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14話「鬼の名前」

「……」


 俺と紅葉の話を聞いていた蓮。

 聞かれてたのは迂闊だったけど……。

 その話を聞いた上で、結論がそれだって言うのか?

 ……。

 ……。

 よし。


「蓮」

「……なにー?」

「ていっ!」

「いたっ!?」


 蓮の頭にチョップを一撃。もちろん軽くだけど、蓮は大げさに悲鳴をあげた。


「な、なにするの……?」

「馬鹿なこと言うんじゃない」

「……私は本気だよー。だって、そうしないとソラが……」


 わかってる。蓮が俺のことを考えてくれてるのは。

 その気持ちは嬉しいんだ。でも、俺と紅葉の話を聞いてたのに、肝心なところがわかってないな。


「蓮を殺すぐらいなら、俺が死ぬ」

「……」

「蓮を殺してまで、俺は生きたくないんだよ。俺はもう……死んでるんだからな」

「でも! 私……約束したもん。仕事を手伝ってくれたら、元の生活に戻してあげるって……」


 なんだ。そんなこと気にしてたのか。


「蓮は閻魔にそう言われただけだろ? お前が気にすることじゃない。むしろそれだったら、閻魔が死ねよって話になるぞ?」

「でも……でもぉ……」


 蓮が泣きそうになってる。蓮がこんな顔するなんて……そんなに気にしてるのか。

 確かに、俺は蓮に力をもらったことで、間違った存在、普通じゃない鬼人として生まれちまったかもしれない。

 俺が背負っちまった運命。それは重い物かもしれない。

 でもな……。


「……いつだか言ってたよな? なんのために鬼狩を使うのかって話になったとき」

「……え?」

「蓮を守るために鬼狩を使う。あのときは冗談で話してたけど、今は違うぞ」


 正直、俺が背負った物とか、そんなのどうでもいいんだ。

 今、俺はただ……。


「俺は蓮を守りたい。そのためにこの力を使いたい。それで俺が死ぬことになっても……」

「……」

「なのに、蓮が死ぬなんて言ったら、俺はなんのために力を使ってるんだよ? 蓮を守るために力を使ってるのに、その果てに蓮が死ぬなんて言ったら……力を使う理由がなくなっちまう」


 蓮を守りたい。

 蓮を殺さないし、死なせない。


「だから頼む。死ぬなんて言わないでくれ」

「……」


 こういうのは理屈じゃないんだよ。

 蓮が死ぬのは、俺が嫌だ。

 ただそれだけだ。

 俺がそう思ってるだけなんだ。


 俺の顔をじっと見ていた蓮は、


「……えっ!?」


 ぽろぽろと泣き始めた。

 えっ!? ちょっ……俺、なんか酷いこと言った? 俺が泣かせたのか?


「ど、どうしたんだよ……」

「……初めてだったから」

「え?」

「守りたいなんて言われたの……」


 ……ああ、そうか。

 鬼から外れた鬼。

 普通じゃない。周りからそういう目で見られてたんだな。

 普段の蓮からは全く感じ取れないけど……壮絶だったんだろうな。

 周りと違うってことは。


 だからこそ、俺は蓮を守りたい。


 そして俺も……。


「蓮。それと一個勘違いしてるぞ」

「……え?」

「別に俺も黙って死ぬつもりはない」


 このままだと鬼の力に魂を飲み込まれるとしても、俺はこのまま黙っているつもりはない。例え、それが運命だとしても、それに従う義理なんかないんだ。俺は。


「なにか方法があるかもしれないだろ? 俺が消えないで済む方法が。俺は最後まであがく。絶対に諦めない」

「……うん。そうだねー」


 蓮がやっと笑ってくれた。やっぱり、蓮はこうやって緩く笑ってるほうがいいな。

 蓮と一緒に邪鬼と戦って、消えるか消えないか……それは俺次第だ。まだ消えるって決まったわけじゃない。

 蓮を殺してまで、俺は生き残りたくない。

 でも、だからって消えてもいいと思ってるわけじゃない。

 邪鬼に殺されたときは、もうこのまま死んでもいいと思ったけど、今は違う。

 もう少し……蓮と一緒に居たい。そう思ってるんだ。

 生きたいんだ。俺はもっと。


「……守りたいって言うのは、もう一人の私も?」

「ん?」

「邪鬼の……私もってこと?」


 邪鬼の蓮。さっき、俺を助けてくれた蓮のことか。

 やっぱり、気にしてるんだな。さっき、邪鬼の力で戦ったときの自分を。

『怖かったでしょ。ソラに見られたくなかった』

 そう言ってた。

 全く……。


「当たり前だろ」


 俺は全然気にしてないのに。


「……邪鬼なんだよ? 私の半分は」

「邪鬼の前に、蓮は蓮だ。そんなの関係あるか」


 邪鬼だからなんだって言うんだ? 蓮は人を襲ったり、魂を食べたりしないじゃないか。さっきだって、俺を助けるために戦ってくれたんだ。見た目と性格が変わったって、俺の価値観は変わらない。

 鬼から外れてたって、蓮は蓮だ。


「それに……今思うと……」

「……思うとー?」


 蓮が少し不安そうな顔をする。別に、そんな重要なことじゃないんだけどな。

 邪鬼の力を使ってたときの蓮。

 うん……えっとね……。


「白い角。蓮に付いてると可愛かったし」


 ……って、なに言ってんの? 俺。

 いや、確かに思い返してみると、白い角がひょこっと生えた蓮がなんか可愛かったんだよな~みたいに感じてるんだけど。

 それを今、口にするか?

 場の空気ってもんがあるじゃん。ちょっとシリアスってか、真面目な空気だったのに。俺がぶち壊してどうする。KYにもほどがあるぞ。


「……」


 ほら。蓮もきょとんとしてる。たぶん、この人なに言ってるんだろう? みたいな感じに思ってるぞ。ああ……穴があったら入りたい。今この時点では消えたいかもしれん……。


「……ソラ」

「は、はい?」


 蓮の声にビクンとする。お、怒ってる? 真面目な話をしてるときになに言ってんの! 的な感じで……。

 すいません。ごめんなさい。さっき自分の気持ちを吐き出したせいで自分に正直になってたら思わず口から出ちゃったんです。どうかお許しを……。


「可愛かったの? 邪鬼の私……?」

「……え?」


 なんで聞き返すんだ? ていうか、もしかして別に怒ってない?

 いやまぁ……何度でも言うけど。


「……うん。可愛かった」

「……」


 二回目はなんか恥ずかしいな。俺はなに可愛いを連呼してるんだよ。まぁ蓮は連呼してもいいぐらい可愛いけどさ。


 次に出てくる蓮の言葉を待ってたら。


「――!?」


 いきなり、俺に勢いよく抱きついてきた。え? なになに……いきなりどうしたんだ? 蓮の体から香ってくる甘い匂いに心臓バクバクなんだけど。程良い柔らかさの細い体がなんとも言えない気持ち良さ……。

 ……って、なにを考えてるんだ俺は。

 いや、でも考えるでしょ。女の子に抱きつかれたらさ!


「ありがとう! ソラ、大好き!」

「だ、大好き?」

「うん! 大好き!」


 年頃の女の子(鬼だけど)がそんなことを簡単に言うなよ! 照れるから! 普通に! そして俺も健全な男なんだからさ! そんなに密着してこないで! そろそろ両腕が蓮を抱きしめたい衝動を抑えられないから!


「もう一人の私も喜んでるよ!」

「そ、そうか?」

「うん! ソラ大好きって言ってるよ!」


 ぐあぁぁぁぁ!? その顔で大好きって言うの反則! もう可愛すぎ!


「私も……ソラに消えて欲しくない。私も探すよー……ソラが消えなくていいように。消えないで済むように。一緒に頑張ろうねー」

「……ああ!」


 初めてなんだよ。

 俺が……こんなに生きたいと思ったのは。

 それは蓮のおかげなんだ。

 初めて……守りたいって思える存在ができた。

 だから俺は、それを守るために生きたい。


「……ん?」

「どうしたのー?」

「いや、なんか悪寒が……」


 背中がぞくっとした。体が危険を察知してる。その理由は……すぐにわかった。


「……」


 ゴゴゴゴゴ……と、後ろに効果音が見えるほど、俺に憤怒の感情を向けてる紅葉が……黒鎌を構えて立っていた。

 あ、やべぇ。殺られる。


「殺る! お姉さまに手を出すあんたは! やっぱりこの場で殺るわぁぁ!」

「ぎゃあぁぁぁ!?」

「も、紅葉ちゃん?」


 冗談抜きで、走馬灯が見えた。



★☆★☆★☆



 黒鎌を振り回す紅葉から逃げること三十分。人は生命の危機があると、ここまで全力で逃げられるってことを理解した。


「ぜぇ……ぜぇ……ぐふ……」

「……」


 今の状況を説明しよう。

 俺は全力で逃げ回ったせいで体力切れ。部屋の隅でぐったりと呼吸を整えている。そして紅葉は……蓮に後ろから抱きしめられる感じで停止中。蓮の温もりが、紅葉の思考を穏やかにしていくのを待ってる感じ。


「紅葉ちゃん。落ち着いた?」

「……いえ。もう少し落ち着かないと殺っちゃいそうなので、もう少しぎゅってしててください」


 嘘つけ。もう落ち着いてるけど、もっと蓮にぎゅってされたいだけだろ。

 俺もやっと呼吸が落ち着いてきた。ったく……ガキのくせに歳上相手に鎌振り回しやがって。部屋に傷でもついたら管理人に怒られるぞ。


「……つーか、夕飯作ろうとしてたんだった」

「あ、もうそんな時間かー」

「蓮はなに食う? ていうか、食えるか?」

「うん。久々にお腹が空いた感じがするー」

「それはよかったな」


 ちらり。と、紅葉に目を向ける。


「……お前はなに食う?」

「あんたの生血」


 お前なら本当にすすりそうで怖いよ。


「紅葉ちゃんはねー。苺が大好きなんだよー」

「お、お姉さま! こんな奴に私の好みを教えなくていいんですよ!」


 どんだけ嫌われてるんだよ。俺。

 苺か……苺なんてさすがに買ってないな。


「ちょっとスーパー行ってくる。蓮もついでに夕飯のリクエストあるか?」

「オムライス!」

「……安上がりでいいな。蓮は」


 卵とケチャップでいけるじゃん。



★☆★☆★☆



 夕飯を食べたあとで、紅葉から驚くべき話を聞かされた。


「……は?」

「私もしばらくここに居るから」


 なんでそんな話になってるんだ?


「なんでだよ?」

「決まってるでしょ。またあの邪鬼と戦うなら、お姉さまが鬼狩を負傷する可能性だってあるわ。担当医の私が傍にいるのは当たり前でしょ」


 当たり前……なのか?

 確かに、あの邪鬼は強敵だ。また蓮が鬼狩を負傷する可能性は十分にある。それを考えると、紅葉は居てくれたほうがいいんだろうけど。


「俺の拒否権とかある?」

「あるわけないでしょ。嫌ならあんたが出て行きなさいよ」


 おいコラ。俺、死んでるから行くとこねぇんだぞ。


「でも、紅葉ちゃんは居てくれると頼もしいよー? ソラも怪我を治してもらえるしねー」

「あー……そういやそうか」


 こいつ。医療鬼だからな。俺も肉体的な怪我は治してもらえる。

 そのためには紅葉をぎゅってしなきゃいけないんだけどな。


「こいつからは医療費をもらいます。これから」

「お前、そんなお高い女じゃないだろうが」

「医・療・費! って言ったの聞こえなかったの!?」


 顔真っ赤にしてる。なんだかんだ言って、まだガキだな。

 まぁいいけどさ。そもそも、この部屋の主は俺じゃなくて蓮だし。3LDKだから、あと一部屋余ってるし。


「じゃあ私から提案!」

「ん?」

「これからは三人で戦うことになるからさー。それぞれの鬼狩と戦い方を教え合おうよー」


 連携のためにってこと?

 確かに、今まで何度か一緒に戦ったけど、改めてそういうことを教え合うってなかったな。

 でも……。


「こいつと協力する気はない」

「こいつと協力する気はないです」


 俺と紅葉の声が重なった。変なところで気が合う。


「なんでー?」

「こいつ、俺に手を出すなとか言って無駄に罵倒してくるもん」

「こいつ、私にセクハラ発言してくるんですもん」


 してないだろ。ませてるお前が勝手にそういう言葉として受け取ってるだけだ。


「駄目だよー。仲良くしないと」


 俺と紅葉が不仲なのが嫌らしく、蓮は間を取り繕うように、俺と紅葉の隣に座る。


「はい。握手ー」

「……」

「……」


 あ、駄目だ。こいつ、絶対に握手した瞬間に俺の手を握りつぶす気満々だ。目がそう言ってる。握手したが最期、お前の片手が無くなるぜって顔してる。


「……まぁこいつの働き次第では協力してあげなくもないです」


 上から目線。大鬼と戦ってるとき、助けてやったの俺だって忘れてない?


「大丈夫だよー。ソラ、本当に強いから!」

「えっへん」

「とりあえず一回殺していいですか?」


 一回ってなに? 一回殺されたらそれで終わりだろ。

 そもそも、俺一回死んでるし。


「えーっとね。私の鬼狩は黒角! 戦槌型でー。どっちかって言うと手数主戦のスピードタイプかな? 受けに回るとあんまり強度がないから、けっこう簡単に傷付いちゃうんだよねー」


 先手をきって、蓮が自分の鬼狩と戦闘スタイルについて説明。

 手数主戦か。そういえば、子鬼の体全体がボコボコにされてたな。初めて会ったときから身のこなしの軽さを感じてたから、スピードタイプってのも納得だ。

 ……受けに回ると弱いのに、俺を庇って鬼狩を傷つけたんだな。改めて罪悪感が……。


「……え? 次、私ですか?」


 蓮の視線が紅葉へと向く。ちらりと俺のことを見てから(なんでこいつに説明しなきゃいけないの? 的な目)説明を始める。


「私の鬼狩は黒鎌。名前の通り鎌型。鬼狩自体が大きいから、お姉さまみたいに手数でスピード勝負よりも、一撃を重くして攻撃するパワースタイル。でも、割と身のこなしには自信があるわ」


 説明してあげるんだから感謝してよね。と、目が言っている。お姉さまは私のこと知ってるんだからあんたのために説明してるのよ。全く。と、睨む目が言っている。

 確かに一緒に戦ったときは、一撃一撃の破壊力重視の戦い方って感じがしたな。一方で、攻撃も回避も、その体の小ささ(本人に言ったら怒りそうだけど)を生かして蓮みたいに軽いと言うよりは、小回りがきく感じの動きだったな。


「……あ、次は俺か」

「別に聞きたくないけど」


 聞け。俺だけ説明しないとか逆に寂しくて虚しいわ。


「俺の鬼狩……名前は無し? 型……皮膚型? 体に纏った黒い皮膚を自分の意思でいろいろ変化させて戦える? 主に腕の巨大化と硬質化と刀の生成と壁を作って防御と……あ、でも腕の巨大化みたいに自分の体自体も変化させるようなのはリバウンドでダメージがある。それと硬質化を同時に使うとさらにリバウンドダメージがでかくなる。硬質化単体とか体の外で生成する分にはリバウンドは無し。えっとそれから……」

「長い。もういいわ。ていうか最初のほう疑問形ばっかりじゃないのよ」

「……」


 聞けよ。最後までよ。

 人の話は最後まで聞きましょうって学校で教わらなかったか?

 ……鬼って学校あんのか?

 あ、そうか。学校という教育の場がないから、この歳でこんなに人格生成ミスってんのか。納得納得。


「って、おもむろに鎌の切っ先を俺に向けるな」

「今、私に対して失礼なこと考えてたでしょ?」


 なんでわかるんだよ。


「そっか。ソラの鬼狩って名前まだないんだよねー」


 そう言うと、蓮は「うーん」と腕を組んで考え始めた。


「別に名前なんか無くても困らないけど」

「駄目だよー。名前があるのと無いのとじゃ、モチベーションが全然違うんだから! ほら? 特撮ヒーローとかが名前叫んでから武器使うじゃない? あれと同じだよー」


 モチベーションって。確かにモチベって大事だけどさ。仕事でも、モチベあるのと無いのとじゃ雲泥の差だし。


「……黒鬼!」

「ん?」

「ソラの鬼狩の名前ー。鬼人化すると全身が黒くなって、黒い角も生えるでしょ? まさに黒鬼って感じだからー」


 黒鬼……。

 なんか悪役っぽいけど、確かに合ってるかも。


「どうー?」

「んー……そうだな。じゃあそうすっか」

「……黒馬鹿とかでいいんじゃないですか?」


 おいコラ。もはやただの悪口じゃねぇか。なんの捻りもないと、逆に重いんだよ。


 黒鬼。

 確かに、名前ができると、なんか自分の力に愛着沸くって言うか……モチベ上がるかも。


「黒鬼発動! とかやったら見栄えするかな?」

「おー。ソラ格好いい!」

「……」


 絶賛する蓮の一方、紅葉は白い目で俺のことを見てる。

 ……やめとこ。

 そもそも、俺自分で鬼人化できないし。蓮とキスしたあとに「黒鬼発動!」とか馬鹿みてぇだ。


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