プロローグ ―認識―
そんなに長くは続けない予定ですがずるずる書いてしまいそうです・・・。
文化祭用の短編だったり・・・。
飛行機が墜落して行くイメージ。最近、そんな夢をよく見る。そんな夢を見てしまった朝は全身にじっとりと汗がにじんでしまっている。例えば今日のように。こんな夢を見るようになったのは来週の修学旅行が楽しみな反面、初めての飛行機を怖がっているのかも知れない。うちの学校はいわゆる進学校というやつで、2年のちょうど夏と秋の間頃に行く修学旅行は海外研修だ。例年通り、行き先はハワイであり、渡航手段としてはもちろん飛行機を使う。海外へ行くのだから初めてのフライトにしては長時間になるだろう。僕はあまり怖がりな方ではないがそれでもやはり多少は不安にはなる。その心理が夢に現れているのではないだろうか。そう考えると納得もできる。
ひとしきり夢のことを考えたあと横目に時計を確認すると既に7時を回っていた。そろそろ支度を済ませて学校に向かったほうが良さそうだ。
僕の通う高校までは電車で4駅ほどだ。距離的にはそう遠くはないが近くもないだろう。今日も座席に座れなかった僕は暑さにため息を吐く。もう短い夏期休暇を終えてもうすぐひと月が経つのに暑さは一向に収まる気配がない。夏服で登校するのも暑いのにもうすぐ衣替えだというのはなんとも厄介な話だった。2駅目に電車が停まる。僕が立っている近くのドアのひとつとなりのドアから一人の女生徒が乗ってくる。彼女は同級生で同じ生徒会役員の梨紗だ。髪を長く伸ばしているが本人曰く邪魔なので切ってしまいたいとのこと。彼女はいつも決まって一つ隣のドアからこの電車に乗る。梨紗とは共通点が多く、よく話もするし共に過ごす時間も長い。それなら電車でも話しかけるのが自然なのかもしれないが、どうせ改札を出たところで会うのだから電車内ではお互いに話しかけたりはしないというのが暗黙の了解になっていた。
それから数分の後、僕らは改札の前でいつもどおりにおはようと言い合う。他愛もない話をしながら学校へ向かう途中、僕は微妙な違和感を感じた。その違和感の正体は結局分からなかった。僕は話題が途切れたタイミングでふと思い出した夢の話をすることにした。
「最近、飛行機が墜落するような夢をよく見るんだ。自分ではわかってなくてもやっぱり初めての飛行機に緊張してるのかなぁ」
それを聞いた梨紗は一瞬驚いたような表情をしたあと、少し俯いた。
「どうかしたの?」
「・・・ううん、なんでもない。最初は誰だって緊張するものよ。だって空を飛ぶんだもの」
梨紗は少し間をあけて答えた。その時の彼女は既にいつも通りだった。
それからはまた他愛もない会話を学校に着くまで続け、退屈で平凡な一日が始まった。
そして何もないまま放課後を迎えるはずだった。
―昼休み、一人の女子生徒が屋上から飛び降りた。
生徒はすぐに下校することになり、僕は梨紗と一緒に帰ることにした。なんとなく、一人で帰るのは嫌だった。飛び降りた生徒の詳細は女子生徒ということしか分かっていない。僕たちは二人で一緒に歩きながらも会話らしい会話はほとんどなかった。特に梨紗の方はひどく顔色が悪かった。
「大丈夫?」
僕は聞いたあとに少し後悔した。どこからどう見ても大丈夫じゃないだろ馬鹿と自分を罵ってやりたかった。でも僕にはこの状況に適した慰めの言葉は浮かばなかった。彼女はこちらをちらっとだけ見て頷いたが完全に上の空だった。それからは一言も言葉を交わすことはなかった。僕は歩く姿に全くというほど力を感じない彼女を家まで送ることにした。放っておいてはいけない気がしたからだ。そして彼女は家に入る寸前、こっちを振り返って小さく言った。
「ありがとう」
その週、結局梨紗は学校に来なかった。飛び下り自殺した生徒は隣のクラスの女子だと次の日にはわかった。もしかしたらその少女は梨紗の友達だったのかもしれない。修学旅行はもちろん中止になるかと思われた。しかし実際は延期にすらならなかった。それはまるで失われてしまった日常を取り繕おうとしているかのようでひどく滑稽に見えた。その後自殺の原因に関する調査が進められたが結局原因はわからないままだった。ただ、その日の朝、その女生徒は何かに追い詰められているようだったという証言があり、いじめや虐待などの線も推測されたがその可能性は極めて低いということだった。
悪夢のような一週間が終わり休日を挟み、修学旅行を翌日に控えた月曜日、梨紗はいつも通りのドアから電車に乗ってきた。少し元気がなさそうではあったが、先週に比べたらだいぶ顔色も良くなっていた。今までどおりを装いながら僕はなるべく冷静に話題を選びながら学校へと向かった。
そのまま校門の前まで来て異変に気づく。何台ものパトカーや救急車が校門のところに止まっていたのだ。僕は梨紗をその場に待たせて、そこへ走っていく。現状を確認しなければならないと思った。そして僕が耳にしたのはまたも僕たちの日常を壊すような言葉だった。
―また自殺だってよ
―今度は部室で集団自殺だって
―部室なのに生徒たちは同じ部活じゃないらしい
―また2年生の生徒が
それ以上の情報は聞くのも嫌になり梨紗のところに戻ろうとして彼女が既に近くで話を聞いていたことに気づく。彼女は前よりも一層顔色が悪くなっていた。僕は彼女の手を引いて逃げるように保健室へ連れて行った。
騒ぎの影響か保健室には養護教諭を含め誰もいなかった。その場に倒れそうになる梨紗を僕は慌てて僕は抱きとめる。そしてそのまま抱き寄せた。彼女を安心させるように強く抱きしめる。普段の僕ならこんなことはしないだろうし彼女だってこんなふうにおとなしくしてはいないだろう。でもなぜか僕はこうするべきだと思った。お互いの気持ちを確かめ合ったことなどないのに心が通じ合ってるような気がした。それは僕の思い込みかもしれなかったがなんとなくそうではない気がした。それからいくらかの時間を過ごした僕たちは寄り添うようにして家に帰った。
翌日。修学旅行は決行されることになった。こんなことがあったのにという声が多かったが、こんなことがあったからこそ生徒を学校から遠ざけようとしているのだろう。欠席は多いかもしれないと思っていたが驚くことにほとんどの生徒が出席だった。そして整列した生徒の中には梨紗の姿もちゃんとあった。その表情は何かを決心したかのような表情だった。彼女なりに今回の件を心の中で整理したのかもしれない。
僕たちは二人で並んで飛行機の席に座った。離陸は想像していたよりもスムーズだった。離陸から1時間が経った頃、梨紗は時計をチラチラ確認し始めた。そして突然僕の手を握った。僕はその手を握り返した。その直後だった。乱気流に飲まれた僕たちの乗った飛行機はそのまま墜落した。
僕はベッドの上で目を覚ます。汗がじっとりと滲んでいた。まるで悪い夢でも見ていたかのような気がする。そこまで考えて様々な記憶がフラッシュバックする。多数の生徒が自殺した記憶、保健室で梨紗を抱きしめた記憶、そして飛行機が墜落した記憶。そのほかにもたくさんの記憶が一気に思い出される。そして僕は気づいた。
―ああ、僕たちは飛行機墜落までの一週間をこんなにも繰り返していたのか。