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覚醒  作者: 中島 遼
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退院1

 細川たちの遺体が見つかったという報道について村山が知ったのは、入院中にネットでニュースを見たときだった。

 その後、病室にいつもの刑事もやってきたが、彼の入院とあの事件を結びつけることはなかったようだ。

「いや、村山先生が入院してると聞いて、ちょっとご機嫌伺いに来たんだが」

「気を遣っていただいて済みません」

「別に、そこまで来たついでみたいなものだから、全然構いはしないんだけどね」

 話を聞くと、死体鑑定では細川の死は村山が担ぎ込まれた後に起こっていることになっていて、入院はむしろいいアリバイともなった。

(やつら、工作したみたいなことも言ってたしな)

 腐敗防止か何か、手の込んだことをしていた可能性がある。

「で、君は聞くところによると、アレルギーで治療中とか?」

「はい、馬鹿みたいな話です。ちょっときつめの鎮痛剤を打ったら呼吸困難になって」

 ヘルペスとボルタレンの相互作用で薬疹が出た過去の症例について専門的に話してやると、思い通りに刑事は早々に立ち去る。

(だが……)

 何となく妙な違和感を村山は感じた。

 刑事は概ね、自分の近況を話すだけ話すと満足したような感じだった。

 職業柄、それは逆なような気がする。

 それだけではない。病院関係者にしてもそうだ。

 彼の入院の理由について、皆が気を遣って聞かないようにしているのかと最初のうちは思っていたが、何度かの会話の結果、彼らが特に関心を持っていないという事実に村山は突き当たった。

(……まさか、な)

 それはともかくのこととして、村山の回復は早く、退院と職場復帰はほぼ同時となった。

 入院中、考える時間はたくさんすぎるほどあったので、行動に迷うこともなかった。

(……手始めは)

 彼や暁が超能力者であるということを知ってしまった者達、あるいはその上部組織を壊滅させること。

 いつ彼に襲い来るかわからない死を前に、彼の人生の後始末をつけておくのを第一義とすれば、その中で最も重要な項目がそれだ。

(……俺が生きていることを知ったら、奴らはまず情報を収集する)

 入院の日や、時間については隠し通せるものではないので、矛盾にはすぐに彼らも気づくだろう。

(……幸い、圭介の存在には誰も気づいていない)

 詩織からあの夜の状況を聞くと、どうやら彼を担ぎ込んだのは後藤と瀬尾、そして暁。

 恐らく、別の場所に夕貴と高津が一緒にいたと想定される。

 高津の能力はかなり変化した。

 当初は危機に際してテレポートしていたのが、やがて交信している相手のいる場所に随意的に行くことができるようになった。

 そして、あの夜。

(……夕貴を囮に使って、俺を捕まえた)

 正直メカニズムの想像もつかない。

(……実はあいつ、一番すごいエスパーかもしれないな)

 そんな彼の存在を、敵に知らしめるわけにはいかなかった。

(……そういう意味では運が良い)

 状況を普通に眺めたとしたら、村山が瞬間移動能力者であると考えない限り、辻褄は合わない。

 村山はその勘違いを永久のものにしてしまおうと考えた。

 それで彼が狙われれば、相手を捕捉する手だてにも使える。

 さしあたっては、彼がほぼ同時刻に異なる場所にいたような証拠をどこかに作ればいい。

 それはパソコンが一台あれば何とでもできるような簡単な作業だ。

(だが、その前に……)

 まず彼がしたことは、自宅の大掃除だった。

 そして、居間と寝室で盗聴器を見つけた彼は、個人的に調査をした後、毎週来てもらっていたハウスキーピングを解約した。

「掃除は俺がするから」

 思いとどまるように言った詩織は不安そうに彼を見た。

「でも、仕事も身体も大変なのに家のことまで……」

「どうしても駄目だと思ったら、その時にもう一度頼めばいい。とりあえず、掃除用のロボットを三台注文しておいた」

「……ロボットって、あの、電気屋さんで走ってた、丸くてくるくる回るやつ?」

「実は前からちょっと欲しいと思ってたんだ」

「一階用と二階用ともう一つは?」

「ソフトを俺好みに書き換えられるかやってみたいし、その場合、壊してしまったときのための予備用に一台いるから」

 そうして渋る詩織を無視して、さっさと解約手続きを済ました彼は、本当にやりたかった事に取りかかる。

 それはパソコンを充実することだった。

 今度は詩織が驚きの余りに言葉を発しなかったぐらい、部屋中は機械だらけになる。

(……スパコンと比べれば、蟻と象ぐらいの差はあるだろうけど)

 それでも彼がやりたいことをするには充分な環境だ。

(……奴らも、あの船でそう遠くまで行くつもりはなかったはず)

 自動操舵以外の場面では英莉子が操縦していたと考えられる事から、船にいたのはあの三人のみと考えていいだろう。

 到着時刻までに村山を従順にするという台詞、薬の効果と持続時間、彼が海に飛び込んでから、船が彼の横をすり抜けた間の秒数と船体の長さから導き出される速度。潮の流れ方向や飛び込む前に一瞬見えた星、それらから類推される船の位置。

 彼が推定した時刻にその場所付近を撮った衛星写真を入手した彼は、映った船の船籍を探る。

 そして相手の正体を暴くために、更に深く侵入する。

(……俺を生かしてしまったことを、死ぬほど後悔させてやる)

 彼は薄く笑った。

「ね、涼ちゃん」

 就寝を告げに来た詩織が、恐る恐るという感じで彼を見つめる。

「あまり、無理しないでね?」

「何が?」

「身体の具合だってまだ完全じゃないだろうし、病院も忙しいのに、こんなに……」

 言葉を濁した相手に彼は肩をすくめた。

「楽しいからやってる」

 実際、ネットの世界は顔も名前もださずにいられるので、彼向きと言えた。

「でも」

「俺はこれからはやりたいことをやる」

 それは本心だった。

 入院中に、今後の人生について考え直してみたとき、彼が達した結論はそれだ。

 もちろん、気持ち的には医師をやめ、好む道に進みたい。

 だが、今更工学部に入り直して、別の仕事についてというのは時間がかかりすぎる。

 死が、いかなる瞬間にも可能であると言うことを既に彼は知ってしまった。

 それだけの年月、生きていられるという保証もないし気力もないので、医師という職業については割り切ることにしたのだ。

 それに今の状況は彼にとって都合がいい。

(あの男が言っていた通り、俺などいなくても病院に支障はないからな)

 いつ彼が消えようと、多分誰にも迷惑はかからない。

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