表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

1話「鬼を名乗る少女」

「はぁ……」


 くそ……ため息しかでねぇ。

 また残業させやがって。あの会社は社員を道具か機械だと思ってるだろ? 人として扱ってないだろ? 残業代もらっても割に合わん。体が壊れる。つーかもう会社潰れろ。

 社会人二年目の夏。俺、高坂浩之は……会社に入ってからずっとこんな愚痴ばっかりだ。もう愚痴しか言えないんだよ。会社の待遇が。

 現場の意見を全く聞かないで、無茶ばっかり言ってくる事務所の連中。こっちが少し不満を言うと「文句ばっかり言いやがって」とか言ってきて話にならん。現場内も勝手に改造するしな。こっちの意見を聞かずに。んでもって、それは大概失敗して不便になって無駄な金がかかっただけになる。馬鹿なのか? 事務所は。

 ついでに最近会社のトップが変わって、そいつが頭の固い奴でもう本当に……無駄なルールばっかり作りやがる。残業の他に全く意味のないミーティングを仕事の後に一時間以上やらされるんだぞ? これで意味のあるミーティングならいいけど、全然意味のねぇミーティング。無理やりネタ作ってやってんだ。やることなくても時間までやらなきゃいけないから無駄な雑談してんだ。マジ帰らせろ。社員のコミュニケーションとかなんとか言ってるけど、んなもん仕事の中で充分取ってるから。取ろうとしてないのはお前ら事務所の人間だろ。おまけに最近は赤字が多いとか言って人件費とかいろいろ削ってるくせに、ボーリング大会とかバーベキュー大会とか、会社の上司で飲み会とか、なめてんのか? そこを削れよ。

 それから何百万もする無駄な機械を買ってるんじゃねぇよ。買ってから使えないとか言ってるんじゃねぇよ。

 おまけにボーナスカットの話もあったらしいしな。さすがにそれをやると社員のやる気が……って止めたらしいけど。

 あと男と女の扱いが違いすぎるぞちくしょうが。女の意見は簡単に通るくせに、男の意見は全く通らない。どんなに全うな理由があっても、悪者にされるのは男のほうだ。

 とまぁ……まだ二年目の俺でさえこれだけ不満が出てくる会社なんだ。正直、入ったときから段々悪くなってる。

 そんないつ辞めてもいいだろうって状況で……俺が会社を辞められない理由。

 親父がリストラされた。

 母さんが癌になって仕事ができない。

 兄貴がニート。

 ……これだけで大体わかってもらえるだろう。

 ちなみに、兄貴にいたっては高校にすら行ってない。つまり、中学上がってからバイトも全くせずにニート生活をずっと続けてる。ぶっちゃけ最近はもうほとんど必要最低限以外は喋ってない。昔はもうちょっと仲が良かった気がするけどな。

 親父は去年の十月に会社をリストラされた。今は失業保険をもらってるだけだ。

そして同時期に母さんが癌になり、仕事ができなくなった。幸いにも末期まではいかない、ちょっとだけ進行した癌だったから、手術をして抗癌剤治療をして、現在病院に通いながら療養中。まだまだ仕事復帰は難しい。

 母さんは仕方ない。でも他の二人はなんなの?

 兄貴はなぜ何年も仕事を探さない? 親父もそろそろ一年になるってのに、失業保険をもらうために形だけ職安に行ってるだけで全く仕事を探さない。そしてずっと酒飲んでやがる。失業保険だってずっともらえるわけじゃねぇし、もらえる金額だって少ない。とてもやっていけるわけがないんだ。

 それがやっていけてる理由が……俺が汗水流して稼いだ金だ。

 ほとんど家の生活費。

 俺が自由に使える金なんて全くない。

 母さんの治療代だって俺がほとんど出したんだ。親父が会社からもらった退職金は、いつの間にか勝手に使っちまってたし。何に使いやがったんだよ。

 おまけに親父にはそれなりの借金がある。その返済だって俺がやってんだ。

 親父の失業保険なんか、家のローンで七割飛ぶからな? 借金と親父が滞納してた税金の支払いが月に数十万あるんだぞ? 足りるわけねぇだろ。

 ぶっちゃけ、俺が中学に上がる前ぐらいから親父はいつの間にか借金を作り、家計は一気に苦しくなった。なんのために借金を作ったのか、俺は知らんけど。母さんが言うには「なにかに必要だったからだと思うけど」って言ってるけど、今の俺が言わせてもらえば、絶対にない。借金がなければ余裕の生活なんだ。得に特別な何かがあったわけでもない。借金を作る理由がないんだ。どうせなにか馬鹿やったんだろ。

 そのせいで俺はその頃からバイトで忙しかった。そして稼いだ金は全部家に入れた。学生なのに。なんでこんなに苦労してんだってくらい。ちなみにその状況でも兄貴はニート状態。仕事を探そうともしない。

 そして高校卒業後、俺が働き始めてから、少しずつ借金が減り始めて、やっと余裕ができてきたと思ったら……前に言った出来事でまた苦しくなった。

 この状況で、なんで働いてるのが俺だけなんだ? 普通におかしいだろ。

 俺は次男だから、別に家を出てもよかったんだけど……そうもいかない。

 母さんを放っておけないからだ。正直、親父と兄貴はどうでもいい。

 母さんは金使いの荒い親父のせいでずっと苦労してきた。それで今度は自分が癌だ。

 俺がいなくなったら、絶対にやばい。俺が今家にいる理由はそれだけだ。

 そして会社を簡単に辞められない理由も……。

 まぁそのストレスで、俺も最近、胃潰瘍と急性胃腸炎で倒れかけたことがあるけどな。ストレスって恐ろしいな。はは。

 俺はどうも、自分より他人のことを考えちまう性格らしい。母さんに、まず自分のことを考えなさいって言われるけど、直らないんだよなぁ。まぁ他人のことを考えるって言っても、親父と兄貴は別だけど。いつ見捨ててもいい。マジで。


「……今日も帰って飯食って風呂入って寝るだけか」


 もう九時か。駅前はだんだん人が減り始めてる。今朝の通勤ラッシュが嘘のようだ。

暑いからなんかさっぱりした物でも食おう。俺はスーパーを求めて商店街を歩いた。


『えー……次のニュースです。最近、日本の各地で起こってる怪奇現象ですが、目撃者の証言によると……得体の知れない生物を見たとのことで……警察が調べを進めていると――』


 ふと、駅前にあるモニターで流れるニュースが目に入る。

 怪奇現象……あぁ、木とか地面とか建物が破壊されてるあれか。あと周辺で惨殺死体と、廃人になった人が何人も見つかってるとか言ってたな。

 怪奇現象なんて呼ばれてるのは、破壊にしろ、惨殺にしろ、人間ができるようなことじゃないからだ。

 木は縦に真っ二つにされてたり、地面は地割れでもあったみたいに割れてて、建物は半壊してるようなのがほとんど、そして全身をねじ切られるような感じで死んでる惨殺死体。

 廃人になってる人にいたっては、全く原因不明らしいし。まるで魂が抜けちまったみたいに、なにを言っても反応がないらしい。最低限、生命維持の行動をしているだけ。


「物騒だねぇ……」


 まぁ、俺には関係ねぇか。そんなことより考えなきゃいけないことが山ほどあるし。


「……つーか閉まってるし」


 スーパーはどこも閉まってた。

 そりゃそうか。夜の九時を回れば、やってるスーパーのほうが少ない。残業のせいでこんな時間になっちまったからなぁ。

 美容院に行く金も無くて、ボサボサととんがり放題の黒髪をガリガリと掻きながら考える。祖父譲りらしい、茶色の目で商店街を見渡す。やっぱりどの店もやってない。

 ……もう家の近くのコンビニでいいや。ちょっと値段が高いけど。

 商店街を後にして、さっさと家の方角へと歩く。疲れてるのに、無駄に歩いちまった。やっぱ車通勤にしようかなー。でも車買えねぇしな。

 静まり返った住宅街。この先にいつも行くコンビニがある。そこで冷やし中華でも買って……。


「ん?」


 立ち止まる。

 なんか声がしたんだ。公園か?

 住宅街の外れに、周りを森に囲まれた大きな公園があるんだ。そこから……悲鳴みたいな声が聞こえた。


「……」


 ほっときゃいいのに。

 駄目だ。気になる。

 俺の足は公園へと向いた。



★☆★☆★☆



 公園には外灯があるからけっこう明るい。入口から入って、中央にある広場まで行っても……誰もいない。

 まぁこんな時間にいるのはホームレスか、二人きりになりたいカップルかだからな。さっきの悲鳴はどうせ、カップルがホームレスを見て悲鳴でもあげたんだろう。


「……まぁいっか。帰ろ」


 戻ろうとして振り返った俺の目の前に、小さな影が三つ飛び出してきた。危なくぶつかりそうになる。


「「「わぁっ!?」」」

「うおっ!?」


 お互いに驚いて声をあげる。俺の目の前で尻餅を付いたのは……子供だった。小学生高学年ぐらいか? つーかこんな時間になにやってんだ? いくら夏休みだからって。親が心配する時間だぞ。


「おいコラお前ら……もう夜の九時回ってるんだぞ? 子供はさっさと帰って寝ないと――」

「た、助けてください!」

「……は?」


 立ち上がった小学生たちは、俺の背中に隠れた。こいつら……すごく怯えてるな。体が震えてる。

 助けるって……なにから? 野犬でも出たのか? なら俺じゃなくて保健所にでも連絡しろ。って……子供には無理な話か。それともホームレスに絡まれたのか?


「おいおい。俺は一般的な社会人のお兄さんだぞ? んでもって、子供に構ってるほど余裕がない。心身共に疲れきってる。なんか問題があるなら警察に――」


 言葉の途中で突然、俺の体を大きな影が包んだ。それと同時に、体がビリビリと震える感覚。全身が危険信号を出している。その場から逃げろ、と。

 逃げろ? なにから?

 恐る恐る。上を見上げて影の主を見た。

 そいつは……そこにいた。


「……」


 一言で言うと……化け物だ。

 人と言うにはあまりにもかけ離れた姿。全身は白く、どこか鉄のように重厚感のある肌。顔にあるのは大きな赤く丸い一つ目だけ。そして頭に小さな角が二つある。普通の人間の四倍はあるかっていうぐらいでかい体。口には獣のような鋭い牙。よだれを垂らしながら、俺達を見下ろしていた。

もちろん、こんな生物はこの世に存在しない。

 この世の物とは思えない。


「……おいお前ら。こいつはなんだ?」

「お、俺たち……虫を捕まえるための罠を作ってて……そしたらこいつがいきなり……」


 化物の後方。その化け物が通ってきたであろう、森の中を見て、俺は目を見開いた。

 木が真っ二つに切られ、地面が地割れのように割れていた。天変地異でも起きたかの光景。どこかで聞いたことのある光景だ。

 そうだ。あのニュースだ。怪奇現象とか言われてるあのニュース。

 こいつ……まさかニュースで言ってた化け物?

 うっそーん。まじで? なんでよりによってこんな近所で出くわすわけ? まじ有り得ないんですけどー。夢? これ夢かな? 夢であってくれ。

 なんて現実逃避してる場合じゃない。

 化け物の一つ目が俺たちを見据えた。でかい足が、地面にめり込む。完全に臨戦態勢。

 やばい。直感でそう思った。


「走れ!? お前ら!」


 入口まで逃げ切れるか? いや、逃げ切れたとしても、こいつがそこで諦めるとは考えにくい。くそ! 警察までなんとか行かないと!


「うわぁぁぁっ!?」


 小学生たちが一斉に走り出した。つっても小学生の足だ。限界がある。俺はその後ろを走りながら、化け物を振り返った。


「くっそ!? はえぇ!」


 あんな巨体なのに、めちゃくちゃ速いじゃねぇかこの野郎! 重さと速さが反比例してねぇぞ!

 このままじゃ俺の足でも追いつかれそうだ。これでも学生時代の運動神経は自信あったんだぞ。だったら、小学生が逃げ切れるわけねぇ。


「お前ら! そのまま入口まで走れよ!」

「あっ!」


 化け物の注意をこっちに引き、俺は別の道に走った。化け物はでかい目をギョロリと向けて俺のほうに向かってくる。作戦成功。でもやべぇ。本気で怖い。ちびりそう。


「……またやっちまったよ。俺」


 自分より他人のことを考えちまう。

 それで自分が命の危機に陥ってたら苦労はねぇっての。

 とにかく、全力であいつらから引き離してから、俺も逃げて警察に……。


「あ、ていうか携帯があんじゃん!」


 そうだよ。携帯で警察に連絡すりゃいいんだ! テンパりすぎて簡単なことを忘れてた! 現代社会万歳! 携帯電話万歳!

 携帯を取り出して警察に連絡しようとすると……突然、俺の背後で聞こえてた足音が止んだ。


「あれ?」


 化け物の姿がない。あるのはなぎ倒された木と砕かれた地面だけだ。あの巨体がどこに消えたってんだ?

 まさか……さっきのガキたちのほうに?

 しまった! と、俺が戻ろうとした時だった。


「え?」


 視界が突然反転した。

 いや、俺の体が吹っ飛んだんだ。あまりにも突然のことに、痛みもなく、宙をクルクルと飛ぶ。

 なんとか視線を動かすと、俺がいた場所の背後には、でかい腕を振り抜いてるさっきの化け物がいた。

 あぁ……先回りしてやがったのか。全然気が付かなかった。俺はあの化け物に殴られて吹っ飛んでんだ。一瞬の油断が命取りってのはこのことだな。


「――!?」


 木におもいっきり叩きつけられて、俺は初めて痛みを感じた。その激しい痛みの後で、全身が次々と痛み出す。

 これ、骨が何本も折れたっぽい。それどころか内臓もたぶん逝ってるな……。

 やべぇ。死ぬ――。


「……」


 霞んでいく目に映るのは、俺に興味を無くして去って行く化け物。

 さっきのガキたちを襲いに行く気か……。

 逃げ切れよ? 俺が命をかけてまで逃がしたんだからな……。


 そこで俺の意識は消えた――。



★☆★☆★☆



「……ん?」


 気が付くと俺は、上下左右、全部が真っ白な場所にいた。部屋……? じゃないな。ただの白い空間って感じだ。自分が今、普通に立ってるのか、それとも逆さになってるのかもわからない。重力の感覚がないんだ。宇宙空間みたいだ。宇宙空間がどんな感じが知らんけどさ。

 もしかして天国か? ここ。

 だとしたら。あぁ……やっぱり俺死んだのか。

 死ぬってけっこう突然来るもんだな。まだまだやり残したことが……。

 ……別にねぇか。どうせあのままじゃ俺、ずっと働きづめだったし。このまま死んじまってもいいかな?


「……」


 一つだけ……母さんのことだけが心配だけど。

 俺がいなくて大丈夫かな? いや、大丈夫じゃないと思うけど。

 でも、死んじまったらなにもできない。人間、死んだらそこで終わりなんだ。くっそ。保険入っとけばよかった。そうすれば俺が死ぬことで母さんに金が……。

 母さん……こんな親不孝な俺を許してくれ。

 そして親父と兄貴。てめぇら働け。母さんを泣かせたら化けて出るからな。

 ……なんか疲れちまった。

 寝よ。


「おーい。起きて起きて」


 誰だよ。人がせっかく寝ようとしてるときに……。


「……って、は?」


 目を開けた俺の目の前にいたのは……。


「やっほー。こんにちはー」


 少女だった。

 桜色のツインテールに、小花みたいな紫色の目。神社にいる巫女みたいな白装束を着てる。幼さが残ってる顔を見ると……見た目十四~十五歳ぐらいか? ていうか可愛いな。この子。俺別にロリコンじゃないけど。十四~十五歳ならギリギリありだろ。

 ……なんて馬鹿なこと考えてる場合じゃない。こんな場所にいるんだ。この子はただの人間ってわけじゃないだろう。


「……あんた誰だ?」

「私? 鬼だよ」

「……もう一回言ってくれる?」

「私? 鬼だよ」


 綺麗に言い直すな。


「嘘つけ。鬼はこんなに可愛くねぇぞ」

「可愛い? 私が? もう、照れるよ~」

「……いや、照れられても困るけど。つーか鬼って角生やしてパンツ一丁の奴だろ? 全然違うじゃん」


 この子はどう見ても人間だ。角なんてないし。パンツ一丁でもない。いや、女の子がパンツ一丁だったら逆に奇抜だけど。


「それは人間が勝手に作った容姿でしょ? 本当の鬼はねぇ、人間と同じ姿なんだから」


 まぁ確かに、鬼なんて空想上の生物だから、一般的な姿なんて当てにならないのは確かだ。


「……百歩譲ってあんたが鬼だとして、鬼がなんで天国にいるんだ?」

「天国? あはは! ここが? 違うよー。ここは私が創った魂の疑似空間。魂だけが存在できる空間だよ。大体ねー、天国なんて存在しないよ? 人間が死んだらみんな地獄に行くんだから」

「え? そうなの?」


 それはびっくりだな。天国に行けることを信じて死んでいった奴は絶望しただろうな。散々天国がどうとか言われてるのはなんなんだよ。まぁ天国なんてないって、死んだ奴がそれを生きてる奴に伝える術なんてないわけなんだが。

 ん? てことは……。


「俺も地獄に行くの?」

「まぁ、普通はね」

「……なんか俺は普通じゃないって言い方だな? 俺、死んだんだよな?」

「うん。死んだよ」

「じゃあなんで地獄に行かないんだよ?」

「正確に言うと、地獄に向かおうとした君の魂を私がとっ捕まえてこの空間に閉じ込めたの」

「勝手に捕まえるな」


 そもそもそんな簡単に捕まえられるのかよ。虫じゃねぇんだから。


「私たち鬼はね。地獄で閻魔大王様に仕える存在なんだ! 主に、死んだ人間の魂を地獄に誘って、閻魔大王様の元へ導くのが仕事。人間の魂は生前の行いを元に、そこで判決を受けるの」

「……ほう。そんな仕事をしてる奴が勝手に魂をとっ捕まえていいのかよ?」


 この子が鬼であることはツッコまないことにしよう。死後の世界のことなら、なにがあってもおかしくないし。


「ちょっとね、特別な理由があって」

「理由?」

「君の魂、相当濃いんだよね~」

「……魂が濃い?」


 意味がわからん。魂が濃いってどういうことだ? 濃いとなんなんだよ?


「魂が濃い人間はね、利用価値があるの!」

「利用価値とか本人の前で言わないでくれる?」

「さっき君が襲われた化け物はね『邪鬼』って言って、人間の魂を食べる存在なんだ」


 俺の話を少しは聞け。マイペースな子だな。

 邪……鬼? 鬼? さっきの化物って……おいおいちょっと待てって。


「……あいつも鬼なのか?」


 だとしたら、あまりにもこの子と姿違いすぎるだろ。さっき、鬼も人間と同じ姿だって言ってたじゃねぇか。確かあいつは小さいけど角あったし。あいつが鬼だってんならすっげぇ納得できるけどさ。


「そう。でも、私たちとは全然違うよ? 邪鬼は閻魔大王様に仕えてるわけじゃないから。地獄で生まれる異形の鬼。邪鬼は地獄に誘われてきた人間の魂を食べちゃうの。邪鬼から人間の魂を守るのも私たちの仕事なんだよ!」

「……ちょっと待て」


 だったらいろいろとおかしい。地獄で人間の魂を食べちまう存在だってんなら。


「なんでそんな奴らが俺たちの世界にいたんだよ?」

「たまーにね。三途の川を勝手に渡って現世界に出ちゃう邪鬼がいるの」

「出ちゃうって……そんな簡単にあんなのがこっちに出て来たらたまんねーんだけど」


 俺、そのせいで死んだんだぞ?

 ていうか、ニュースでやってたのもその邪鬼って奴のことだよな? だとしたら閻魔大王。もうちょっとしっかりしろよ。どうなってんだ地獄の管理は。


「大体なんでこっちの……現世界? 現世界に出てくるんだよ?」


 人間の魂を食べるなら、地獄にいれば済むだろうに。


「生きてる人間の魂は、死んだ人間とは比べものにならないぐらい美味らしいからね~」

「食い物みてぇに言うな……ん? もしかして……」


 ニュースで言ってた惨殺死体と廃人になった奴ら。

 惨殺死体はたぶん、俺みたいに殺された奴らだろうけど、廃人ってのはまさか……。


「魂食われるとどうなるんだ?」

「肉体は抜け殻だねー。死んでるのと同じだよ。食べた邪鬼を倒せば、魂は元に戻るけどね」


 やっぱり、廃人ってのは魂を食われた奴のことか。抜け殻みたいに、最低限の生命維持だけをする。ニュースでそう言ってたからな。

 でも……なんで俺は魂を食われなかったんだ?


「……俺が魂を食われないで殺されたのは何でだ?」

「んー、まぁ邪鬼って食べる以外に破壊行動もあるから珍しくないけど、君の場合はたぶん、魂が濃いからかな? 濃すぎる魂は、地獄の者である邪鬼には毒なの」


 また出た。魂が濃い。

 魂が濃いってなんなんだよ? そういやこいつ、俺の魂が濃いからとっ捕まえたって言ってたな。虫みたいに言われたのがまだ納得いかねぇけど。


「単刀直入に聞こう。俺をどうする気だ?」

「もう一回生きたくない?」

「……生きれるのか?」

「正確には、私の手伝いをしてくれれば……元の生活に戻してあげるんだけどね」

「……説明を頼む」


 手伝いって、死んだ俺にどんな手伝いができるってんだ。今なんて、魂だけだってのに。


「魂が濃い人間はね、私たち鬼の力を扱うことができるの! つまり、私が君に鬼の力を与える。そうすることで、君はもう一度生きる肉体を手にできる。それで私と一緒に……邪鬼を倒してほしいな♪」


 なんで最後だけ可愛く言ったの? 可愛いけど。

 あの化け物を倒す手伝い? 俺が? ただの一般社会人の俺が?


「……そもそも俺、別にこのまま死んでもいいかなって思ってたんだけど」

「えー? まだ若いのに?」

「お前のが若いだろ(見た目)」

「私は十九歳だよ?」

「……意外と俺に近かったんだな」


 見た目は小さいのに。そもそも鬼も人間と同じ年齢感覚なのか? なんか何百年も生きてそうなイメージだけど。まぁそれも人間の勝手なイメージだけどさ。


「未練とかないの?」

「……」


 あるっちゃあるけど。親不孝してるわけだし。

 でもどうせ生き返っても苦労するだけだしな。素直に生き返りたいとは言えない。


「まぁまぁ! どうせ一回死んでるんだからさ! やるだけやってみてよ!」

「おいコラ。なんか軽いノリだな?」

「嫌だったら後で断ってもいいからさー」

「……わかったよ」


 死ぬ前の遊びだと思ってやるだけやってもいいけど。このまま死ぬと虚しいってのも事実だし。俺の人生なんだったんだ? って感じで。


「それで? どうすんだ? むしろ俺はどうすればいい?」

「今から私が鬼の力を渡すから。そうすると君の肉体が、死んだ場所で復活する。そしたら……さっきの邪鬼をぶっ飛ばせ~って感じで」

「最後適当だな!」

「じゃあ行くよ~」


 相変わらずマイペースだな。

 まぁいいや。なるようになれ。一回死んでるんだ。怖い物なんてない。

 鬼の少女はゆっくりと俺に近づいてきた。ちょっと緊張する。

 一体なにをされるのか。まさか痛くないよな? 魂だけで痛みとか感じるのかわからないけど。鬼の力を渡すとか言われると、すっげぇ不安。

 ほぼ密着するほど近づいてきた鬼の少女は、俺の胸に手を置いて、背伸びをして俺の顔を見てくる。

 あの……近いんですけど。普通に照れるんですけど。いくら鬼だからって、見た目は可愛い女の子だし。ていうか何やってんの? あーもう。近くで見るとやっぱりすげぇ可愛いな。人間なら普通にアイドルとかそういうレベルだぞ。

 ……ん? いや、本当に近いよ? 近すぎるよ? 顔。吐息がかかるほどの距離だよ?

 それ以上近くなると――。


「――!?」


 鬼の少女の唇が……俺の唇に触れた。

 柔らかい感触と共に、俺の思考は一時停止。

 …………。

 え? なにやってんのこの子?

 柔らかい……女の子の唇……。

 ……じゃないよ! 俺のファーストキスがぁ!

 いろいろな思考が駆け巡り、呆然としている俺から顔を離した少女は、ニッコリと笑った。


「完了! じゃあ行ってらっしゃい~」


 そして俺の視界が歪んでいった。

 いや、空間が壊れて行った。白い空間が、鏡が割れるみたいに、崩れ落ちていく。

 俺の意識は……またそこで途切れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ