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覚醒  作者: 中島 遼
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播種4

「で、詩織の婿捜しが始まったんだが、小父さんが生きてるときは問答無用で釣書は返却されたし、小父さんが他界した後も、詩織はまったくもって興味を示さん。大学に好きな男がいるんじゃないかとか、もしそうなら明らかに医者じゃないし、どうしようとか皆で相当心配したんだが」

 彼は笑う。

「ところがそれから大分経ったある日、お前が修造小父さんと澄恵ちゃんに、実は自分と詩織は大学入った頃からずっと付き合ってる……と爆弾発言したって話が舞い込んで」

「……はい」

「みんな唖然として、それからどうしようかと大分悩んだ。でも、考えようによってはそれがベストじゃないかって思い始め、渋る修造おじさんを長老達が説得したわけだ」

「院長がどうして俺たちの結婚に反対したのかご存じですか?」

「そりゃ、桐原に遠慮したに決まってるだろ」

「……桐原の小父さんが、結婚に反対したから?」

「そうじゃない、次、ババを引くのが桐原の番だから、桐原家に遠慮したんだ」

「それだったら、どうして高校生の俺と詩織の縁談を桐原の小父さんに持っていったりしたんでしょう?」

「そのときはそれがベストだと思ったんだろうが、桐原の小父さんが娘かわいさにそれを拒んだ。だから真面目な院長は、桐原の小父さんの意思を勘違いしてお前を院長候補から外した」

 篠田は酒を飲んだ。

「まあ、院長はババとは思っていないだろうから、余計にそこに執着するだろ。あの人はそう言うところ誠実であり、頑固でもあるから」

「だったらやっぱり義兄さんが院長を……」

「おっと、そこで君が納得してもらっちゃ困る。正味、一番桐原の血が濃いのは詩織だ。そしてその配偶者は法律的に見てもほとんど一親等と同レベルだ」

「……でも」

 村山はビールを飲んだ。

「義兄さんに資格があるなら、篠田先生にも充分あるんじゃないですか?」

「ないよ」

 彼は肩をすくめた。

「直系が継ぐというのなら、澄恵ちゃん、お前、詩織、この三人かあるいはこの三人の配偶者が有資格者だ。せいぜい言って、市子ちゃんたちの旦那が医師ならそれでもよかったんだが、あいにく違う。で、念のために言っておくが、志村は二村の姻族で桐原とは血のつながりはない」

 明石が気の毒そうな顔で村山を見つめ、そしてメニューを手に取った。

「でも、今回は桐原の番で、その中で医師を捜すなら、一番近いのはやっぱり篠田先生です」

「器じゃないよ」

「俺なんかもっとそうです」

「……資格のある奴なら、八十点でも合格だ。しかし、資格のない者がその席に座るためには二百点は必要となる。そしてお前は九十点だ」

 言うべきかどうかは少し悩んだが、彼はしっかりと相手を見据えて口を開く。

「俺たちが先生をバックアップするとしたら?」

「俺たち?」

「俺と詩織です」

「……その話、詩織にしたかい?」

「いいえ」

 篠田は微かに微笑んだ。

「……詩織はそれができない立場だ。桐原の直系は、桐原として発言しなければならないからな」

「しかし……」

「原則は曲げてはいけない。本当はあいつは婿養子を取らねばならない立場だったのに、桐原の名をそこで止めた。普通なら許されないことだが、周りはそれを承認した。何故だと思う?」

「わかりません」

 素直に言うと、相手は頷いた。

「お前達の子供が、間違いなく二つの血が混ざり合った者だからだ。君が継いだ後、君の息子か娘が継ぐ。子供が二人生まれればどちらかを桐原の養子に取っても良い。それは誰にとってもひどく順当な話だと思わないかね?」

 顔から血の気が引いた。

「でも……」

「ああ、だから、あと数年して生まれなかったら、周りは必ず言うよ。不妊治療を早く始めたらどうかってね」

 ずっと、子供を欲しいとは思わなかったし、これからもそう思うとは思えない。

 詩織が何かを言いたげなときも、彼は気づかぬ振りをして避妊を続けている。

(……俺の子?)

 考えただけで怖気が走った。

 生まれてくるはずのその子は、確実に呪われた血を引いている。

 実の親ですら愛せないような得体の知れない何か。

 きっと彼と同じように、世間と交わるのに相当の努力をし、それでも他人とはやはり分かり合えない。そしていつか周りから狩られ、居場所を追われて……

「先輩、注文してもいいでしょうか」

 メニューを見ていた明石が顔を上げて隣の篠田を見る。

「ああ、何でも好きなものを頼め」

 頷いて明石は店員を呼んだ。

「あ、そうだ祥平、お前、そろそろ日本酒にしろ」

「え!」

 明石が嫌な顔をした。

「俺はまだビールで……」

 しかし、篠田がじっと見つめると、彼は仕方なさそうな顔でナスの漬け物とじゃこおろし以外に、ドリンクメニューから冷や酒を選んで注文した。

「閾値を超えないと、お前は活性化しないからな」

「……俺はイオンチャネルですか?」

 酒はすぐに来た。

 篠田は明石がそれを一口飲むのを待って、彼に言葉をかける。

「ところで、昨日、ドクタージョーンズから電話があった」

「え?」

 明石は顔を引きつらせた。

「俺ではなくて先生に? なんて?」

「ひどいオクラホマ訛りでまくし立てるから、お前の言ってることなんて一切わかんねえよって……」

「い、言ったんですか?」

「馬鹿野郎、言うわけないだろ、俺は大人だ」

「は、はあ……」

 何となく信用していないような目で明石が見ると、篠田は笑った。

「九月に戻ってくると約束していたのに、勝手に契約を一年も延長させるとはどういう了見だ、祥平をそんな田舎のちっこい病院に縛り付けておくお前の所業は世に対する大罪だと抜かしやがったんで……」

 彼は焼酎を飲んだ。

「彼の母親は幸い小康状態を保っている、お前は医者のくせに人の不幸を願うのかと言ったら、何か謝って電話を切ったよ」

 明石は何も言わずに日本酒を空にした。

 すかさず篠田がまた酒を注文する。

「ま、そういう訳だから、明日の朝一番にでも、フォローの電話を入れておけ」

「……はい」

 まるで借りてきた猫のような明石を、村山は不思議な気持で眺めた。

 ただ借金のために頭を抑えつけられている、という感じには見えない。

(恩義はあるんだろうけど)

 それ以上の何かもまた、彼らの間にはあるのだろう。


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