訃報2
「明石先生って、偉そうな割に何の経歴もないに等しいだろ? その辺りをついてぼちぼち追い出しにかかるんじゃないかな。明石先生自身もそろそろ金が貯まってやめたくなる時期だとか言う話もあるし、何かあったら簡単に出て行くよ」
実のところ、その企ては既に始まっていた。
かつて村山にしたように、医長は部長とつるんで明石の悪口を触れ回っている。
明石の方が腕がいいのは医師のみならずコメディカルにも明白なことだったので、明石の履歴書にある空白の何年間を勝手な想像で埋めて噂を広めるという方法を彼らはとった。
「俺が聞いた話では明石先生、遊びすぎて借金まみれらしいぜ。バイトで食いつないでいたっていう噂の五年間も、博打三昧だったらしいし」
笑いをこらえて村山は頷く。
「……博打で借金、ですか」
「それは本人が言ってたから間違いはない」
「ええっ!」
それは本当に驚いた。
「明石先生が、佐々木先生にそんなことを……」
「違う、違う」
佐々木は手を横に振った。
「半年ぐらい前、眼科のミドリ先生が、モーレツ積極的に明石先生にアタックしてたの、知ってるだろ?」
浜崎翠という美人の医師は知っているが、その話は初めてだ。
「いえ」
「ほんと、お前はそういうの疎いな。……でさ、振られる際に、振り向いてくれるまでいつまでも待つからって言ったら、死ぬまで返せないほどの借金があるから待っても無理、って断られたってさ」
死ぬまで、というのは大袈裟だが、断る口実にそう言った可能性は充分ある。だが、
「どうして浜崎先生が断られた時の一部始終を、佐々木先生はご存じなんですか?」
「そりゃ、本人が牽制のために言いふらしたに決まってるだろ?」
「牽制?」
「借金があるんなら明石先生はやめとこ、っていう打算的なナースを追い払ったり、明石先生がこの先惚れた女をくどけないようにするための手さ」
「……それで佐々木先生に?」
「俺が直接聞いたわけじゃない。多分、仲の良い誰かに、内緒にしてね、とか言いながらこっそり話したんだろうよ」
矛盾が多く、どこまでが本当なのかがわからない。そもそも、台詞の中に博打という言葉も見当たらない。
「ま、そんな感じのことを俺はよく聞くんだよな」
「……そうなんですか」
言いながら、この一連の会話で佐々木があえて触れなかった話に村山は思いを巡らした。
医長が多くの患者がいる前で明石をののしったという話を、二週間も前に村山はナースステーションで看護師達から聞いている。
ことの発端はある若い女性患者に対する治療方法の違い。
カンファレンスで激論を交わしたが、明石に相当分があったことから、珍しく部長は明石の言い分を正とした。
それがひどく気に障ったらしい。
明石が主治医をしている別の男性患者の前で、彼の見解に問題があるような発言をした上、自分だったら開腹せずに腹腔鏡で癌を取れると言ったという。
そのために患者のたっての依頼で主治医が交代し、今、大変なことになっているのだ……
佐々木はさらに声をひそめる。
「だからお前もあの先生とは一線を画しておいた方がいいぜ。巻き込まれたらうっとおしいし」
「はい……でも」
返事をしつつも溜息をつく。
「嫁さんの又従兄弟が篠田先生なんで、一緒に飲みに行くのに誘われたりとかするんです。断っても角が立つし、さりとて医長とか、あまりいい気はしないでしょうし、どうしたもんでしょうね」
「何だ、あれって厭々ついて行ってたのか?」
村山は何も言わずに困った顔をした。
それだけで相手はわかった風に誤解する。
これは親友だった松並から伝授を受けた方法だ。
「良かったら、その辺りの事情は俺からそれとなく医長に話しておいてやるぜ」
「本当ですか?」
「ま、お前の場合は、何となく強い者にへつらって仕方なくって感じ、前から濃厚だしな」
村山は驚いた顔をした。
「ばれてたんですか? 俺、顔に出さないように大分頑張ったのに」
「誰が見たってわかるさ。お前、明石先生からはかなりパワハラ受けてるし、普通だったら頭に来てもおかしくないもんな」
愛想笑いで深刻さをカバーしているような印象を与える。
「蹴られてる回数、半端じゃないですものね」
「怒鳴られる回数もな」
全てが思惑通りに動きすぎていることを自戒しながらも、自分の計画の確かさに自信を持つ。
「佐々木先生はホントに情報通だから助かります。……また、色々教えてください」
「任せとけ」
佐々木は立ち上がった。
「さてと、じゃ、俺は帰る」
村山は頷く。
「お疲れ様でした」
佐々木の背を見送り、村山が背伸びをしたときだった。
ポケットに入れっぱなしだったピッチが鳴る。




