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11話「鬼の決意」

「う……」


 体に力が入らない。立っているだけでやっと。そんな状況で、邪鬼を相手にできるはずがない。鬼狩だって、生成するのが精一杯。


「……弱っているな。やはり、この前鬼狩を攻撃したせいか?」


 こいつ……この前よりもかなり成長してる。言葉もちゃんとしてるところを見ると、知能も上がってる。体が全快だったところで、結果は同じかもしれない。


 逃げなきゃ……でも、こっちは窓際。入口はあいつが塞いでるし、今の私じゃ、窓から飛び降りれない。八方塞がり。


「助けを求めても無駄だぞ? お前の仲間は、子鬼の相手で忙しいからな」


 もしかして……私が感じた魂の痕跡は囮だったの?

 やられた……ソラと紅葉ちゃんはおびき寄せられたんだ。私が……魂の痕跡なんか感じたから。

 でも、そこまでする理由がわからない。私たちを消すだけなら、おびき寄せる必要もない。弱ってる私ごと攻撃してきたほうが、こっちが不利になるに決まってるのに。


「……力をもらうって、なに?」


 それが、関係してるの?


「鬼から外れた鬼。お前の『中』にある秘められた力を奪う。そういうことだ」

「秘められた力……?」


 なにを言ってるの? こいつは。


 もしかして……。

 私の中にある、『もう一人の私』のこと?

 あれは秘められた力なんかじゃない。

 気まぐれで……制御できない。この前、こいつと戦ったときだって出てきてくれなかった。

 それに、私はもう一人の私が嫌い。

 私じゃないみたいで……。

 なんだか怖くて……。


「……どうした? 抵抗しないのか?」


 ゆっくりと、私との距離を詰めてくる。

 どっちにしろ、逃げられない。だったら……。


「――!?」


 無理やり黒角を生成したけど、振り回せそうにない。そもそも黒角はまだ壊れてる。これで攻撃したら、私自身が壊れちゃいそう。


 どうしよう……。


「……どうやら力の制御ができていないようだな」


 邪鬼が私に手のひらを向けた。そして――


「あうっ!?」


 衝撃をぶつけてきた。

 そうだった。こいつの能力は衝撃を作ってぶつけてくることだった。私は壁に背中を打ち付けて、ずるずると床に倒れる。痛い……体が動かないよ……。


「鬼から外れた鬼。そう呼ばれ、忌み嫌われたその力。それではただの持ち腐れだ。俺が使ってやろう」

「……」


 もう一人の私を奪うってこと……?

 どういうこと? 意味がわからない。

 だって、私たちは二つで一つ。奪えるわけないのに。


 忌み嫌われた……確かにそうかもしれない。

 誰も私に関わろうとしてこなかったから。

 鬼から外れた……案外当たってるかも。


『――ボクを出しなよ』


 頭の中に声がする。

 いつもの声。

 もう一人の私の声。


『このままだと、殺されるよ? ボクたちを殺して、力を奪う気なんだから』


 ……嫌だ。あなたは出したくない。


『こんな状況でなにを言ってるのさ? ボクが出れば、こんな奴倒せるよ』


 それでも嫌だ……。


『……殺されてもいいの?』


 あの『姿』にはなりたくない……。


『その言い方はひどいなぁ。あの姿だって、君なんだよ?』


 ソラに嫌われたら嫌だ……。


『大丈夫だって。ソラもきっと好きだって言ってくれるよ』


 ……じゃあなんでこの前は出てきてくれなかったの?


『ボクがでなくても、ソラがなんとかしてくれるって思ったからね。力の定着ももう少しだって思ってたし』


 ……。


『もし、このまま黙ってやられるようなら、無理やりにでも出るけど?』


 ……だって……だって……。


『君はボク。ボクは君。わかってるよ。君の考えてることは』


 ……。


『だからこんなところで死ぬわけにはいかない。そうでしょ?』


 ……うん。


『じゃあ出るからね』


 ま、まって……。


「……なにを黙っている? 恐怖のあまり、声も出ないのか?」

「……」


 来る……出てきちゃう……。


 心の奥底。自分の裏側。


 もう一人の……私が……。


「――!?」


 もう一人の私を感じ取ったのか、邪鬼が少し後ずさる。

 駄目……抑えられない……。

 あの姿は嫌なのに……だって、あの姿は……。


 本当の意味で――鬼みたいで。


「蓮!?」


 もう一人の私が目覚めようとしているとき、その声を聞いて……心が落ち着いていくのがわかった。


 ソラ……来てくれたんだ……。



★☆★☆★☆



「はぁ……はぁ……」

「ぐ……」


 部屋に飛び込んだのと同時に、右腕を巨大化させて邪鬼を握り締めた。

 蓮は……よかった。まだ無事だ。


「ソラ……」


 蓮の顔色が悪い。体調はさらに悪化してるみたいだ。鬼狩を生成してるところを見ると、戦おうとしたんだろう。無茶しやがって。


「……貴様、なぜここに来れた? なぜあの子鬼が囮だとわかった?」

「あ? お前の仲間じゃねぇのか? あの白髪は」

「……なるほど。あいつめ、遊んでいるな」


 なに訳のわかんねぇことをごちゃごちゃと。

 ……ごちゃごちゃと?

 こいつ、この前よりちゃんとした言葉を喋ってやがる。成長して知能がついたってことか? そこまで成長するのに、どれだけの魂を食べたんだよ。くそ!

 でもおかしい。

 蓮が魂の痕跡を感じてないのに、どうやって活動してたんだ? 邪鬼が動けば、魂の痕跡で感知できるはずなのに。


「――!?」


 邪鬼が体に力を込めて、俺の手から脱出しようとした。

 こいつ……なんて力だ。さっきの無茶で感覚が鈍ってるとはいえ、全力で握ってるのに……力が押し返される!?


「うわっ!?」


 右腕を跳ね除けられた。

 邪鬼は俺に向き直り、目を細めて、俺の体を観察するように見てくる。


「貴様だったのか。鬼から外れた鬼の力を与えられた人間の魂というのは」

「……」


 鬼から外れた鬼。さっきの白髪も、同じことを言ってた。

 それが蓮のことなのは間違いない。

 そして蓮の力を奪おうとしてたんだ。

 弱ってる蓮の……。


「お前、蓮になにをした? なにをしようとしてた?」


 蓮の後ろの壁には叩きつけられたような跡がある。こいつに攻撃されたんだろう。


「……なにをした? なにをしようとしてた? 愚問だな。こいつをじわじわと痛ぶり、中にある力を奪おうとしていただけだ」

「……つまり?」

「殺そうしていただけだ」


 OK。

 それで充分だ。


 ――お前をぶっ飛ばす理由はな。


「お前、もう死ねよ」


 もう一度右腕を巨大化させる。自分へのダメージなんて知るか。硬質化させて、おもいっきりぶん殴る!


「――!?」


 俺の右腕が邪鬼の体を真芯に捉えた。でも、クリティカルヒットとはいかない。直前で衝撃を撃ちだして、俺の拳の勢いを殺しやがった。

 窓を突き破って外へと吹っ飛ぶ邪鬼。あー窓壊しちまった。まぁいいや。後で弁償しよう。


「ソラ……」

「蓮。ちょっと待ってろ。もうすぐ紅葉が鬼の細胞を持ってくる」


 その間に俺は……。


「俺はあいつをぶっ壊す」


 窓から身を乗り出すと、邪鬼は身を翻して吹っ飛んだ衝撃を殺し、民家の屋根に着地していた。逃がすか!


「うおぉぉぉっ!?」


 飛び降りながら、巨大化した右腕を振りかぶる。民家の屋根ごとぶっ壊しちまうかもしれないけど、今はそんなこと気にしていられない。手加減してられる相手じゃない。


「……お前は強いのか?」


 この前も聞いた台詞だ。今度は鮮明に。はっきりと。

 ……知るか!


「――くそ!?」


 俺の攻撃は邪鬼を捉えず、民家の屋根を掠めて瓦を吹っ飛ばしただけだった。

 あの野郎……またあの黒い穴で消えやがった。どこ行きやがった?

 ……まさか!? 蓮の所に!


「ハズレだ」

「!?」


 背後からの声に、振り返る――前に、背中に強い衝撃を受けた。


「ぐあっ!?」


 屋根を転がって、なんとか体勢を整える。危ねぇ……落ちるところだった。


「なかなか頑丈な体だな」


 衝撃を俺の背中に撃ち込みやがったな。

 そうだった。こいつは衝撃を作って撃ち込むのと、黒い穴でワープが能力だった。


「安心しろ。今はあの鬼の所に行くつもりはない」


 ……蓮のことか。そんなの信用すると思ってやがるのか?


「今は……お前の相手をするのが楽しいからな」


 でも、それが嘘じゃないとすぐにわかった。

 背中に感じる悪寒は気のせいじゃない。

 今までの子鬼たちとは比べ物にならない。殺気。

 こいつ……今まで殺気を抑えてやがったな。


 楽しんでやがる。戦いを。破壊を。


 こいつはなんとかしないと駄目だ。


「どっちにしろ行かせねぇよ!?」


 刀を生成して、さらに皮膚を上乗せして太刀へと作り変える。両手で握り締めて、邪鬼に向かって走る。


「ほう。やはりこの前よりも力の使い方に慣れているな」

「上から目線で話すんじゃねぇよ!」


 太刀を邪鬼めがけて一閃。肩から袈裟斬りして邪鬼の体は真っ二つ――


「上じゃないとでも思っているのか?」


 ――に、したつもりだった。

 俺の振り下ろした太刀は阻まれていた。

 邪鬼が手のひらから作り出した、禍々しい気を放つ、黒い剣に。


「ぐっ!?」


 力任せに押し返され、バランスを崩してまた屋根から落ちそうになったのをなんとか堪えた。

 硬質化の皮膚を上乗せした太刀だぞ……なんでこんなに簡単に弾かれるんだよ!

 それにあの黒い剣……あの色……俺の鬼狩の攻撃を防いだのを考えると、まさか!?


「気づいたようだな」


 鬼狩……なのか?


「そんな馬鹿な!? 鬼狩は邪鬼を倒すための武器だろ! なんで邪鬼が生成できるんだよ!」

「邪鬼を倒すための武器? 勘違いするな。鬼狩はその名の通り、鬼を狩るための武器だ。純粋な鬼だろうと邪鬼だろうと、鬼には変わりない」


 邪鬼だけじゃなくて、鬼なら全部、鬼狩の攻撃対象になるっていうのか?

 でも! だからってなんで邪鬼のこいつが……。


 それに……。

 鬼は、自分を殺すための武器を、自分で作り出してるってことなのか?


「魂を食べ、成長した邪鬼は、純粋な鬼のように、自らの鬼狩を生成することができる。鬼狩が、お前たちだけの特権だと思うな」

「……」


 純粋な鬼も、邪鬼も、鬼には変わりない。

 鬼狩は鬼を狩るための武器。

 そして、鬼にとって命のような物だ。


 ……こいつもそうなのか?


 鬼人にとって鬼狩は戦うための手段だけど、鬼にとっての鬼狩は……みんな同じなのか? 傷付けば、体へのダメージとなる。

 だったらあの剣を壊せば……。


「考えていることはわかるぞ。壊せるなら、壊してみろ」

「!?」


 一瞬で、俺の目の前まで移動してきた邪鬼。下段から上段へと一閃された剣を、太刀で受ける。


「邪鬼の弱点は、頭の角。しかし、鬼狩の生成を習得した邪鬼にとって、確かに鬼狩も弱点となる。鬼のようにな」


 こいつ、自分の弱点をべらべらと。

 俺には角も鬼狩も破壊できないと思ってやがるのか? この野郎……。


「だあぁぁぁ!?」


 太刀を力任せに振り抜いた。邪鬼を後ろに押し返して、そのまま追撃――しようとして、足を止める。

 邪鬼が手のひらをこっちに向けている。あの構えは、決まっている。


「――!?」


 金属同士がぶつかり合うような音が響いた。邪鬼の衝撃と、俺の皮膚がぶつかったんだ。


「……なに?」


 でも、俺は倒れない。

 さっきの音は、俺が皮膚全体を硬質化していたからだ。硬質化した皮膚に、邪鬼の衝撃は完全に弾かれた。

 腕を巨大化みたいに、皮膚と一緒に、俺の体自らも変化させるような使い方は、一度に二つの変化を使うと反動が大きい。巨大化して硬質化みたいにな。でも、硬質化を単体で使うなら、体への反動はほとんどないみたいだ。皮膚で生成した物をさらに硬質化するのも、俺の体とは関係ないから反動はない。それは刀から太刀への変化で実証済みだ。


「……なるほど。素晴らしい能力だ。さすがは、鬼から外れた鬼の力」

「お前……さっきからなに言ってんだよ! 鬼から外れた鬼の力ってのはなんなんだよ!」


 鬼か外れた鬼。

 それが蓮のことだってわかっているから、尚更冷静にはいられない。


「……なにも知らないのだな。お前は、あの鬼のことを」

「……?」

「まぁいい。今はどうでもいいことだ」


 邪鬼が剣を両手で持ち、構えて、切っ先を体の後ろへと引いた。そして――


「!?」


 素早く、俺に向かって振り抜いた。

 でも、切っ先は全く俺に届いていない。間合いの外も良いところだ。なのに、


「いっでっ!?」


 左肩を斬られた。しまった……硬質化を持続できてなかった。

 なんで、あんな離れてたのに、斬撃が届いたんだよ!


「驚くことはない。後ろを見てみろ」

「なっ!?」


 俺の後ろには、小さな黒い穴が開いていた。

 あいつ……まさか剣の刃を黒い穴で俺に届かせたのか? 斬撃の瞬間、俺にはわからないほどの一瞬で。能力と鬼狩を合わせた攻撃だ。鬼狩を生成できる邪鬼は戦闘の幅が広くなってる。手強い……。


「隙だらけだぞ」

「うがっ!?」


 左肩を斬られて動揺していた俺の胸に、衝撃が撃ち込まれた。

 吹っ飛んだ俺に、さらに、さらに、さらに、連続で衝撃が撃ち込まれる。


「うぐっ!? がはっ!?」


 なんとか途中で皮膚を硬質化して凌いでたけど、体は数十メートル吹っ飛ばされた。衝撃の嵐がやっと止んで、ダメージによろけながら着地した場所。そこは、


「……学校?」


 町の中にある公立高校の校庭だった。

 あ、ここ……俺が中学のとき、第一志望にした学校だ。落ちたけど。


「なんだあの人?」

「なにかの撮影?」

「特撮ヒーロー?」


 部活動中の高校生たちが、俺を見て群がってくる。確かに、俺の格好は人目を引く。傍から見たら中二病をこじらせた可哀想な大人……じゃなくて!


「お前ら! ここから離れろ!」


 巻き込んだら駄目だ! こんな人のいっぱいいる所、邪鬼にとっては良い餌場だ! 早くここから遠ざけないと!


「すいません。写真撮らせてもらってもいいですか?」

「うわ。これテレビ? 俺も映れるかな?」

「ピース。ピース」


 お前ら空気読め! どこに撮影用のカメラなんてあるんだよ! ピースしてる奴はどこにピースしてんの!? ああもう! つっこんでる場合じゃないのに!


「……うるさい場所だな」


 俺を追って、邪鬼が校庭に降りてきた。嫌悪の目を生徒たちに向けている。

 まるで、ゴミでも見ているかのように。

 こいつ……人間をなんだと思ってやがるんだ。


「掃除するか」

「!?」


 邪鬼が両手を上に向けた。この構えは……見たことがある。

 衝撃を複数固めて撃ちだすときの構えだ。見えないけど、衝撃はどんどん凝縮されてる。威力は単発の衝撃の比じゃない。

 あれを生徒たちに撃つ気かよ!? 人間が食らったらひとたまりもないぞ!


「鬼さんこちら! 手の鳴るほうへ!」


 生徒たちが居るのと逆の方向へ走りながら、手を叩く。注意をこっちに引き付けないと!


「――!?」


 邪鬼の目つきが変わった。

 手を叩いて挑発した俺を、見開いた赤目で射抜く。


「……その意味を知っていて、やっているのか?」

「は?」

「その音は邪鬼の鼓膜を強く刺激する。なによりも苦痛を感じさせる音だ。それをわかっていてやっているのか?」


 蓮は邪鬼が敏感な音に一番近いのが、手を叩く音だって言ってた。敏感って言うか、邪鬼にとって苦痛な音だったのか。

 だからなのか。

 こいつの、俺に対する殺気が強くなったのは。


「――うわっ!?」


 邪鬼が両手を振り下ろした。固めて凝縮された衝撃が、見えないけど迫って来るのがわかる。やっべぇ。注意を引くのに必至でどうやって防ぐか考えてなかった。考えろ……考えろ……。


 ――イチかバチか!


「だあぁぁぁ!」


 俺の鬼狩はイメージが大事だ。そのイメージで、黒い皮膚は形を作る。

 体中の皮膚がざわざわと蠢き、弾けて俺の周りへと飛び散った。飛び散った皮膚は俺を囲うように――壁を作る。

 まだだ! ここからさらに硬質化。完全な防御壁を作り出す!


「――ぐっ!?」


 俺の皮膚で作った防御壁と、衝撃がぶつかり合って、爆発音が響いた。防御壁は粉々に砕けたけど、なんとか防げた。とっさの判断だけど、うまくいった。


「へっ。ざまーみろ――」


 さっきまで前方にあった殺気を後方に感じて、振り向きざま、本能的に太刀で体を庇う。刃同士がぶつかる音が響いて、お互いに硬直する。邪鬼が俺を切り裂かんと、剣を振り下ろしていたんだ。こいつ……いつの間に。


「勘は良いようだな」

「――!?」


 周りの光景に、俺は言葉を失った。

 部活動中だった学校の生徒たちが……全員その場に座り込み、生気を失った顔をしている。これは……まさか……。


「お前……魂を食べやがったな!」

「うるさかったからな。お前が、俺の作った衝撃玉に気を取られている隙に、黙らせただけだ」


 衝撃玉? さっきの固めた衝撃のことか。くっそ……あれは囮だったのか。俺が注意を引きつけたつもりだったけど、逆に俺の目が生徒たちから遠ざけられていた。


「この野郎!」


 太刀を握り直して、力任せに連続で振り回す。でも、邪鬼には一太刀も当たらない。全部剣で防がれ、さらには、


「どうした? 隙だらけだぞ」


 鋭い反撃を受け、逆に俺が後ろへ押し返される。

 くそ!? 速い! 受けるだけで精一杯だ!


「ぐあっ!?」


 太刀が弾かれ、俺の手から離れる。バランスを崩して倒れた俺に、邪鬼が剣の切っ先を向けてくる。


「認めよう。お前の鬼の力は強い。だが……戦闘経験が浅すぎるな」


 動けない。少しでも動いたら、向けられた切っ先でそのまま額を貫かれそうだった。


「……気づいているか? 自分の力が普通ではないと」

「……?」


 普通じゃない? なにを言ってるんだ?


「鬼狩はただの武器だ。鬼に対して有効なダメージを与えるためのな」

「……なにが言いたいんだよ?」

「お前のように、鬼狩が武器としての役目以外に、特殊な能力を持つなど有り得ないのだ。生成する鬼の型によって、特性はあってもな」


 ……どういうことだ?

 有り得ないなんて言われても、実際に、俺の鬼狩はそういう能力で、やっと理解してきたところだ。皮膚が俺のイメージ通りの形を作って、攻撃にも防御にも使える。

 それが普通だと思っていた。でも言われてみれば……蓮も紅葉も、確かに鬼狩を武器として使うだけで、能力なんて使ってなかった。


「じゃあ……俺の力はなんなんだよ!? 鬼狩じゃないとでも言うのかよ!」

「そうだな」


 その、迷いのない肯定が。示していた。


「鬼から外れた鬼から力をもらった結果。生まれてしまった『間違った存在』だ」


 嘘ではないと。


 鬼狩じゃない……? 俺の力が……?

 じゃあ、なんなんだよ。この力は。


 俺は……なんなんだよ。


「考えたことがあるか? 自分が何になってしまったか。鬼から力をもらったことで、自分がどういう運命を背負ったか」


 自分が何になってしまったか?


「鬼から外れた鬼の力をもらった人間。それは鬼人などと言う、簡単な存在ではない。お前は、力をくれた鬼のことどころか、自分のことすら何もわかっていない」


 自分がどういう運命を背負ったか?


「騙されたんだよ。お前は。あの鬼に……地獄という存在に」


 ……。


 ……。


 ……。


 騙された? 蓮に? 蓮が俺を?


 騙した……?


『やっぱり、嫌だったかな? 鬼の力をもらって、邪鬼と戦うのなんて……』

『嫌もなにも、俺はもともと死んでる人間だからな。感謝ぐらいしないとバチが当たる。とことん付き合うよ』

『えへへ~』


『もし、私がやられちゃったら……すぐ逃げてね?』


『……ごめんねー。ソラを逃がす時間……稼げなかった……』


 ――ふざけんな!


「――ぐっ!?」


 お前こそ、蓮のことを何も知らないくせに。


「お前が蓮を語るんじゃねぇよ!」

「……地面を通して、俺の足元まで腕を伸ばしたのか」


 地面に右腕を刺して、巨大化させて地面を抉りながら、邪鬼を足元から鷲掴みにした。体で隠してたから、邪鬼には見えなかったはずだ。もう跳ね除けられないように、腕を硬質化して、握り締めた状態で固めた。逃げられるもんなら逃げてみろ。


「戦闘経験が浅すぎる? そんなもん、俺が一番わかってるんだよ」


 俺は自惚れていない。自分の未熟さなんてわかってる。

 わかってる上で、わかってるからこそ、俺はなんとかして、蓮の力になろうとした。

 ただの苦労人の社会人だった俺が……一度死んだ俺が、誰かの役に立ちたいなんて思えるようになったのは、蓮のおかげなんだ。


 生きるのに必至だった俺は、そんな存在がいなかったから。


「俺の背負った運命なんて知るか。そんなどうでもいい話で、俺を惑わそうとしても無駄だ」


 蓮は俺の恩人だ。

 蓮が俺に向けていた笑顔は、本物だ。蓮が俺を想ってくれた気持ちも、本物だ。


 だから、俺は蓮を信じる。


 俺の力がなんだろうと……蓮がなんだろうと……俺がなんだろうと……関係ない。


「俺は、蓮を傷付けたお前をぶっ壊す! それだけは変わらねぇよ!」


 邪鬼の体を貫くために、左手で握り締めた太刀を突き出した。


 ――瞬間だった。


「!?」


 突然、体から力が抜けた。立っていられず膝を付く。邪鬼を拘束していた腕も解除されてしまった。巨大化と硬質化の反動か……?

 いや、違う。腕だけじゃない。

 俺の体を覆っていた黒い皮膚が、解除されて無くなった。生身の姿をさらけ出す。


 しまった……鬼人化の時間切れだ……。


 鬼人化してからだいぶ時間が経つ。それに、大鬼からずっと戦闘しっぱなしだ。力を使いすぎた。体が……全く動かない。


「……そうか。鬼人が鬼の力を行使できる時間には制限があるんだったな」


 顔を上げる気力もない俺に、邪鬼がゆっくりと近づいてくる。手に持った剣を振りかぶっているのが、気配でわかる。

 それがわかっていても、俺は動けない。

 五感が麻痺している。自分の体がどうなっているのかわからない。

 わかるのは……。


「そろそろ死ぬか?」


 俺は殺される。ただ、それだけ。


 ……また死ぬのか? 俺は。


「ちょっとまった~」


 聞き覚えのある、緩い声。

 いや、覚えている以上に緩い声だった。


 ……蓮……?


 ふわり。と軽い身のこなしで、俺と邪鬼から少し離れた所に着地したのは……。


「そこまでそこまで~。君、ちょっとはしゃぎすぎじゃないのかな~。こんなに人前で暴れちゃってさ。邪鬼のくせに」


 蓮、なのか?

 いや、蓮には間違いない。でも……いつもと雰囲気が違う。

 頭にあるのは……角? 白い角がある。それに、小花のような紫色の目が、赤く染まっている。


 なんだ……?


 まるで、邪鬼みたいな姿だ。


「……貴様。鬼から外れた鬼の本体か?」


 邪鬼が俺から剣の切っ先を背けた。

 こいつの興味は、すでに俺にはない。新たな敵として、蓮だけを見ている。


「まぁボクをなんて呼ぼうがいいけどさ。一つだけいいかなー」


 ……ボク?

 蓮は……自分のことをボクなんて言わないぞ……。


 どうしちまったんだ? 蓮……。


「ソラに手を出すなら、その前に君を壊す」


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