを思っていないようにしたりとかができる」
「どうやって?」
「前に村山さんがちらっと夕貴達のやってることを解説してくれたんだけど」
夕貴は暁が指示した記憶貯蔵ニューロンに、ある種の電気信号を送り偽の記憶をすり込ませることができる。
「猿でもわかるように言ってね」
「イメージとしては、相手の脳に侵入して記憶を司る神経細胞に、都合のいい記憶を差し込み、そして前の記憶よりもそちらを優先して思い出すようにさせる」
「……へえ」
わかったようなわからないような返事を返した萌は、高津をジッと見つめた。
「圭ちゃんの言いたいことはわかった」
「え?」
「要するに、細川と村山さんの間に何もないような刷り込みを周りの人にさせるのね」
高津は頷いた。
「病院関係者、それと警察」
「……どうやって?」
「病院関係者は、あの日に暁が見た看護婦さんやお医者さんに、なるべくその日のことを思い出させないようにする」
「そんなことできるの?」
夕貴とリンクした感触では、できる。
「うん。それから、警察みたいな人が来たら、村山さんと会っても何もなかった風に記憶をすり替える」
「確かに村山さんは怒るかもしれないね」
言いながらも萌は否定的な言葉を発しない。
「でも、暁は覚えてるかな」
高津は頷く。
「暁はね、一度見た人間の顔は忘れない」
「え!」
萌がびっくりしたような顔をした。
「……そうなんだ」
萌は逆に人の顔がまったく覚えられないタイプだ。
全く眼中になかった藤田あたりなど、少し気の毒になった記憶もある。