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13話「鬼から外れた鬼」

「……」


 紅葉が鬼の細胞で黒角を修復してから一時間ぐらい経って、やっと蓮の寝息が落ち着いてきた。一安心だ。正直、黒角の損傷を見て、もう治せないんじゃないかと心配になってた。

 ちなみに、鬼の細胞(子鬼の肉片)を使った鬼狩の修復は……ちょっとグロくて、お子様には刺激が強いから、その方法は秘密で。一つだけ言うと、効果音はグチャ! グチャ! だ。


「あーいてぇ……」


 そして俺も、邪鬼と戦り合ったダメージが体中に来てる。正直、骨とか逝ってるかもしれない。病院行ったほうがいいか? 鬼人の俺なら、まだ人間としての治療が意味あるだろうし。


「……ぼけーっとしてないで、ちゃんとお姉さま見てなさいよ」


 ペットボトルで後頭部を殴られた。コンビニに買い出しに言ってた紅葉が、いつの間にか俺の後ろでふんぞり返ってきた。いや、マジでふんぞり返ってる感じなんだって。マジで。


「見てたっての」

「じゃあ質問。お姉さまは何回寝息をたてたか答えてみなさい」


 そんなの見てるのお前だけだろうが。

 大体、お前の相手してる暇はない。体中が痛いんだって。


「俺、ちょっと病院行ってきてもいいか?」

「はぁ?」

「……お前な。そんな、なに言ってんのこいつ? みたいに見るな。俺だって怪我してんだよ」


 医者に怪我の理由を聞かれたらどうするか。鬼と戦いました! なんて言っても信じてくれないだろうし。下手したら精神科を紹介されちまう。


「……怪我してるの?」

「見ての通り」

「見た目は元気そうよ。馬鹿みたいに」


 馬鹿みたいに元気ってこと? おいコラ。俺は雨だろうと雪だろうと外ではしゃぐ子供か。


「……仕方ないわね」


 紅葉がコンビニの袋を床に置いて、


「抱きなさいよ」


 なんか言った。

 ……なに言ってんの? こいつ。


「は?」

「私を抱きなさいよって言ったの」

「……そんな台詞。ガキには早いぞ」

「違うわよ!? 普通に抱きしめなさいって言ってるの!」


 いや、それでもなに言ってるの感は同じだけど。


「なんで俺がお前を抱きしめなきゃいけないんだよ?」

「……それが私の治療法だからよ」


 駄目だこいつ。もうなに言ってるかわかんない。


「可愛い自分を抱きしめれば至福感で傷回復ってか? そんなご都合主義ねぇから」

「か、可愛い?」


 そこに反応するな。


「違うわよ! 医療鬼はね! それぞれが傷を癒すアクションを持ってるの!」

「傷を癒すアクション?」

「そうよ! 私の場合は抱きしめられることで、相手の傷を治すことができるの!」

「……お前、マジで言ってるの?」

「……そろそろ殺るわよ」


 マジで鬼狩を生成しようとする紅葉。ま、まて……俺は今、鬼人化できないんだ。お前のフルバースト攻撃は防げない。

 そういやこいつ、医療鬼とか言う鬼だったな。医療鬼って、鬼狩の特性が鬼の細胞を保存できるようにするだけじゃなかったのか。


「戦鬼と医療鬼って全然違うのか?」

「違うわよ。戦鬼は身体能力が元々高くて戦闘に特化してるの。医療鬼とは全然違うわ」


 お前も充分戦鬼みたいだった。とはつっこまないでおこう。


「……早くしなさいよ」

「……」


 なんで急かされながら子供を抱きしめなきゃいけないんだ? これ、傍から見たら俺が変態じゃねぇかよ。


「つーか、俺よかお前はいいの?」

「は?」

「俺に抱きしめられるとか」

「……」


 ギロリ。と効果音が見えるような、めちゃくちゃ嫌悪感満々の目で見られた。そこまで嫌か。俺に抱きしめられるのが。


「嫌すぎて吐き気がするわ」

「……だったら無理しなくていいっての。俺は病院行くから」

「でも! ……お姉さまを守ったあんたの功績は認めてあげないこともないってこと!」

「……は?」

「特別に! 抱かせてあげるわ!」


 だからその言い方やめろ。俺がマジで犯罪者みたいだから。

 大体……守ったって言うか、けっきょく最後は蓮が邪鬼を撃退したようなもんだけどな。


「……じゃあ行くぞ?」

「さっさと済ませなさいよ」


 お前、狙ってそんな言い方してないだろうな?

 両手を広げて、俺が抱きしめるのを、目をつむって待ってる紅葉。なんで目つむってるんだよ……俺の顔を見るのも嫌ってことか? 顔真っ赤にするほど嫌か? こんなに嫌がってる子供を抱きしめるとか、さすがに罪悪感湧くんだけど。


「……」


 ぎゅっと、紅葉を抱きしめる。


 ……子供だけど、やっぱり女の子なんだな。柔らかい……良い匂い……。

 って、馬鹿。そんなこと考えるな。マジで危ない奴だっての。


「……お?」


 紅葉を抱いてすぐ、俺の体に変化が現れた。

 紅葉と接触してる俺の体が小さく光を帯びて、その光が体に吸収されていく。完全に光が消えたとき、


「……マジか」


 さっきまであった、体の痛みが完全に消えていた。


「さっさと離れなさいよ!」


 体を無理やり離された。まだ顔が真っ赤だ。マジで俺に抱きしめられるのが嫌だったらしい。


「……医療鬼ってすげぇな」

「当たり前でしょ。鬼の中でも一番数が少ない、希少な型なのよ」

「この能力で蓮は治せなかったのか?」

「無理よ。鬼狩の損傷によって出てくる体へのダメージは、鬼狩の修復でしか治らない。鬼狩は、鬼の細胞でしか直せないもん」


 万能ではないってことか。

 でも、逆に言えばそれ以外の怪我は治るってことだよな? やっぱりすげぇ。


「起きないわね。お姉さま」


 心配そうに、蓮の横に寄り添う紅葉。さっきまでに比べたらだいぶ落ち着いたけど。まだ目は覚まさない。

 ……気になることはいくつかある。蓮が寝てる間に、俺は紅葉に聞いてみることにした。


「なぁ」

「なによ?」

「鬼から外れた鬼ってなんだ?」


 鬼から外れた鬼。

 邪鬼も、あの閻羅って奴も、蓮をそう呼んでた。それは一体、どういう意味なんだ?


「……あんたには関係ないでしょ」

「本気でそう思ってる?」

「……思ってない」


 俺は確信していた。その鬼から外れた鬼がなんなのかは、俺にも絶対に関係してくる話だ。


「……お姉さまはね」


 それを紅葉もわかっているらしく、ゆっくりと話し始めた。


「純粋な鬼と、邪鬼のハーフなのよ」

「……」


 鬼と邪鬼のハーフ?

 あれ? 蓮は確か……自分を純粋な、生粋の鬼だって言ってたと思うけど。


「え? てかそもそも……邪鬼って地獄で生まれる異形の鬼なんだよな?」


 その異形の鬼と、純粋な鬼のハーフってどういうことだ? 全く想像つかない。


「邪鬼も、生まれたときは異形の者だけど……成長すれば、見た目は普通の鬼と変わらなくなるのよ。まぁ、基本的行動と本能は変わらないけど」


 確かに、あの邪鬼は見た目だけなら、鬼や俺たち人間と変わらなくなってた。

 ……でもそれってつまり。


「純粋な鬼と、邪鬼が……えっとその……」

「交わったってことよ」


 大人の俺が口ごもってたのに、子供の紅葉がはっきりと言いやがった。なんか俺がヘタレみたいじゃないか。


「お姉さまの母親が純粋な鬼。父親が邪鬼よ」


 そもそも、邪鬼に性別って概念があったのが驚きだ。

 俺はただの化物だと思ってたから。みんな子鬼みたいな感じだと思ってたから。

 ……そういえば、俺、ちゃんとした邪鬼ってあいつしか見たことないんだよな。なんとなく、邪鬼と子鬼って同じようなもんかと思ってたけど、実際、違う存在なのかもしれない。


「鬼と邪鬼は、本来、交わってはいけない。その間に生まれた鬼。だからお姉さまは……鬼から外れた鬼。そうやって呼ばれてたの」


 それが、鬼から外れた鬼の意味か。

 意味はわかったけど、解せないな。


「蓮は関係ないだろ。そんな風に呼ばれる筋合いはない」


 親がどうあれ、蓮は関係ない。周りからそんな目で見られる理由にはならない。

 親父がどうあれ……俺は俺。俺もそうやって思って生きてきた。


「私だってそう思うわよ。でも、全員がそう思ってくれるわけじゃないわ」

「……かもな」


 人間社会でもそうだ。

 親がこうだから、子供もこうだ。そんな勝手な解釈で、子供の人生を縛る。そんなのばっかりだ。


「……ん? ってことはまさか……」


 さっき、邪鬼と戦っていた蓮。

 あれは明らかに、いつもの蓮じゃなかった。角があって、目も赤かったし、あれはまるで……邪鬼みたいだった。


「……蓮の中に、邪鬼としての力があるってことか?」


 鬼から外れた鬼の力。

 邪鬼はそう呼んでた。それが、蓮の中にある邪鬼の力なら、説明がつく。


「そう。お姉さまは……純粋な鬼としての力。そして邪鬼としての力。その二つを持ってるの。しかも、ただの力じゃない。純粋な鬼と邪鬼の力が一つの体で混合していることによって、未知の……強大な力が生まれてるの」

「……」


 邪鬼はそれを奪おうとしてたってことか。

 なら……さっきの蓮は、邪鬼の力を使っている、言わばもう一人の蓮。確かに、俺が苦戦した邪鬼を圧倒的に追い詰めてた。強大な力ってのも頷ける。


「鬼から外れた鬼、ね。随分な呼び方だな」

「……変な反応ね?」

「ん?」

「もう少し、恐怖とか嫌悪感を出すかと思った。それが普通の反応よ」


 恐怖、か。まぁ確かに、邪鬼と戦ってる蓮を見て……俺は少し、怖いと思っちまったのも事実だ。でも、


「蓮は蓮だろ。邪鬼の蓮も全部ひっくるめて。それにけっきょくは、さっきは俺を守ろうとしてくれたわけだしな」

「……緩い頭もたまには良いこと言うわね」


 誰が緩い頭だ。これでも社会の厳しさを少しは味わった元社会人だぞ。

 ……邪鬼の力か。未知の、強大な力。

 あの白い鬼狩も……その力の一部だったってことか? 黒と白。二つの鬼狩を同時に使っていた。それもたぶん、普通ではないんだろう。

 鬼から外れた鬼のことはわかった。もう一つの疑問……こっちのほうが重要かもな。


「……騙されたってのはどういう意味か、お前、わかる?」

「騙された?」

「邪鬼がそう言ってたんだよ。もちろん、完全に信じてるわけじゃないけど。鬼から外れた鬼から力をもらった人間。それは鬼人なんて簡単な存在じゃない。間違った存在。背負った運命。なんかいろいろ言ってたな」

「……」


 あのときはそれどころじゃないから、そこまで深くは考えなかった。ただ、蓮を信じる。俺にはそれしかできなかった。


「……言っておくけど、お姉さまはあんたを騙したわけじゃないわ」

「ああ。それはわかってる」


 蓮はそんなことをしない。それはわかってる。


「ただ、お姉さまも知らなかっただけ。いえ……逆に言えば、お姉さま以外の鬼は知ってることよ」

「……?」


 紅葉が話すことを躊躇っているのが、喋り方でわかった。

 蓮だけが知らない? 他の鬼は知ってるのに? どういうことだよ。


「教えてくれ」

「……いいの? 知らないほうがいいかもよ。それこそ、あんたは自分の背負った運命ってのを受け入れられるの?」

「俺は一回死んでる人間だ」


 一回死んだってのも、良い方向に向くこともあるもんだ。

 死んだからこそ、物事を冷静に見れる。怖いと思えることがない。運命とか。そんなでかい言い方されるとあれだけど、少なくとも俺は、


「どうせ死んでるんだから、なんだって背負ってやるよ。蓮を手伝う。俺はそう決めたんだからな」

「……あっそ」


 おい。なんだその興味なさそうな言い方はよ。けっこう良いこと言ったんだぞ? 俺は。

 蓮の額の汗を拭ってやってから、紅葉は俺に向き直った。そして、厳しい、でもどこか悲しげな表情をしている。


「……あんたがお姉さまの手伝いをしてるのは、人間として、生き返るためでしょ?」

「ああ。一応」

「あんたが人間に戻るためには……」


 紅葉の眉間にシワが寄った。口にするのも辛いかのように、言葉を振り絞る。


「お姉さまを殺さなきゃいけないの」


 ……。

 ……。

 ……。

 ……は?


「……どういうことだ?」

「意外と冷静ね。もっと取り乱すかと思った」

「お前と違って人生経験豊富なんだよ」

「あんたの体を千切り乱してあげようか?」


 表現怖いっての。


 でも実際、意味がわからない。なんで俺が人間に戻るために……蓮を殺さないといけないんだよ?


「あんたはお姉さまから、純粋な鬼と、邪鬼の力が混合した力をもらって、死んだ人間の魂を再生させた状態。普通の鬼から力をもらった鬼人は、閻魔様が魂から鬼の力を削除することで、人間の魂に戻れる。でも、鬼と邪鬼の混合した力は強すぎて、それができない。あんたの魂が人間の魂に戻る……それは、力の根源である、お姉さまが死なない限り、実現しない」

「……俺が蓮から力をもらってるからか?」

「そうよ。力の関わりを断つことで、無理やり力を削除するの」


 理屈はわかる。さっきの説明を聞く限り、鬼から外れた鬼って呼ばれてる蓮の力が普通じゃないこともわかってる。でも……だからって……なんだよそれ。


「……じゃあ、俺がずっと鬼人のままで居ればいいんじゃないか?」

「それは無理。いえ……普通の鬼人ならそれもできるけど、今言った通り、混合した力は強すぎて、人間の魂じゃ長い時間は制御できないの。おそらく、このままあんたが鬼の力を使い続けたら……遠くない先、魂が力に飲まれて、消滅するわ」


 俺の提案はすぐに無理だと説明された。

 俺が人間として生き返るには、蓮を殺して、力の関わりを断たなきゃいけない。それをしないで、俺がずっと鬼の力を使い続けたら……俺の魂は力に飲まれて消滅する。

 それが……間違った存在として生まれた、鬼から外れた鬼の力をもらった鬼人の運命。なるほど……重いな……邪鬼が騙されてるって言ったのもわかる。

 けっきょくそれは、蓮を殺さないと、俺はこのまま消えるだけってことだからな。生き返らせてくれる。そういう約束で、俺は力をもらったんだから。


「――!?」


 紅葉が黒鎌を生成して、俺の首元へ切っ先を当ててきた。

 今までも何回か殺気を向けられたけど、そんな冗談みたいな殺気じゃない。

 俺が少しでも変な動きをしたら、本気で刺す。そんな殺気だ。


「今の話を聞いて、あんたの中に少しでも……お姉さまを殺そうって感情が出てきたなら……今ここで、私があんたを殺す」

「……」


 蓮を心配するからこそ、俺に向けられた殺気。こいつ、本当に蓮を慕ってるんだな。

 そしてそれは、大きな勘違いだ。


「ばーか」

「なっ!? 誰が馬鹿よ!」


 馬鹿だろ。俺の気持ちを決めつけやがって。

 俺の中に少しでも、蓮を殺そうって感情が出てくる? 蓮を殺さないと、俺は人間に戻れないから?


「もう一つおまけに言っておく。ばーか」

「うっさい! 馬鹿って言うほうが馬鹿なんだからね!」


 子供みたいな返し方するな。あ、いや、こいつは子供か。


「真面目に答えなさいよ!」

「大真面目だ。さっきも言っただろうが。俺は一回死んだ人間だぞ? 俺は蓮に魂をとっ捕まえられなかったら、もうこの世に居なかったんだ。確かに、俺が蓮を手伝ってるのは、人間として生き返るためだけど、そのために俺が蓮を殺す? 見くびるなよ」


 そんなことできないのは、俺自身が一番よくわかってる。

 他人のことばっかり気になっちまう俺が、他人を犠牲にしてまで生きたいと思えるわけがないんだ。


「俺は蓮を殺さない。殺すぐらいなら……俺が死ぬ」


 それは考えた結果とかじゃない。

 俺の心が、魂が、そう言ってるだけだ。

 理屈じゃない。

 俺は……蓮を殺せない。


「……本当に?」

「信じられないなら、今ここで俺を殺せ」

「……」


 紅葉は黒鎌を解除して、俺に背中を向けた。


「信じてあげる」

「……どーも」

「鬼人が、鬼の力を行使し続けるのに、大事なことって知ってる?」

「……?」


 いきなりなんだよ? そんなの知らない。


「信頼関係」

「……」

「鬼と鬼人が、お互いを信頼してないと、力の定着はもちろん、力を行使し続けるのは不可能なのよ。だから……少なくとも、お姉さまはあんたを信頼してるし、あんたもお姉さまを信頼してる。だから……私も信じてあげる」


 信頼関係……。

 俺は確かに、蓮を信頼してるけど。蓮も俺を信頼してくれてるのか?

 なんだかちょっとくすぐったかった。

 ……それにしても。


「お前、随分と詳しいな?」

「はぁ?」

「蓮のことについて」


 正直、駄目元で聞いてみたんだけど、ここまで知ってるとは思わなかったぞ。


「当たり前でしょ。私はお姉さまの担当医なんだから」

「……担当医って、担当してる医療鬼ってこと?」

「そうよ。お姉さまのことで、私が知らないことはないわ」


 怖いっての。


 ……それにしても。

 一つ気になることがあるんだけど、紅葉に聞くのもどうかと思うことだ。


 蓮は閻魔に言われて、邪鬼を倒しにこっちの世界に来た。そして、魂の濃い人間を探して鬼の力を渡して、仕事を手伝わせようって言ったのも閻魔。

 ……閻魔が地獄の王だとしたら、今の蓮の話を知らないわけがない。

 鬼から外れた鬼。その力をもらった人間の魂がどうなるかってことも。

 だとしたら……なんで、わざわざ蓮にそんなことさせたんだ? 間違った存在が生まれるとわかってて。

 閻魔は……なにを考えてるんだろうな。



★☆★☆★☆



「……おっと」


 ソファーで寝ちまってたみたいだ。何時だ? 今。

 えっと……もう夕方か。そろそろ夕飯の支度しないと……。


「蓮。なになら食えるかな」


 病み上がりだし、またおかゆ? でも、もっと栄養つけたほうがいいと思うけどな。本人に食べたい物を聞いてみるか。


「……あれ?」


 蓮が寝ていたはずのベッド。そこに蓮の姿はなく、横で看病してた紅葉が寝息をたてているだけだった。


「起きたのか? てか、どこ行ったんだ?」

「おはよー」

「うおあぁ!?」


 後ろからの声に飛び上がる。俺の反応があまりにも大きかったのか、


「ど、どうしたのー?」


 蓮がちょっと引いていた。


「……急に叫びたくなったんだ」

「それ大丈夫ー?」


 大丈夫じゃないな。それ。


「起きてたんだな」

「うん。心配かけてごめんねー」


 うん。いつも通りの緩い笑顔。これが蓮だ。やっと心から安心できた。


「……」


 と、思ったら……蓮がすぐに表情を変えた。なんて言うか……ちょっと、俺に余所余所しい感じ。目を合わせてくれないし、どこか寂しそうな、悲しそうな、そんな表情だ。


「……どうしたんだ? まだ調子悪いのか?」

「え? う、うぅん……もう体は大丈夫だよー」


 無理やり笑ってる。そんな感じだ。そんな蓮も珍しい。


「……ソラ」

「なんだ?」

「……あんまり覚えてないんだけど、見た……のかな。私の……」


 蓮がなんのことを言ってるのか、すぐにわかった。

 邪鬼の力を持った、もう一人の蓮のことだ。白い角に、赤い目。見た目が邪鬼に近くなった、あの姿。


「うん。見た」


 誤魔化しても仕方ない。俺ははっきりと答えた。


「……怖かったでしょ? その時の私。だから……あんまり、ソラには見られたくなかったんだけどねー……見た目も、あんなだし……あれじゃ、まるっきり……」


 邪鬼だ。

 そう言おうとしてるのがわかった。実際、俺も近いと思った。でも……。


「そんな言い方しなくていいと思うぞ。蓮は俺を助けてくれたんだ」

「……聞いてたんだ。紅葉ちゃんとソラの話」


 え?

 ……あのとき、起きてたのか。俺と紅葉の話を、聞いてたらしい。うぅん……蓮が寝てると思ってたから、思い切った話をしてたのに。


「蓮は気にするなよ? 蓮は知らなかっただけだ。別に俺は――」

「ソラ」


 蓮が真っ直ぐに、俺の目を見てきた。

 なにかを決意したかのように。


「とりあえず、あの邪鬼を倒すまでは……手伝ってくれると嬉しいな」

「そりゃもちろん手伝うぞ」

「うん。そして……邪鬼を倒した後には……」


 蓮が言った言葉。

 それは……俺が一番聞きたくなかった言葉だった。


「私を殺して」


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