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覚醒  作者: 中島 遼
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毒卯木3

(……でも、確かに蛇の話だけど)

 大蛇が一年に一度笛を吹くとき、村は人身御供を差し出さねばならなかった。

 従わねば蛇は村に降り、誰彼なしに食ってしまうので、人々は戦で負けて逃げてきた士や旅人を騙し、酒を飲ませては蛇に与えていた。

 だがやがて半年に一度、ついには一ヶ月に一度と、蛇が頻繁に贄を要求しだすとよそ者では足りず、村人の誰かを与えねばならなくなった。

 そこで村長が村人にどうしたらいいかと謀ったところ、一人の女が進み出て、我が子を贄にしろと言った。

 その少年は小さな頃から人見知りが強く、家から一歩も出たことがない。

 外に出て働かないなら死ねばよかろと母親は、いつも飯を与えず毒の卯木の実と葉を与えていたが、子供は死なずに大きくなった。

「なるほどなるほど、それはいい」

 あの子ならば良かろうと村人は頷き、子供は蛇の餌になるために、母と二人で山に登った。

 そしてその母の手で大蛇の前に放り投げられ、そのまま呑み込まれたのだ。

 ところがどうしたことだろう、蛇はそのまま狂ったように踊り出し、やがてぐっすりと寝てしまった。

 そこで女は村人を呼びやって、みんなで蛇を洞窟に引きずり入れたところ、折から降ってきた大雨で土砂が崩れ、女や村人と一緒にそのまま蛇は二度と出てこなくなった。

 それからはその季節になると、村人は毒卯木の前で笛を折って蛇が来ぬように祈願するようになったという。

「……ひどい話だな、こりゃ」

 伊東が川上を見る。

「毒卯木って本当にある木なんですか?」

「ああ、この辺りの人に尋ねると、ほんの十年か二十年ぐらい前にはよく見かけたと言ってたな。実が甘いんで、子供が間違って食べたらいけないって全部伐採して、最近ではあまり見かけないらしいけど」

 伊東と川上は野生植物の保護と駆除について談義を始めた。

 それをぼおっと聞きながら、萌はふともう一度字面を追ってみる。

(……人見知りが強い、か)

 何となく姫の息子を彷彿させる。

 思えば、こういった伝承の中に時折見かけるのが、「人見知りが強い」主人公だ。

 それらは大抵の場合、悲劇的な死を迎える。

離生何離人リソカリトの特性かも)

 もちろん、ヒーローやヒロイン全てが人見知りが強いという訳ではない。伝承には我が強いのも気さくなのも普通にいる。

(でも)

 そこはかとなく頻度が高い気はする。

(……まあ、あたしがそこんとこに親近感を持ってるから、そう思うだけかもしれないけど)

 他の数話にも目を通し、萌は再び考えこんだ。

 あと、気になることは、リソカリトに女性が少ないこと。

 割合にしたら十人に一人、いや、もっと少ないぐらい。

 思えば現世でも、萌と夕貴以外にリソカリトの女性には出会っていない。

「……そう言えば、トンネルの話、知ってるか?」

「え?」

 ぼおっとしていた萌は慌てて川上に視線を戻す。

「何の話?」

「ほら、電車を通すために、北の山にトンネル作ってるだろ」

 萌は頷く。

「三年前に、工事していた作業員が行方不明になったらしい。で、そのときは仕事が嫌になってやめたんだろうって気にしなかったが、今年のほぼ同じ時期の、それも同じ満月の夜に、また人が一人消えたらしい」

「ええっ」

「そのどちらの事件も、起こる一週間前から、笛の音が聞こえたという証言があって……」

 まさに現代のホラーだ。

「……で、それから半年、今月に入ってまた、最近笛の音が聞こえるとか言う話だ」

 萌はぶるりと体を震わせる。

「川上さん、冗談なんでしょ?」

「いや、それは俺が言ったんじゃなくて、ケーブルテレビで言ってたんだ」

 ケーブルテレビにはローカルチャンネルがあり、地域の話題や無責任なうわさ話を放送したりする。

 少し前までは普通の放送しかしなかったのだが、視聴率を取るために方針を変えたらしい。

 それもその一つなのだろうが、

「……それって、その昔話を知ってる人が、わざと面白おかしくトークしたんじゃないんですか?」

 伊東が萌の考えと同じ事を言った。

「そうだとしたら、俺はちょっとショックだな」

 川上はジャガイモを形良く切り始めた。

「この話は結構、知られてないのを発掘したつもりだったんだから」

「口伝の場合はおじいちゃんから聴いたとかありますもんね」

 二人の会話を聞きながら、ふと萌は眉をひそめる。

(……もし)

 この話が冗談でも何でもなく、本当の話だとしたら?

 土砂に埋まって出られなくなっていた蛇が、トンネル工事で自由に動けるようになったとしたら?

(……まさか、ね)

 しかし、緑色の異星人が空から振ってくるような世の中だ。

 何があってもおかしくないような気もする。

 萌はもう一度ノートに目を通した。


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