12話「鬼の暴走」
「壊す……ほぉ?」
邪鬼の赤目が、鈍い光を帯びている。明らかに、蓮を警戒している。
こいつ……俺と戦った後だってのに、ほとんど疲れてない。いくら限界を超えてたからって、俺は全力でやったのに。
「うん。ボッコボコにするから、覚悟してねー」
蓮は手に持っていた黒角をくるくると回転させながら構えた。
黒角の傷はまだ治ってない。あんな鬼狩で、まともに戦えるのか? でも、蓮の様子を見る限り、さっきまで弱っていたのが嘘みたいだ。
まるで、さっきとは別人が蓮を名乗っているようみたいに。
「それにしても、邪鬼のくせに鬼狩生成するなんて生意気だねー」
「お互い様だろう。貴様こそ、自分の鬼狩を隠しているんじゃないのか? そんな表だけの鬼狩だけで、私を壊せると思っているのか?」
お互い様? 表の鬼狩?
くそ。全然話について行けない。一体全体、どうなってるんだよ。
「……そうだねー。ボクも正直、頭きてるし」
蓮が左手の人差し指をふわりと回すと、
「……え?」
右手に持っているのとは別に、もう一本、黒角が生成された。
……え? いや、黒角じゃない。
白い戦槌だ。形は黒角と同じだけど、全体が白い。
「ソラの痛みを倍返ししてあげるよ」
鬼狩を二つ……? どうなってるんだ?
蓮……どうなってるんだよ。お前は。
「二つの鬼狩……なるほど、聞いた通りだな。それが、鬼と邪鬼、その間に位置する物の力の形というわけか」
「『白角』だよ。本当によく喋るね~。それに詳しすぎる。君、後ろに誰かいるでしょ?」
「……」
後ろに誰かいる。邪鬼の背後に、黒幕がいるってことか?
……さっきの白髪の男。あいつも蓮のことを鬼から外れた鬼って呼んでた。
まさか……黒幕ってのは……。
「――!?」
先に仕掛けたのは邪鬼。黒い剣を突進の勢いのまま、真っ直ぐに突き刺す。
蓮は……避けない。いや、
「おっと~」
ギリギリで、最低限の動きで避けた。全く無駄がない。俺でもわかるほどに。
避けた反動のまま、蓮は体を一回転させて、邪気の後ろから、両手に持った黒角と白角を同時に打った。
「ぐぅ!?」
見た目以上に重い一撃だ。体格差があれだけあるのに、邪鬼は校庭の土を抉りながら吹っ飛んだ。
「鬼狩はただの武器。邪鬼が生成できても、別に怖くないんだよねー。だって、付け焼刃もいいところでしょ? 邪鬼の怖いところは、能力に目覚めてるところだし。鬼狩を扱うことを極限まで極めてる鬼と同じにしないでくれないかなー?」
「……ならばこれはどうだ?」
邪鬼が手のひらを蓮に向けた。衝撃だ。衝撃を撃ち込むつもりだ!
蓮もそれがわかっているのか、焦るどころか、
「来なよー」
白角をクイッと動かし、挑発した。
「――死ね」
衝撃の厄介なところは、目視では見えないところだ。防ぎようがない。俺も腕を巨大化させて広範囲を防ぐか。体自体を硬質化させて防ぐしかなかった。
なのに、蓮は。
「死ぬわけないじゃん~」
両手に持った黒角と白角を構え、流れるように振りかざす。すると……その一撃一撃が、連続で撃ち込まれてくる衝撃を弾いた。まるで、どこに衝撃が来るのかがわかっているみたいに。
「なんだと……?」
「ボク、邪鬼の力に敏感なんだよねー。見えなくても、どこに来るか大体わかるよ」
衝撃を全て弾いた蓮は、高く跳躍。空中で一回転しながら、重力に沿って落下。その勢いで、黒角と白角を二つ合わせながら――邪鬼に叩きつけた。
「ぐあっ!?」
「もう一発~」
頭に一撃を食らってよろけた邪気に、蓮がさらに追撃。着地しながら黒角と白角を振りかぶり、腹部へと叩きつけた。
「ぐふっ!?」
「ほらほら! どんどん行くよー」
膝を付いた邪鬼。蓮は休む間を与えず、さらに追撃……しようとしたとき、
「!?」
蓮の背後に、小さく黒い穴が出現した。それと同じ黒い穴が、邪鬼の傍にも。あれはまさか……。
「蓮! 後ろだ!」
黒い穴を遠って、斬撃を飛ばす。さっき俺がやられた技だ!
「だ~いじょぶだってソラ」
余裕の笑みを浮かべる蓮。俺の心配とは裏腹に、黒い穴を通って襲ってきた邪鬼の斬撃を、
「てい!」
黒角で弾いた。完全に、来るのがわかっていたみたいだ。
「言ったばっかりじゃん。邪鬼の力には敏感だって。ましてや、君、相当魂食べてるし、そんな強い力、わからないほうがおかしいよ」
「……チッ」
強い。圧倒的だ。邪鬼の攻撃をことごとく防いで、すかさず反撃してる。
これが蓮の本当の力……なのか?
いや、本当に……蓮、なのか?
――ピシッ!
ん? なんだ今の音。なにかが割れるような音がした。
周りを見ても、別にそんな音を出しそうな物はない。でも、俺が蓮に目線を戻したときだった。
「――!?」
音の発生源。
それは……黒角だった。さっきよりも、ヒビが広がってる。
それはそうだ。元々損傷していたのに、あれだけ攻撃に使えば、さらに損傷は広がる。
蓮は……なんともないのか?
あのまま攻撃して、もし、黒角が壊れちまったら……蓮は……。
「これならどうだ!」
邪鬼が両手を上に上げた。また衝撃玉を撃つ気だ。
……こんなときにあれだけど、あの構えが有名伝説バトル漫画の元○玉にしか見えないのは俺だけか?
さすがに、あれを鬼狩で弾くのは無理がある。範囲も速度もかなりの技だ。蓮、どうするんだ……?
「――てい!」
え? あれ?
蓮がいつの間にか、邪鬼の背後に回っていた。そして――邪鬼に後ろから抱きついた。
え? こんなときになにやってんの? 抱きついてる場合じゃないだろ! ていうかなんで敵に抱きついてるんだよ!
「貴様……」
「どうする? ボクに撃つと、君にも当たっちゃうよー」
あ、そういうことか。あれだけ密着してれば、邪鬼は衝撃玉を撃てない。蓮に撃てば、自分にも衝撃が当たるからな。
「くそ……」
撃つことを諦め、邪鬼が衝撃玉を解除した。その瞬間、
「えい!」
「うぐっ!?」
蓮が黒角を遠心力を加えて一撃。邪鬼の脇腹を殴打した。
――ピシッ!
またあの音だ。黒角のヒビが……どんどん広がっていく。
「まだまだー! いっくよ~」
脇腹を打たれてよろめいた邪鬼の体を、蓮が両手に持った槌で滅多打ちにした。休むことのない、連続攻撃。あまりの速度に、邪鬼は防御もできずにただ打たれるだけ。
――ピシシッ!
さっきよりも音が大きくなった。
蓮……わかってるのか? 自分の鬼狩が傷ついてるって。
「痛い? 邪鬼でも痛みを感じるの?」
――ピシシッ!
……ヒビが……。
「でもね、君だってソラに痛いことをたくさんしたでしょ? その痛みを倍返ししないとボクの気が済まないんだよね!」
――ピシッ! ピシシッ!」
……やめてくれ。蓮。
「痛いなら泣き叫んでいいよ! そのほうが、ボクも興奮しちゃうからねー!」
――ピシシシッ!
やめてくれ……いや、やめるんだ。蓮。
「壊れちゃえ壊れちゃえ! あっはは!」
……笑ってる。
蓮。破壊を……戦いを楽しんでるのか?
――ピシシシシッ!
……駄目だ。蓮。それ以上は……。
――俺が許せそうもない。
「やめろ! 蓮!」
「!?」
俺の叫び声に驚いて、蓮は動きを止めた。怒られた子供のように、目を丸くして俺のことを見ている。
「……どうして? なんで邪鬼を庇うの? こいつは、ソラをあんなにいじめたんだよ?」
「……別に邪鬼を庇ってるんじゃない。蓮、それ以上攻撃するな。わかってるのか? 黒角が壊れたら、お前が危ないって」
黒角はもうヒビだらけで、今にも壊れそうだ。おそらく、あと一~二発攻撃していたら、壊れていたと思う。
「……ボクはただ、ソラを傷つけたこいつが許せなくて……」
「それはわかってるよ。でも……そのために蓮自身が傷つくのは、耐えられない。だから……もうやめてくれ」
俺は今、どんな目で蓮を見ているのか。
怒り。悲しみ。
……もしくは恐怖。
俺は、蓮のことを怖いと思っているのか?
今の蓮は、本当に蓮なのか。それを自信持って、肯定できないんだ。
「……なんで? なんで……そんな目でボクを見るの?」
蓮の赤い目が、悲しみに暮れていくのがわかる。さっきと同じ、怒られて、泣きそうになっている子供のように。
「そんな目で見ないでよ……ボク、ソラに嫌われたくないよ……ソラに……ソラ……に……」
「……蓮?」
言葉が途切れ途切れになったかと思うと、蓮は黒角と白角をその場に落とし、頭を両手で抱え、叫び始めた。
「う……うあぁ!? 痛い……頭が……痛いよぉ!」
「蓮!?」
膝を付き、激しく嫌々をする蓮。ど、どうしたんだ? 急に……すごく苦しそうだ。
もがく蓮の体を抱き支える。体温が異常に高くなってる。まさか……鬼狩を損傷しすぎたのか? だとしたら、早く鬼の細胞で黒角を治さないと……。
「……」
やがて落ち着いた蓮。その頭から……白い角が消えていった。荒く呼吸をしながら、ゆっくりと開けた蓮の目は、
「……ソラ……?」
いつもの、紫色に戻っていた。
「だ、大丈夫なのか?」
「……私、どうしてたの……?」
私……いつもの蓮だ。よかった。
でも、さっきまでのことを覚えてないのか? 自分がどうなっていたのか。自分がなにをしていたのか。
……いや、今はいい。
とにかく、早く黒角を治さないと。
「……!?」
邪鬼が、俺たちの目の前に立ちはだかった。
さっきの蓮の攻撃でかなりのダメージを受けているけど、鬼狩もまだ持ってるし、行動不能とまではいってないみたいだ。
「……やってくれたな。さすがは鬼から外れた鬼」
「……」
まずい……蓮はもう動けない。
イチかバチか、もう一回鬼人化するか? いやでも、かなりダメージを受けたし、さっきもフル時間鬼人化してたから、すぐにはできないかも……。
……考えてる場合かよ!
今、蓮を守れるのは俺しかいない。鬼人化できれば、こいつもかなり弱ってる。勝てるかもしれない。
「そこまで、ですよ」
聞き覚えのある声だった。邪鬼はその声の主の気配にいち早く気付いて、力を込めた目線を送る。俺もその目線を追うと、
「時間切れです。今日はここまでですよ」
さっきの、白髪の男が、木の陰から出てきた。
こいつ……いつから居たんだ?
「閻羅。お前……なぜこいつをわざわざここへ来させた?」
……えんら? あいつの名前か?
「なんのことでしょう。僕はあなたの邪魔になるようなことはしませんよ」
「……協力関係にはあるが、俺は完全にお前を信用したわけじゃない。それを忘れるな」
「えぇ。肝に免じておきます。でも、時間切れなのは本当ですよ? 長い時間戦闘を継続しすぎです。あなた自身も『普通』ではないことをお忘れなく」
「……ふん」
邪鬼が空中に黒い剣を投げると、黒い穴に飲み込まれて消えた。殺気が……もう俺たちに向いていない。
「その鬼が起きたら言っておけ。次は必ず、お前の力を奪う。俺は……まだまだ成長する、とな」
今度は大きく開かせた黒い穴に、邪鬼自身が消えていった。重力が無くなったみたいに、体が軽くなる。プレッシャーがなくなったからか。
……助かった、のか?
「でわ。僕も失礼しますよ」
「ま、まて!」
お前にはまだ聞きたいことがある。
なんなんだこいつは? あの邪鬼と協力関係なんて言ってた。なのに、さっきの子鬼が囮だってことを俺たち教えてくれた。目的がわからない。
「……お前は、一体何者だ?」
紅葉は、こいつの正体に感づいてるみたいだった。それも、かなり動揺してたし、何者なんだ? こいつは。
「……聞いてどうするんですか?」
「どうするもなにもあるかよ。お前が、俺たちの敵かどうか。それを聞いてるんだ」
仮に、俺たちにさっき助言してくれてたとしても。
こいつは味方でもない。俺はそう感じてた。
……本当に、こいつが邪鬼の後ろでなにかをやっている可能性だってあるんだ。
「その鬼が、鬼から外れた鬼ならば……僕は、地獄から外れた存在。とでも言いましょうか」
「……はぁ?」
「それでわ。また機会があったらお会いしましょう」
白髪の男――閻羅は、心の底が見えない、まるで心を隠しているような笑顔を浮かべて、その場から立ち去っていった。
「……」
地獄から外れた存在? なんだそれ……訳わからない。
いや。
わからないことはそれだけじゃない。
いろいろと、聞かなきゃいけないことがある。
蓮のこと。俺のこと。
でも……。
「ソラ……?」
「……帰るか」
なるべく、不自然じゃない笑顔を見せて、蓮を抱き抱えた。
今は傷を癒そう。それからだって遅くない。
……遅くない。よな?