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覚醒  作者: 中島 遼
21/77

南山2

「ねえ」

 澄恵が帰った後、詩織は彼を静かに見つめた。

「涼ちゃんがお姉ちゃんにあんな言い方するなんて、初めてじゃない?」

 何か言うだろうとは思っていたが、意外にもそれは非難ではなかった。

「うん」

「いいの?」

「何が?」

「多分、家に帰って泣いてると思う」

 村山は何も言わずに雑誌を手に取った。

 そうして目に留まった記事を眺める。

「珍しいね、涼ちゃんが週刊誌読むなんて」

 ファンド事業で一山あてた成金が一人、不慮の事故で死んだことが小さく書かれているのを確認してから、彼は詩織を見た。

「……桐原の小父さんの遺言は、お前がこの家にずっと住むことだったよな?」

「どうしたの、いきなり?」

 目を見開いた詩織に、彼は二発目の攻撃をする。

「もし俺が、あのまま京都に残っていたら、お前はどうした?」

「え?」

「誰か他の男を養子にして、ここに住んでた?」

「何を言い出すの」

 詩織は時間稼ぎの単語を発した。

 そしてゆっくりと頭を整理しながら語句を選ぶ。

「そんなこと、今となってはわからない……けど」

 彼女は笑う。

「でも、あの頃、別れるつもりだったのに別れられなかったんだもの。きっと私は今でも涼ちゃんをここで待ってたと思う」

「そうか」

 彼が確認したかったことは実は一つだけ。

「『ここで』、待ってたんだ」

「うん」

 きゅっとどこかが縮まるような傷みを感じる。

(……やはり、避けては通れない)

 それは彼の方向性を決定する重要な言葉だ。

 一緒に詩織とここを出るという選択肢は否定された。

 抜けられないなら、「ここ」に彼は居場所を作るしかない。

 だが、この古い家はあまりに重い。

 ここしかないなら何もかも壊し、全てを根こそぎ抜き取って地ならしをするのが第一選択となる。

(……でも)

 修造という大木に斧を振るうことについて、良心の呵責は微塵もない。

 だが、そのために悲しむだろう姉のことを思うと、選択することにはまだ躊躇があった。

「姉さんは」

 村山のわからない部分を全て理解している聡明な相手に、彼は問う。

「義兄さんと結婚して、幸せでいるんだろうか」

 詩織は微かに眉をひそめた。

「涼ちゃんはどう思うの?」

「俺の意見はバイアスがかかりすぎて参考にならない」

 不幸であって欲しいという目で最初から見てしまう。

 姉の一番の幸せが、他ならぬ自分だという奢りを事実にしたいがために。

「私だってそうよ。真緒ちゃんをかすがいに、幸せに暮らしてるっていうのが前提だもの」

 詩織は彼とは逆の意見を持っているようだ。しかし、

「……いずれの場合でも、義兄さんは姉さんとは別れない」

「ええ」

「理由は違っても、そこは姉さんも一緒だ」

「真緒ちゃんがいるからね」

 彼女は少し逡巡し、しかし顔を上げた。

「でも、お姉ちゃんが別れない理由は、真緒ちゃんだけじゃないってこと、覚えておいてね」

「どういう意味だ?」

 詩織は微かに苦悶を顔に浮かべる。

「病院の話とは別に、村山の後継者は貴方と澄ちゃんの二人。お義父さんが持つ病院の持ち分は遺言がない限り、五十パーセントずつ、二人に分けられる」

「遺言がない限り、ね」

「遺言があったとしても百パーセントは無理よ。出資額が多すぎて、遺留分減殺請求すればそこを削らなければ相続ができなくなるから」

「……遺留分減殺請求?」

 まだまだ知らないことは多い。

「相続人の遺産相続権は遺言で仮に百パーセント他人に渡すことが明記されていたとしても、ある程度は保証されるってこと。貴方の場合なら四分の一」

「俺がそんな面倒くさい手続き、するかな?」

「涼ちゃんがしなくても、桐原のお節介達が画策するわよ。貴方が事実上の支配者になるように、ね」

「桐原の遺産は全てお前のものだ。俺とは関係ない」

「いいの、夫婦合算で」

 彼女は真顔になった。


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