4話「鬼の特訓」
「さぁーて。やるか」
軽く準備運動。
それにしても、この黒い皮膚。やっぱり体に吸いつく感じでピッタリフィットだな。筋肉マッチョがワンサイズ下のTシャツ着てるときの感覚っぽい。
「その姿。黒い鎧って感じだねー」
「俺は皮膚だと思ってる」
「皮膚かー。体の一部って感じでいいかもね!」
見た目は確かに鎧っぽいけど、皮膚って言ったほうが俺はしっくりとくる。蓮の言うとおり、体の一部って感じだ。
蓮から鬼の力をもらったときからこの姿だったけど、これが鬼人化のスタイルなのか?
「これが鬼人化の証みたいな格好か?」
「んー。どうなんだろうねー」
知らないんかい。
「そもそも姿が変化するって珍しいかもしれないねー」
「そうなのか?」
「大体は生前の姿そのままに、鬼狩を具現化するだけだと思うよー。肉体が復活したときには、もう鬼狩を持ってるはずだしねー」
なんだそれ。俺は肉体が復活したときからこの格好で、逆に鬼狩は持ってなかったぞ。
……俺ってもしかして変人なのか?
「君って変わり者なんだねー」
「おい。他人に言われるとなんか納得いかねぇぞ」
「他『人』じゃなくて鬼だよー?」
「屁理屈言わない!」
そんな可愛い顔で言っても駄目だ!
「まぁ君の魂、さっきも言ったけどすごく濃かったからねー。魂の濃さ、イコール、発動できる鬼の力の強さだから。君は特別なのかもね!」
「魂が濃い、か。そういえばさっきもそんなこと言ってたな。魂の濃さで力が変わるって。でもなんで魂が濃いと鬼の力を持てるんだ? そもそも魂が濃いってどういうことなの?」
魂が濃いって言い方が、いまいちピンと来ない。
別に俺、生きてるとき周りから浮いてる部分なんて一つもなかったし。魂が濃くなる理由が全く見当たらないんだけど。
「魂の濃さって地獄の単位で決めてるからねー。あんまり説明できないんだけど……簡単に言えば、鬼の力に適合できるかどうかの数値って感じかな?」
「……適合率的な?」
「そうそう! そんな感じ! 鬼の力をあげる鬼との適合率だね!」
適合率がイコール濃さってことなのか? 俺はその適合率が高かったってことか。
「私との相性が相当良かったんだねー」
「……蓮は俺の魂を見た瞬間にわかったのか?」
「鬼は自分の力との相性が一目でわかるからねー。自分の力と適合率が高い魂を、濃いって言うの」
俺のイメージしてたのと少し違うな。濃いって言い方してたから、俺の魂自体の強さとかそっち方向で考えてた。つまり、生前の俺はあんまり関係ないってことか。
「鬼人化後はちょっとやそっとの邪鬼の攻撃ならびくともしないよ! 邪鬼以外のダメージなら、たぶん、高層ビルの上から落ちても死なないと思うよ。たぶん」
「たぶんはやめろ。二回もたぶんって言うな。ていうかそんな状況にならないように努力する」
確かに、さっき邪鬼の攻撃を受けても大したダメージにならなかったな。人間のときは一撃で骨と内蔵が壊れちまったのに。人間の体ってのは本当にモロいもんだ。世界の支配者みたいに君臨してるけど、実は一番弱い生き物だよなぁ。
まぁ言うなら超人みたいなもんか。鬼ってのは。
「ていうことは、生粋の鬼は素でこういう能力だってことだよな?」
「そだねー。私もたぶん、高層ビルから落ちても死なないと思うよー」
「それはもういいから」
あ、ていうか話し込んでる場合じゃない。時間がもったいねぇ。蓮が言うには、今俺が鬼人化してられるのは十分程度らしいからな。早く練習を始めよう。
「せぇ~~~の!」
身体能力の練習をするならやっぱりこれだろう。ドラ○ンボールの悟○が自分のジャンプ力に驚いたときみたいに。おもいっきり高く飛ぶ!
「――!? ……」
足を踏み込んで跳躍しようとしたら、足元の草地が抉れた。小さな隕石でも落ちてきたかのように、小さな穴が空いてしまった。
「力の入れすぎだね~」
「……でも力を入れないと飛べないだろ?」
力を入れすぎて、さっきはいろいろ失敗した。
それを踏まえてやってみても……やっぱり力が入っちまう。
そもそも、力を入れずになにかをするってイメージが、俺にはないんだ。
跳躍しようとすれば足に力を入れるし、速く走ろうとすれば足を速く動かさなきゃいけない。それは当たり前で、普通なんだって頭が考えちまうんだ。
「ん~~……たぶん、鬼と人間の動きの感覚を同じに考えないほうがいいと思うよ?」
「どういうこと?」
「人間の体と鬼の体は身体能力が全然違うからね~。同じ感覚で動いちゃうと、どうしても力が強すぎちゃうんだよ」
なんとなくわかるけど。口で言うより難しいぞそれ。なにせ、人間として二十年生きてきたんだからなぁ。
「例えば~人間で考えると、その場でぴょんと小さく飛ぶ感覚」
「……?」
「行列の後ろで前のほうを見ようとしてぴょんぴょん飛ぶことがあるでしょ? あんな感じ」
例えが小さいな。わかりやすいけど。
「そんな小さい飛び方?」
「うん。そのぐらいの感覚で飛んでみたほうがいいと思うよー」
ようするにものすごく力を抜けってことなんだろうけど。
うーん。さっきまでの俺は「飛ぶ」イコール「おもいっきり」だったからな。根本的な考え方を変えないと駄目ってことか。
小さくぴょん……小さくぴょん……小さくぴょん……。
「……うおぅ!」
成功した。
草地を抉ることなく、俺は数メートル飛んだ。本当に、小さくぴょんって感じで飛んだだけなのに。
……あ?
着地はどうすればいいんだ?
着地のときも普通は足に力を入れちまうからな。たぶん、草地を抉っちまう。へたしたら体ごと埋まるんじゃないか? そんな間抜けな姿は勘弁だ。
「着地はねー。階段を一段ぐらい飛ばして降りる感覚かなー?」
子供のときによくやったあれか。一段飛ばし! とか言って。
「――おっと!」
なんとか成功。ちょっと足跡が残ったけど、このぐらいなら全然OKだ。
「すごい! できたね!」
「……お前、教えるの上手いな。さっきまでふわっとか言ってたのが嘘みたいだ」
「あれは私の感覚だからね~」
鬼と元人間の鬼人じゃ感覚が全然違うってことか。
でもなんとなく掴んだぞ。つまりは、人間のときに軽い気持ちでやってた小さな運動のつもりでやればいいんだ。例えば鬼人化で走るときは、人間で言えばジョギング程度の速さで走る感覚でやればいい。それでうまく力を抑えられる。
「後はやってればだんだんできるようになると思うよー」
「だな。基本がわかればあとは応用だ。仕事と同じだな」
あとはやっぱり慣れるしかないな。
よし。じゃあ後の問題は……。
「鬼狩の生成だな」
「私がチューすれば一発だよ?」
「……それ以外で」
「冗談冗談~」
歳上をからかうんじゃない。
……歳上に見られてないのかもしれんが。
「鬼狩が鬼の力の源なんだよな?」
「そだよー。邪鬼を倒せるのは、同じ鬼の力だけ。そして鬼の力の源は鬼狩。つまりは鬼の力そのものを具現化した武器って感じかな? 私の場合はこれねー」
ふわりと指を一回転させると、蓮の手の平に、さっきの黒い戦槌が現れた。
鬼狩の生成が一瞬すぎて、なんの参考にもならなかった。蓮の言ってたふわって言うのは、ガチで自分の感覚を言ってたんだな。
「私の鬼狩『黒角』だよー」
蓮の鬼狩の戦槌は、インパクト部分と柄の先に角の装飾がある。殴ったら同時に角が刺さって二倍痛いみたいな。自分の身丈よりも長いこの得物を、蓮は軽々と扱ってたな。ていうか……名前あったんだな。見た目まんまだな。黒角って。
「鬼狩が壊されちゃうと、鬼の力をしばらく行使できなくなっちゃうから気をつけてねー」
「生粋の鬼でも?」
「むしろ生粋の鬼のほうが深刻だよ。最悪、命に関わるかもしれないから」
「そうなのか?」
「鬼の力の源。イコール命みたいな物だからねー」
超人的な身体能力を持ってる鬼の、ゆういつの弱点か。高層ビルから落ちても死なないのに、鬼狩が壊されると死ぬかもしれないなんて。不死身の超人なんて都合の良い設定はさすがにないか。
鬼狩かぁ……やけに手に馴染む感覚だったなぁ。持ってるって感覚よりも、腕と一体化してるってほどに、重さを感じなかったし。
「俺の鬼狩ってさっきの刀だよな?」
「たぶんね」
「……たぶん?」
それが君の鬼狩って言ってなかったっけ? あ、いや……最後『かなー』って言ってたか。俺はもう自分の鬼狩は刀だって信じ込んじゃってたんだけど。
「まだ魂に鬼の力が定着してないからね。さっき生成した鬼狩も、私が力をあげて無理やり生成したし。あれが本当に君の鬼狩の形かどうかはまだわからないねー」
「……そういやそんなこと言ってたな。力が定着するのにどのぐらいかかるんだ?」
「個人差があるから一概には言えないかなー? たぶん、一番実感できるのは自分自身だから、すぐにわかると思うよー」
力が定着すれば、もっと鬼の力を扱えるようになるんだよな?
でもいくら定着しても、けっきょく力をもらった鬼からの干渉(蓮で言えばキス)をしてもらわないと鬼人化はできないんだよな。なんか複雑。
「じゃあ逆に言えば、今鬼狩を生成しようとしても難しいってことか?」
「かもしれないね。力が定着してからのほうが、生成しやすいかも」
邪鬼を倒せるのは鬼狩だけ。つまりは鬼狩が生成できないと、俺は邪鬼を倒せないってことだ。いくら体の扱いに慣れても意味がない。
……まさか本当に蓮にキスしてもらって生成するわけにはいかないし。
鬼の力よ。早く定着してくれー。
「せめて生成のやり方がわかればなー」
「私たち鬼にとって、鬼狩の生成はできて当たり前だからねー。やり方って言うのを考えるほどの動作じゃないんだよ。しようと思えばできる。そんな感じかなー?」
確かに、さっき鬼狩を生成したときの蓮を見ると納得。
理屈じゃない。やればできるって感じだった。
まぁ……焦っても逆効果か。
「何のために鬼狩を使うのか」
「ん?」
「私の先輩で、前に鬼人と一緒に仕事してた人がいるんだけどー」
鬼に先輩とかあるのか。どこの職場もそこは同じなんだな。
「先輩が前にそう言ってたんだー」
「なんのために鬼狩を使うのか?」
「そうそう!」
なんだその心理的な言葉は。
余計わからなくなったんだけど。
「鬼人はもともと人間だから。鬼狩が命その物で、扱うのが当たり前の鬼とは違う。鬼の力をなんのために使うのか。なんのために邪鬼を倒すのか。なんのために戦うのか。それを理解しないと、鬼の力を完全には使いこなせないって」
なかなか難しい話をする先輩だな。
鬼と違う……か。
鬼狩は命その物。地獄で仕事をして、邪鬼を倒すのも仕事。鬼の力を使う理由がはっきりしてる鬼とは違って、俺はもともとただの人間。
なんのために……ねぇ。
「……俺が邪鬼と戦うのは蓮の手伝いをして、生き返るためだぞ?」
「あはは! そうだねー。じゃあそれでいいんじゃない?」
いいんかい。
「私のために鬼狩を生成したいって思えば、きっと君の魂が答えてくれるよ!」
「……ずいぶん飛んだな? 蓮の手伝いのため、な」
「例えだよ。例え~」
だからその例えが飛んでるって言いたいんだよ。
……おおまかには間違ってないかもしれないけど。蓮の手伝いのため。蓮のため。それがイコールでも。
なんか蓮のためとか考えると恥ずかしいけど。
「ふあぁ~~眠いね」
「あーそういやもう日付変わってるだろうな」
まだ鬼人化の時間切れにはなってないけど、蓮は眠そうに目を擦ってる。そろそろ切り上げて戻るか。俺も今日はいろいろあって疲れてるし。
「これって自分で戻るときはどうするんだ?」
「私のチュー」
「……さすがに嘘だよな?」
「あははー」
笑ってるよ。
「……どうやるんだろうね?」
「知らないのかよ!?」
「私だって説明書で読んだだけだもんー。鬼人化のことは」
説明書!? 鬼人化ってそんなゲームの説明書みたいなのがあんの!?
じゃあ今までの蓮の鬼人化についての知識は説明書に習ってって感じなのかよ!
ん? じゃあちょっと待てよ……。
「……鬼がチューしないと鬼人化できないのは説明書通りなのか?」
「あー……鬼人化させる方法は鬼によって違うみたいだよ? さっき話した先輩は、ビンタすると鬼人化って方法だったし」
「なんでよりによってお前はチューなんだよ!?」
一番恥ずかしいやり方じゃねぇかよ!?
いや、ビンタされて鬼人化ってのも嫌だけど。
「そんなこと言ってもー……生まれた持った能力だから仕方ないよー」
「そんな格好良い特殊能力みたいな言い方するな」
うぐぐ……でもそれはもう我慢するしかない。どうにもならないことだ。
いや、でも俺が我慢するって言うか……。
「……お前は嫌じゃないのか?」
「なにが?」
「……俺とチューするの」
言ってて自分で恥ずかしいわ。くっそ。顔が赤くなる。
「んー……」
考え込む蓮。
あんまり考え込まれると、すっげぇ不安なんだけど。これで嫌だとか言われたら、俺はこれからどうすればいいんだ? 嫌だって思われてるのわかってて、毎回キスしてもらわないといけないの? 心へのダメージが深刻になるぞ。
蓮はぽくぽくと頭を数回叩いて、意見をまとめたのか口を開く。
「私のファーストキスの人だから気にならないよー」
そしてとんでもないカミングアウト。
「……は?」
「だからー。君は私のファーストキスの人だから嫌じゃないよー」
いや。もう嫌とかそこらへんはどうでもいい。
「……ファーストキス?」
「うん」
「……俺が?」
「うん。だって私、今まで人の魂を鬼人化させたことないし。君が初めてだよー」
俺の心に会心の一撃。
は……初めての人? 俺が……?
いろいろ想像しちまう台詞。そんな台詞をそんな無邪気な顔で……。
鬼の力を初めてもらったとき。あのキスが……ファーストキスだったのかよ。(俺もだけど)だとしたら、軽くやりすぎだろ! 女の子がファーストキスをそんな簡単に捧げるんじゃない!
「……? どうしたのー?」
「……か、帰るか……鬼人化はそのうち解除されるだろ……」
頭が沸騰する。だ、駄目だ……今日はさっさと寝て頭を休めないと……。
俺……こんなんで蓮と一緒に生活できるのかよ……。