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覚醒  作者: 中島 遼
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亀裂2

「まったく、ふざけた野郎だぜ」

 高津は彼を見上げた。

「……何の話です?」

「病院の対応さ」

 慌てたように瀬尾が首を振る。

「あ、でも、それは無理のないことだと思います。だから……」

「確かにこっちのせいと言えばそうだが、被害者という意味では暁君だって被害者なんだ、それを……」

「あの」

 高津が目線で物を言うと、後藤は悪かったというように頭をかいた。

「そうだよな、話、見えないよな」

 暁が冷蔵庫から作り置きの麦茶を出して、高津の側に置く。

「ありがとう、暁」

 暁が高津と瀬尾の間に座ったのを見て、後藤が言葉を発する。

「村山先生は昨夜、意識が戻ったらしい」

「ほんとっ!?」

 夕貴がいなければ立ち上がるほどの勢いで、高津は尋ねた。

「ただ、また昏睡状態に戻ったとも言ってたから、予断は許さないらしいがね」

 高津は小さく息をつく。

 絶望の闇に呑まれそうな時には、どんな灯りでも温かいものだ。

「ごめんなさいね、すぐに高津君たちには伝えないといけなかったのに」

「いえ、」

 瀬尾の表情から、何かその時点で嫌なことがあったのだと高津は悟る。

「ところがさ、ずっと心配して瀬尾さんが詰めてるってのに、あの病院の院長が出てきて、あからさまに迷惑そうな態度を取ってさ」

「え?」

 高津は微かに首をかしげた。

 あの病院の院長は、村山の父親のはずだ。

「いずれにしても、やくざに連れて行かれて暴行を受けるなんて反社会的な事件に巻き込まれたなんてみっともない話だし、こちらとしては恥を世間に広めるようなことをしたくない。だから今回のことは黙ってて欲しいって」

(……村山さん、意識が戻ったときに、お父さんにそうお願いしたのかな?)

 普通の親なら息子が死にかけたら、何があっても警察に通報するだろうし、犯人を捜すことに懸命になるだろう。

 それをしないということは、村山が必死でそうするように頼んだに違いない。

「で、そこから先が酷いんだ」

「後藤さん」

 瀬尾が非難の目を向けたが、後藤は意に介しなかった。

「こういうことになったのは、元を正せば研修医程度の腕しかないくせに下らぬ遊びにうつつを抜かしていた本人の不徳の致すところだから、その遊びの原因については今後厳格に排除したい、だからお前らはこれからは一切彼に近寄るなって……」

「そんなことはおっしゃってません」

 瀬尾の言葉に後藤は肩をすくめた。

「インテリゲンちゃんの言い回しを、俺たちの言葉に訳すとそういう感じになる」

 暁が泣きそうな顔をした。

「僕がおじさんと遊んだのが駄目だったの?」

「違うのよ、お母さんが先生のお立場も考えずに、病院で相談に乗って頂いたりしたから……」

 暁と遊ぼうが、瀬尾の相談に数度乗ろうが、通常なら何の問題もない話だ。

(……遊び、か)

 その言葉の中にあるいかがわしさに高津は顔を曇らせる。

 本人の意志にかかわらず、噂を立てられるというのはよくある話だ。

 特に瀬尾みたいな美人と一緒にいたら、尚更。

(まあ本当に浮気だったら、普通はそんなに堂々と病院で立ち話したりはしないんだけどさ)

 高津も村山ほどではないが、周りが勝手にうわさ話で盛り上がり、根も葉もない話で傷つけられたりしたこともある。

(……だけど)

 高津は顔を上げた。

「一つ確認なんだけど、今回のことは、やっぱりやくざに連れて行かれたことになってるの?」

 後藤は頷く。

「前に車の中で言った通りの展開になっている」

「だったら、とりあえずは俺たちに有利な展開にはなってるね。赤尾もまだ発見されていないことだしさ」

 全員の顔が引きつったが、高津はそのまま言葉を続ける。

「問題は二つ。瀬尾さんに近寄るなって言った、村山さんのお父さんの意図が何か。それから、今、村山さんはどうなってるのか」

「前者はわからん。後者もわからん。何にせよ、今後一切近寄るなって言われて追い払われただけだからな」

 心に籠もる不安。

「一度意識を取り戻したら、少しは安心なのかな」

「そりゃ、ずっと気を失っているよりは希望がもてると思うぞ」

 どうしようか高津は悩んだ。

 自分が病院に行って、村山の様子を見るというのが一番問題なさそうだ。

 だが、村山の父親の発言がやはり引っかかる。

「夕貴」

 高津は膝の上の少女に問う。

「俺はどうするか決めたけど、それでお前はいいか?」

 夕貴は高津の方に顔を向け、哀しそうな顔で頷く。

「何をどう決めたんだい?」

「……しばらく静観することを」

「え?」

 後藤は驚いた声を出した。

 瀬尾も声は出さなかったが、やはり意外そうな表情を見せる。

「てっきりお前が病院に様子を見に行ってくれるのだとばかり思ってたが」

「そうしてもいいな、って思いはしたけど、別に俺が行ったところで村山さんの容態がよくなるわけでもないし」

「だが、人情として彼がどんな具合か知りたいだろう?」

「知りたいのは俺の勝手だ。それに、それでなくても苦しい思いしているはずの詩織さんに何て言っていいかわかんない」

 病院に行って、彼が村山の病状を聴けるのは唯一詩織だけだった。

「だから、村山さんが回復してから会いに行く」

 夕貴が高津の腕をきゅっと握った。

「多分、すぐに元気になると思う」

 そういう予感はした。ただ、この胸の危惧感は……

 心配そうな顔をした夕貴に無理に微笑む。

「俺、村山さんが連絡をくれるまで待つよ」

 自分が発した言葉が、どうしてか胸に刺さった。

 彼の予知に感応したのか、夕貴もまた高津の胸に顔を埋める。

 その瞬間、高津は自分の中の不安の正体をはっきりと理解した。

(俺や夕貴は村山さんを必要としているけれど)

 村山はもう彼らを必要としないかもしれない。

 高津は激しい胸騒ぎの中、首を振る。

 だが、彼の予感が正しかったことはそれからしばらくして明らかになった。

 詩織から受けた電話は、村山が完全に意識を取り戻したと言うこと、そして彼に連絡をしてくるなと言う拒否の言葉。

 済まなさそうな声の詩織に気遣いの言葉を投げかけて、電話を切った高津は独り佇む。

「畜生!」

 そうして拳を振り上げた。

「そっちがその気でも、俺は逃がさないから」

 村山の命は彼だけの物ではないのだ。


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