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覚醒  作者: 中島 遼
39/77

道標1

 暁がふさぎ込んでいると彼の母親から電話があったのは、高津自身もブルーになっている日曜の朝だった。

「じゃ、今からお邪魔します」

 そう言って電話を切った高津は眉をしかめた。

 嫌な予感がした。

 聞きたくないことを聞かされる気がする。

 しかし強いて彼は立ち上がり、バスを乗り継いで北町に出かけた。

「ごめんなさいね、呼びつけるような真似をして」

 恐縮する瀬尾に、高津は首を振る。

「友達が落ち込んでいる時に、放っておく人間なんていません」

 側に寄ってきた夕貴を抱き上げ、高津は暁の部屋に向かった。

(昔、これは村山さんの仕事だったのに)

 どうしてこんなことになってしまったのか。

「暁、入るわよ」

 瀬尾がノックしてドアを開けると、何だか暗い面持ちの暁が机でぼおっと座っていた。

「圭介君が来てくれたわよ」

「あっ!」

 暁は驚いたように立ち上がり、そして圭介の元に走ってくる。

「圭兄ちゃん!」

 高津はそっと夕貴を下ろし、暁を見つめた。

「おはよう……と言っても、もうすぐお昼だけどな」

 暁は何も言わずに高津の手を引っ張って部屋に入れる。

 そうして、気まずそうに母親を見た。

「ね、男同士の話があるんだけど」

 瀬尾は珍しく吹き出すように笑った。

「はいはい、じゃ、夕貴と一緒に台所にいるわ。でも、飲み物とかどうする?」

「話が終わったら出て行くから、用意だけしておいて」

 何となく不満げな夕貴の手を引き、瀬尾がドアを閉める。

 その途端、暁は何だか泣きそうな顔になった。

「どうした?」

 暁は唇を振るわせた。

「あのね、僕、圭兄ちゃんとの約束を破った」

 高津は頷く。

「村山さんに会いに行ったんだな?」

 相手は目を丸くした。

「何でわかるの?」

「それぐらいなら、ね」

 高津はどっかりとベッドの端に腰を下ろした。

「ま、座れよ。それと怒んないから、何があったか話せよ」

「話すほどのこともないんだ」

 大人みたいな口調で暁は呟いて、再び学習机の椅子に納まる。

「バスに乗って病院に行って、ずっと前で待ってて、会ったと思ったらすぐにタクシーに乗せられて独りで帰っただけだから」

「何も喋らず?」

 さすがに驚いた高津が確認すると、暁は首を振った。

「ちょっとは喋ったけど……」

 そうして、そのときのわずかな会話を大事そうに高津に告げる。

「……それだけ?」

 思わず高津が問い返したほどのあっけない邂逅。

 以前の村山からは考えられないような態度。

 いくつかの可能性を考え、高津は溜息をつく。

 もし村山が、暁を危険にさらしたくないという理由で彼を遠ざけようとするなら、

(自分を悪者にしようとする)

 もっと悪辣な言い方、もっと相手を傷つけるような言い方をしてでも、彼は暁を守ろうとするだろう。

(だけど)

 今回は違う。

 あまりに自然に、彼は暁に別れを告げた。

 まるで、飽きた恋人にその事実を淡々と伝えるがごとく。

(そんな……)

 絶望が胸をしめつけた。

 予感が事実になっていく恐怖。

 その先に在るものを、高津は消そうと首を振った。

「それで、暁はどうしたい?」

 彼はうつむいた。

「わかんない」

「そっか」

 選択肢は二つ。

 追うか、諦めるか。

 もちろん高津は追うと決めている。

 だが、暁にその道を選ばせるのも酷な気はした。

「待つのも方法だよ」

 言葉を発さずにこちらを見る瞳に頷く。

「いつか、村山さんが暁に会いたくなったとき、いつでも来てもらえる準備をしておくんだ」

 しかし暁は微かに首を振った。

「あのおじさんだったら、別に会わなくてもいい」

「え?」

「あれは、僕の知ってるのとは違うおじさんだったんだ」

 声が震えぬようにそっと呟く。

「どういう意味?」

 しかし、暁も説明がつかないようで、ただ首を振る。

「前のおじさんに会いたい」

「暁……」

 高津はそっと暁の肩を叩く。

 村山が暁に告げた言葉が正しく彼の状態を表しているのなら、もう二度と暁は過去の村山に会うことはないだろう。

(……それでも、追い続ける?)

 自問し、唇を噛む。

 追っているのが、自分が探す村山ではないとわかっているのに?


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