表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

7話「鬼の力」

「……オマエハ、ツヨイノカ?」


 邪鬼がまた、口が裂けているかのように笑った。見てると不快になる笑い方だ。


「喋るなって言ったろうが。さっさと来い」


 俺は挑発の意味を込めて、手を叩いた。

 邪鬼は赤い目を見開き、俺を視界全体で捉えた。そして――瞬間移動でもしたかのような速度で、俺の目の前に迫ってきた。

 速いな。

 でも見えてる。遅い。

 俺はカウンターで、邪鬼の顔面に一撃、拳を放った。


「――!?」


 邪鬼を殴り飛ばして、突き出したままの拳を開いた。黒い皮膚が蠢き、右腕が何十倍にも巨大化する。


「うおぉぉぉぉっ!?」


 邪鬼の体を掴んで、そのまま力を込める。もう逃がさねぇ。このまま握り潰してやる。


「――ぐっ!?」


 邪鬼がまた見えない力で攻撃してきた。左肩に食らい、俺が後ずさった隙に、邪鬼は手から脱出した。

 この攻撃……衝撃がそのまま体に来てる感じだ。衝撃その物を撃ちだしてるのか? そんなの避けようがないな。

 いや、避けられないなら防ぎながら攻撃すればいい。俺の黒い皮膚ならそれができる。


「……」


 驚く程、思考がクリアだ。さっきみたいにいちいち動き方を考えなくても動ける。怖いぐらいに落ち着いてる。

 俺は自分の変化がよくわかっていた。

 蓮が言ってたな。一番よくわかるのは自分だって。

 今まで以上の、黒い皮膚との一体感。


 鬼の力が定着したんだ。


 一度鬼人化が強制解除されたのに、また鬼人化できたのはそのおかげかもしれない。

 わかる。鬼の力の使い方が。


「……?」


 邪鬼が両手を上に向けている。降参? しても許さないけどな。

 まぁ降参なわけないだろう。なにかしてやがるな。

 上に向けた両手の上には目視ではなにもない。でも、そこになにかがある。なにかを作っている。それがわかる。


「――!?」


 邪鬼が腕を振り下ろした瞬間、俺は直感的に横に飛んだ。間一髪、俺の立っていた草地が、大きく爆発を起こした。

 あの野郎……たぶん、衝撃を複数固めて撃ちだしやがった。破壊力がさっきまでの比じゃねぇ。あれはさすがに食らったらひとたまりもねぇな。もう絶対に撃たせない。


 衝撃をそのまま撃ちだす。強弱は自分で調整可能。そして衝撃を固めて、一気に撃つこともできる。それがあいつの能力か。邪鬼も能力型の子鬼みたいに能力に目覚めてるらしい。


 いや、そんなことはなんでもいい。

 こいつの能力がなんだろうと、次で終わらせる。


 横に飛んだ勢いのまま、木を踏み台にしてバネにする。右手に力を集中させて、巨大化。全力だ。手加減なんてしない。今の俺が持ってる鬼の力を……この一撃に込める!


「……ツヨイ。オマエはツヨイ」


 邪鬼が両手を俺に向けてきた。衝撃を撃ちだすつもりだな。俺を近寄らせない為に。

 でも関係あるか。ここで引いたって意味がない。

 ――強行突破だ!


「うおぉぉぉぉっ!?」


 踏み台にした木の反動で飛びながら、腕を盾にして突っ込む。巨大化した腕の装甲は硬くて、邪鬼の衝撃なんて通用しない。攻撃にも防御にも使える最高の形態だ。


「ぶっ飛べぇ!」


 突進の勢いのまま、右腕を握り締めて放つ。巨大化した右拳が、邪鬼の体を捉えた。


「――!?」


 邪鬼が悲鳴のような声をあげた気がした。

 でも、その瞬間……笑っているようにも見えた。なんだ? 殴られて……なんで笑ってやがるんだ? 気持ち悪い奴だ。


 俺の一撃を食らって、邪鬼は体をひしゃげながら、吹っ飛んだ。

 攻撃の後、俺はそのまま膝を付く。巨大化していた右腕の皮膚が弾けて、元に戻った。


「うぐっ!?」


 全力を込めた反動か、右腕に痛みが走る。筋肉がズタズタになってるような感覚だ。しばらくは使い物にならなそうだ。


「あっ!?」


 吹っ飛んだ邪鬼の後方に、黒い穴が出現した。やっぱり、あれもこいつの能力だったのか。ワープ? それとも別の空間に移動する? いや、なんでもいい。逃がすか! 右が駄目でもまだ左がある! 追撃だ!


「くっそ!?」


 遅かった。邪鬼は黒い穴に吸い込まれるようにして、この場から姿を消してしまった。


「鬼さんこちら! 手の鳴るほうへ!」


 手を叩く。でも……なにも反応がない。完全に離脱しやがったみたいだ。


「……」


 倒せてない。

 手ごたえはあった。ダメージは受けたはずだ。でも、倒すまでは至ってない。

 逃がしちまった……。


 いや、後悔してる場合じゃない。


「蓮!」


 それよりも蓮だ。さっきの攻撃で、鬼狩にダメージを受けた。鬼狩は鬼にとって、命のような物。それが傷付いたんだ。

 蓮に駆け寄って抱き起こす。目をつむって、荒く呼吸をしている。苦しそうだ……まさかこのまま……。


「おい! 蓮! しっかりしろ!」

「……大丈夫。まだ生きてるよー」


 目を開けて、弱々しくも、俺に向かって笑いかけてくれた蓮。それを見て、少しほっとした。

 でも、苦しそうなのは変わりない。このままじゃ、いずれ危ないだろう。


「……助けられちゃったね」

「……先に俺を助けたのはお前だろ。それに手伝うって言ったんだ。気にするな」

「あれ……ソラ、黒い角が生えてる」

「え?」


 自分の頭を触って、初めて気が付いた。

 頭に二本の角が生えてる。それこそまるで、鬼のように。


「鬼の力……定着したんだね」

「……これが証なのか?」

「えへへ……わかんないけど……」


 さっきまでは鬼人化しても角なんてなかった。それを考えると、これは力が定着した証と思っていいだろう。


 ……なんでいきなり力が定着したんだろうな。


 あぁ。そうか。


「……なんのために鬼狩を使うのか、か」

「どうしたの……?」

「いや。別に」


 あのとき、蓮がやられたとき。

 とにかく、蓮を守らなきゃ。俺はそれだけ考えてた。

 鬼の力をなんのために使うのか。なんのために邪鬼を倒すのか。なんのために戦うのか。

 俺は……蓮のために鬼狩を使ったんだ。

 蓮を守るために。

 俺はそれでいいんだ。それが鬼の力を使う理由だ。


「……」


 黒い皮膚に覆われた自分の右腕を見る。

 ……俺の鬼狩は、この黒い皮膚その物だったんだな。だから鬼人化したときからこの姿だったんだ。普通、鬼人化すると鬼狩をすでに生成してるはず。蓮がそう言ってたからな。それなら納得だ。


 力が定着して、力の使い方がわかった。

 黒い皮膚その物が、俺の鬼狩。自分の意思で形を変えられる。さっきは腕を巨大化させただけだけど、慣れればもっと変化させられそうだ。初めての戦いで、蓮に手伝ってもらって生成した刀は、その中の一つに過ぎなかったってことだ。蓮にもう一度力をもらったことで、皮膚が自分から変化したんだ。


「う……」

「お、おい。大丈夫か?」


 蓮をゆっくりと座らせて、背中に乗るように言う。

 背中に乗った蓮は、驚くぐらい軽くて、小さかった。

 こんなに小さい体で……あんな化物と戦ってたんだな。


「……頑張るからな。俺も」

「……なにか言った?」

「なんでもないよ」


 今はとにかく休ませよう。

 蓮の体に負担をかけないように、周りを警戒しながら、マンションの部屋に戻った。



★☆★☆★☆



「……」


 邪鬼の強襲から三日経った。

 蓮が言うには、この三日間、子鬼も邪鬼も動きを見せてない。魂の痕跡を感じないらしいんだ。まぁ、もし動きを見せても……俺たちは動けなかったんだけど。


 蓮はまだ回復してない。むしろ、だんだん悪くなってる気がする。

 そして俺も、あの後鬼人化が解除された瞬間、最初邪鬼に受けた攻撃のダメージでしばらくまともに動けなかった。

 蓮を病院に連れて行こうかと思ったけど、やっぱり、意味がないらしい。人間の病院じゃ、鬼の傷は治せない。

 今の蓮を助けるには……鬼狩を修理するしかないんだ。


「……蓮。起きられるか?」

「……うん。今日はちょっと調子いいかなー?」


 そんな強がりを言うけど、顔を見てわかる。

 無理して笑ってるって。


「おかゆ作ったけど、食える?」

「頑張って食べるよー」


 頑張って、か。確かに、無理してでも食べたほうがいいと思うけど。ちょっとでも栄養をとって体力をつけるのが一番だからな。

 まぁそれも……人間の常識だから。鬼にそれが通用するのかわからないけど。俺にはこれぐらいしかできないんだ。


「あ、美味しいねー」

「自炊はけっこうやってたからな」

「ソラは良いお婿さんになりそうだねー」

「……まぁその前に、俺死んでるけど」


 なんとか、といった感じで食べている蓮。

 やっぱり、だんだん悪くなってる。衰弱していく一方だ。

 元はと言えば、蓮は俺を庇って鬼狩を負傷したんだ。

 なのに俺は、なにもできない。

 こうやって弱っていく蓮を見ていることしか……。


「あ」


 蓮が枕元に置いてあった携帯電話を手に取る。ピロリロン。と着信音が鳴ってる。なんだ? メールか?


「……はぁ~……やっと来てくれたよー」

「え? 誰が?」

「鬼のお医者さんだよー」


 鬼の医者?


「え? そんなのいるのか?」

「それはそうだよー。鬼だって病気になるし、怪我もするからねー」


 鬼の医者ってことは、地獄から来たってことだよな。

 蓮は携帯電話を操作して、誰かに電話をした。例の医者か? じゃあメールの相手も医者だったってことか。

 鬼の医者ってことは、蓮を治せるってことだよな? よかった……マジでこのまま、蓮が死んじまうんじゃないかって思ってた。


「紅葉ちゃん? 私の部屋わかるかな?」


 ……ちゃん? ずいぶん親しげだな。


「匂いでわかる? 相変わらずだねー。紅葉ちゃんは」


 匂いでわかるってなに? こえぇよなんか。

 俺が頭に?を浮かべてると、部屋の外でドドドドド! と、無駄にでかい足音が聞こえた。足外は部屋の前で停止、したかと思うと……扉をバン! と開けて、弾丸のように中に入ってきたのは、


「お姉さまぁ! お待たせ致しましたぁ! 愛しいお姉さまのために、この紅葉! 現世界に参上しましたよぉ!」


 女の子だった。

 入ってきた勢いのまま、女の子は蓮に向かってダイブ。って、ちょっとまて!


「コラァ!?」

「きゃあ!?」


 女の子をリフレックマ(癒し系ゆるキャラぬいぐるみ。サイズ直径80センチ)で受け止める。バインとぬいぐるみの弾力で跳ね返った女の子は尻餅をついた。


「なにするのよ!?」

「弱ってる奴に飛びつこうとしてんじゃねぇよ! 危ねぇだろうが!」

「……」


 女の子は俺を、まるで敵でも相手にしてるかのように、めっちゃギラギラした赤い目で見てくる。初対面でなんでこんな目で見られてんの? つーか、誰だよこの子。赤い髪で蓮と同じツインテール……じゃないな。長さが肩より上だから、ピッグテール? だっけ? 白いシャツに胸元に赤いリボン。白いラインの入った赤いスカート。中学校の制服みたいな格好だな。夏休みだからって浮かれて部屋を間違えたのか?


「部屋を間違えるな。さっさとお母さんのところに帰れ」

「子供扱いするな! 私は十三歳よ! 立派なレディよ!」

「……いや、十三歳は子供だろ」


 背伸びしてんじゃねぇよ。なにがレディだ。十三歳は立派な子供だ。


「大体あんた誰よ!?」

「人に名前を聞く前に、まず自分からって教わらなかったか?」

「あんたなんかに名乗る名前はないわよ!」


 だから初対面だろうが。初対面であんたなんか、とか言われる筋合いないんだけど。


「紅葉ちゃん。その人は私の仕事を手伝ってくれてる人だよー」


 興奮してる女の子を宥めるように、蓮が説明する。

 ……って、え? 紅葉って、さっき電話してた相手? ってことは……。


「……え? お前が鬼の医者?」

「そうよ。なにか文句ある?」


 子供が医者って。大丈夫なのかよ。医者ってかなりの経験と知識がいる仕事じゃないの? こんな経験全くなさそうな子供で務まるの?


「あんた今、見た目で私のこと馬鹿にしたわよね?」

「うん」

「素直に頷くなぁ!」


 だって普通に馬鹿にしたもん。


「あ~~~もう! 私を子供扱いしてると……」


 紅葉は肩にかけていたショルダーバッグを投げ捨てて、右手を前へと突き出す。手のひらからバチバチと光りながら具現化されたのは、大きな黒い鎌。


「殺るわよ!」


 待てコラ。初対面の相手に殺るとか言うんじゃない。

 これもしかして、鬼狩? こいつも鬼なのか? 鬼が鬼の医者? なんだそりゃ。


「ま、待て……部屋の中で暴れるのはよくない。それに今、俺はただの人間と同じだ」

「あ? 今もなにも、あんたなんて常にただの人間以下のゴミクズでしょ」


 ひでぇ言い方。

 黒い鎌を俺に突きつけてくる紅葉。あれ? こいつ……殺気がマジだぞ。マジで俺のこと殺ろうとしてね?


「紅葉ちゃん。その人はねー、私と相性バッチリの濃い魂を持ってる人だよ。鬼人化して、私の仕事を手伝ってくれてるの」

「……このふぬけ顔がですか? 邪鬼と戦えるなんて到底思えませんけど」


 ふぬけ顔で悪かったな。


「……え? お姉さまと相性バッチリで鬼人化したってことは……ちょっと待ってください。このゴミクズが鬼人化するためには……」

「うん。私がチューするの」


 紅葉の顔が、修羅という名の仮面へと変わった。

 あ、俺……殺られるわ。マジで。


「殺すぅぅぅ! お姉さまの唇を無理やり奪った社会の底辺ゴミクズは私が始末するわぁぁぁぁ!」

「ぎゃあぁぁぁぁ!?」


 黒い鎌を振り回すんじゃねぇよ! ここ室内! 騒いだらご近所迷惑!

 ていうか、社会の底辺はさすがに酷くね? それに、無理やり奪ってないから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ