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8話「鬼の医者」

「……」


 死ぬかと思った。このガキ。俺にマジで鎌を振りかざしてきやがったからな。殺気に満ちた目はマジだった。死ぬ気で振り回される黒い鎌を避けた。俺、今までの人生でこんなに逃げたことなかったかも。


「お、お姉さま……大丈夫ですか? うるさくしてごめんなさい……」


 けっきょく、紅葉の暴走を止めたのは蓮だ。蓮の容態が急変して、苦しそうにしたんだ。さすがに、そんな状況で理不尽な理由で暴れてられるはずもない。


「はぁ……はぁ……」


 蓮の額に手を当てると、すごい熱だった。息もさっきより荒い気がする。そうだ……俺たちが啀み合ってる場合じゃない(こいつが一方的にだけど)。まずは蓮を治すのが先だ。

 蓮の額に冷却シート(熱冷まし)を貼ってあげながら、紅葉に振り返る。


「お前、医者なんだよな? 蓮を治せるんだろ?」

「……その前に、一つ聞きたいんだけど」


 紅葉の目は、さっきとはまた違う、嫌悪に疑いを混ぜた目だった。俺に対して、なにかを問い詰めようとしているように見える。


「お姉さまが邪鬼に遅れを取るなんて、有り得ないわ。あんた……足引っ張ったんじゃないの?」

「……」


 俺はなにも言えなかった。

 確かに、蓮は俺を庇ったせいで鬼狩を負傷した。蓮がこんな状態になってるのは……俺のせいと言ってもいい。言い訳できない。


「そうなのね? あんたのせいなのね?」

「……紅葉……ちゃん……」


 ゆっくりと目を開けた蓮が、心配をかけまいと無理やり笑った。無理して喋るなって。


「ソラは……悪くないよ? 相手の邪鬼が強かっただけ……それに……ソラが助けてくれなかったら……どっちにしても、私はやられてたから……」

「お姉さま……」


 蓮の気遣いが、痛かった。

 確かに結果的には俺が邪鬼を撃退したおかげで蓮は助かったって言えるかもしれない。でも……それはただの結果オーライで。蓮が俺を庇って鬼狩を負傷したのには変わらない。

それなのに、蓮は俺に感謝している。

 俺は弱ってる蓮を、見ていることしかできなかったのに。


「……まぁ。お姉さまに免じて今回は許してあげるわ」

「……どーも」


 こいつに偉そうにされるのは腹立つけどな。

 紅葉は鞄から小さな端末を取り出した。見た目、タブレットっぽい。繋がれたコードにはプラグが付いてる。なんだこりゃ? なにかの計測装置?


「お姉さま。お辛いと思いますけど……鬼狩を生成できますか?」

「うん……」


 蓮が手を少し上げて、黒角を生成した。やっぱり、邪鬼にやられて付いた傷はそのままだ。いや、少し大きくなってる? だから蓮の具合がだんだん悪くなってるのか?


「……」


 紅葉は端末に繋がれたプラグを鬼狩に当てた。小さく光が漏れて、画面に数字や文字が表示される。よ、読めない……地獄の文字なのか? 全く理解できない。

でも、紅葉は頷きながら画面をじっと見つめてる。子供のくせに、こんなのわかるのか?


「損傷率は67%。これはかなり危ないわね……」

「だ、大丈夫なのか?」

「うっさい。黙って見てなさい」


 一蹴された。悔しいけど、黙る。

 端末の画面を指で操作し、紅葉はぶつぶつと一人でなにかを喋っている。難しすぎて、なにを言っているのか俺にはわからない。

 こいつ……さっきと顔が全然違うな。子供っぽさが消えてる。医者だってのは嘘じゃないみたいだ。ここは任せよう。


「……鬼の細胞が必要ね」


 鬼の細胞?

 突然紅葉が口にしたのは、俺にとって全く馴染みのない単語。


「なんだそれ?」

「ここまで損傷してると、自然治癒は無理。鬼の細胞を移植して、治癒を手助けしないと、どんどん損傷は大きくなる」

「だから鬼の細胞ってなんなんだよ?」

「邪鬼の肉片よ」


 グロイなおい。

 邪鬼の肉片だって? それで鬼狩を修理するってのか? 関連性が全く……なくもないのか? 鬼狩は鬼の命その物だし、邪鬼と子鬼も鬼には変わらない。その肉片、細胞で鬼狩を修理する……駄目だ。やっぱり想像できない。


「邪鬼じゃなくて、子鬼でもいいけど。子鬼だとその分量は必要になるわね。でも、実際に集めやすいとしたらやっぱり子鬼。問題は、今この周辺に子鬼がいるかどうか……」

「肉片って予備とかねぇの?」


 輸血用の血液みたいに。医者ならそういうストックを持っててもおかしくなさそうだけどな。肉片のストックって、自分で言っててグロイけど。


「あるわけないでしょ。あんた馬鹿? 邪鬼と子鬼の体は普通、機能を停止すると光になって消えちゃうのよ? 性質上、保存はできないのよ」


 うぐ……いちいち罵倒してくる奴だな。てか、俺そんなに鬼のこと詳しくないもんよ。ちょっとぐらい無知でも仕方ないだろうが。


「だ、だったらどうやって肉片なんか取るんだよ?」

「私たち医療鬼が生成する鬼狩はね。短い時間だけど、邪鬼の体を形として残しておけるの。だから私の鎌でぶった切るだけよ」

「……医療鬼?」


 そういえば、蓮は戦鬼だって言ってたな。医療鬼ってのが、つまりは医者ってことか。型によって鬼狩の特性も違うらしい。

 でも……この三日間、邪鬼はおろか、子鬼ですら行動した様子はない。肝心の邪鬼と子鬼がいないと、細胞なんて取れないだろう。

 ……どうすればいいんだ?


「ちょっと地獄に戻って、二、三匹子鬼を殺ってくる」


 子供が殺るなんて口にするなよ。

 あ、そうか。地獄に行けば邪鬼と子鬼なんていくらでもいるのか。鬼の仕事はそいつらから地獄に来た人間の魂を守ることだからな。元々、地獄で生まれた邪鬼がこっちの世界に出てきてるわけだし。


「ま、まって……」


 地獄に戻ろうとしていた紅葉を、蓮が呼び止めた。


「お姉さま?」

「……子鬼が……街に……」

「なんだって?」


 子鬼が街に? この三日間動きを見せてなかったのに。

 純粋な鬼は、邪鬼と子鬼が動きを見せれば、食べた魂の痕跡でわかるんだ。弱ってても、それは感じ取れたんだな。

 それにしても……。


「なんで今頃動き出したんだろうな?」


 あの邪鬼は、完全に俺たちを敵対してるはずだ。俺たちを潰すつもりなら、すぐに仕掛けてくればよかったと思うけど。三日間、なにもしてこなかったのはなんでなんだろうな。


「たぶん……ソラにやられた傷を癒すために……休んでたんじゃないかな……」

「……」


 そこまで深手を追わせた感じではなかったけどな。俺の全力の一撃だったけど。二回目の鬼人化だったし、エネルギーは空っ穴だった。


「丁度いいです。お姉さま。その子鬼、私に任せてください」


 殺る気満々。紅葉は無い胸を張り、窓から外を見た。


「どの辺ですか?」

「ん? お前も鬼なら場所わかんじゃねぇの?」

「うっさい。黙れ。ついでに死ね」


 ついでに死ね!? お前、さっきから歳上に対して言葉使いがなってねぇぞ!


「私は医療型なのよ! 戦型の鬼と違って、魂の痕跡はわかりづらいの!」

「……ふーん」


 なら普通にそう言ってくれ。わざわざ罵倒を混ぜないでくれ。


「えっと……住宅地の……」


 住宅地って言っても、このガキんちょ知らないだろ。迷子になられても困る。


「蓮。俺がこいつを案内するから教えてくれ」

「ちょっと! お姉さまに近づかないでよ!」

「黙れ。ガキんちょ」

「ガキ……!?」


 俺は少し真面目な顔を作る。いつまでもお前と言い合いしてても仕方ない。時間の無駄だ。


「俺もお前も蓮を早く治したいのは同じなはずだ。だったら協力するのが当たり前だろうが」

「う……」


 俺の正論に、なにも言い返せない紅葉。勝った。


「……じゃあ、ソラも鬼人化して……」

「え? でも、お前……弱ってるのに大丈夫なのか?」

「力を渡すだけなら関係ないよ……鬼人化すれば……私の感じた魂の痕跡なら感じ取れるはずだから……」


 純粋な鬼じゃないと魂の痕跡は感じ取れない。でも、蓮がすでに感じた痕跡を伝えるぐらいはできるってことか。


「でも、俺……十分ぐらいしか鬼人化できないからな。その場所に行くだけで時間切れするんじゃないか?」

「鬼の力……定着したでしょ? だから……少しは鬼人化してられる時間は伸びたはずだよ……それに……鬼人化して行けば、子鬼の場所までそんなにかからないよ……」


 確かに、住宅街なら鬼人化して急げば数分で行けると思うけど。

 まぁいい。それよりも、これ以上蓮を喋らせたくない。呼吸もやっとしてるって感じなんだ。喋ってるだけで苦しそうだ。


「わかった」

「うん……じゃあ……ごめんね……私からはできない……」


 あ、そうか……俺からしなきゃいけないのか。

 この前は非常時だったから勢いでしちゃったけど、やっぱり恥ずかしいな。


「……ていうかお前どけよ」


 紅葉が蓮の前で両手を広げて、俺を全力でガードしてる。


「……(キッ!)」


 めっちゃ睨んでるんだけど。


「紅葉ちゃん……」

「わ、わかってます……でも、こんなゴミクズにお姉さまの唇を……」


 ゴミクズゴミクズって。人をなんだと思ってやがるんだ? 俺は苦労人だけど、人としてはまともな生き方をしていたはずだ。人生経験の浅いガキんちょにゴミクズって言われる筋合いはない。


「……さっさとやりなさいよ!」

「いっでぇ!?」


 な、殴られた……なんで? なんで俺は今殴られたの? つーかやっぱり鬼だから力が強い。素で戦り合ったら負けるぞこれ。


「……見るなよ?」

「見ないわよ。見てたらあんたを殺っちゃいそうだもん」


 怖いことをさらりと言うなこのガキ。

 俺は寝てる蓮に顔を近づけた。呼吸がやっぱり荒い。こんなに弱ってる蓮にキスするなんて、なんか罪悪感。まぁでも仕方ない。こうしないと俺は鬼人化できないんだ。

 ゆっくりと、俺は蓮にキスをした。黒い皮膚が体を包み、頭に黒い角が生える。本当……見た目は鬼みたいになったな。


「……行くか」

「気をつけてね……」


 今の俺が何分鬼人化してられるかわからないけど、急ぐにこしたことはない。急いで住宅街に向かおう。と……思ってた俺とは裏腹に、紅葉は鞄を漁っていた。


「……お前、なにやってんだ? さっさと行くぞ」


 紅葉が鞄から取り出したのは、数枚の御札。地獄と守の文字が書かれている。それを蓮を囲むように貼っていく。


「結界よ。邪鬼が近づけないように、閻魔様の力が込められた御札で結界を張ったの。邪鬼と子鬼は絶対に入れないわ。これでお姉さまは大丈夫」


 なるほど。俺たちがいない間の蓮の安全確保か。確かに、俺たちがいない間になにかあったら、蓮はひとたまりもない。蓮の話を聞いてると、閻魔の力が込もった御札で大丈夫か? ってのはあるけど。


「よし。行くか」

「足引っ張らないでよね」

「お前がな」

「……」

「……」


 お互いに睨み合う。

 どうやら俺は、このガキんちょと馬が合わないようだ。


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