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matataki

遠ざかる背中に

作者: 大橋 秀人

瞬くと、ヒロムは大口を開けて学食名物である巨大なホットドックを頬張っていた。

「もうちょっと遠慮して食べなよ」

 と言いながらマシロも同じようにガッつく。

「お前も一応、女なんだからさ」

 当然のように彼女の口の周りについたケチャップを親指で拭うと、ヒロムは遠慮なく笑った。

「なにそれ、あんた私のこと、女として見てくれてんの?」

「当たり前だろ? 昔から知ってるし、親戚のおばちゃんみたい」

 挑むような視線でした質問に彼は平気でそう応えた。

「親戚かい!」

 マシロはすかさずツッコミを入れる。

「そんでおばちゃんとは何事か。お姉さんと言え」

 そしてそう重ねた。

「そこも拾う? 細かなツッコミありがとう」

 パンをモリモリ咀嚼しながら彼は笑う。

 同学年の男友達はたくさんいるけど、こんなに自然に掛け合いが出来て面白く話が出来るのはヒロムしかいない。彼女はそう思う。同じ高校に通っていた三年間はお互いの存在を知っていたものの目立った交流がなかったのに、大学が偶然同じになると同郷意識からかすぐに意気投合して仲良くなった。大学が二年目に突入した今では異性ながら旧来の親友みたいな関係になり、なぜ高校時代に話をしてこなかったのかが度々ふたりの話題にのぼるほどだった。

「ねえ、傍からみるとお前ら絶対、付き合ってるように見えるよ?」

 二人を見つけた同期生の村田が言う。

「付き合ってねえし」

「ねえし」

 可笑しそうにヒロムはマシロの答えを重ねる。

「もう、紛らわしいから付き合っちゃえって」

 村田が軽く言っても、二人はお互いに笑って首を振る。

「お前らみたいのをまさしく、友達以上恋人未満って言うんだろうな」

 ニヤニヤして村田はそう言うが、そういうことでもない、とマシロは小さく応えた。

「友達以上恋人未満っていうのは、そもそもどちらかが恋愛感情か、もしくはそれに近いものを持っているときに成立するんじゃないの?」

 ヒロムは分かった風にいい、最後に残しておいたソーセージを一気に口の中へ放った。

「それって完全に恋愛感情ない宣言じゃん!」

「なにそれ、あった方が良かった?」

「あってくれても悪い気はしないって話」

 笑って応えてからマシロは苦いコーヒーを一息に飲み下した。

「こんなんじゃお前らがくっつくのはまずないな」

 二人の掛け合いを楽しんだ挙句、村田はこう結論付けた。


 大学に入り、友好関係の広いマシロには様々な方面からの誘いがあり、男性からのそれも無いわけではなかった。しかし特段惹かれる男が現れなかったので恋人を作るには至っていなかった。彼女は特別、恋人を作らないようにしていたわけではなかったので、恋愛事情の話題が上ると、自分でもどうして彼氏が出来ないのか時々だが疑問に思うことがあったのだった。

「いや、欲しくないわけじゃないのよ。むしろエブリタイムでウェルカムなんだけど」

 講義終わりに大学近くの居酒屋で彼女は声を大にしていた。

「とりあえずそのオヤジなギャグセンを直せよ」

「オヤジって言ったね」

 笑うヒロムをマシロは睨む。

「確かに私はオヤジ入ってる。でもまだ若いし、売れ残ってるとは思ってないんだけど、どう思う?」

 “売れ残り”のキーワードに爆笑するヒロムを見かねて村田が二人の間に割って入る。

「マシロちゃんはたぶん自分が思ってるほどイケてないわけじゃないとおもうよ。全然売れ残ってないし、むしろルックスはいいほうだと俺は思ってるし」

「村田君って案外、優しいのね」

「急に女の子っぽくすると却ってキモいからやめとけ」

 そう言ってヒロムは小気味のいい音を出してニンジンスティックを齧った。

「あんたは馬面だけどね」

「ニンジンだけに?」

「あら本当、お似合いだこと」

 マシロが食って掛かるとヒロムは面白がって馬みたいな食べ方をして見せた。

「お前らって本当にガキだよな。そのテンションには正直ついていけないわ」

 呆れて村田は二人に苦笑いを向ける。

「まあ確かに、俺がもし芸人になるなら、迷わずマシロを誘うと思うよ」

 急にまじめになってヒロムがそう言う。

「それって誉め言葉?」

「当たり前じゃん」

「なんか嬉しくないんだけど」

 そう言うと二人は見詰め合って、しばらくしてクツクツと笑いあった。


 普段は全く女扱いされていないマシロでも、帰り道はヒロムが何かにつけて送ってくれた。季節は春が終わり、夏に移り変わろうとしている。自宅へと続く河に沿ってイチョウの木が並び、マシロはその一本一本を通り抜ける夜の清々しい風を浴びながら帰るのが好きだった。

「もう風が暖かくなり始めてる」

 酔った勢いで息を大きく鼻で吸い込むと、近くの河の匂いや木々の匂いで胸が一杯になった。

 ヒロムは蛇行しながら歩くマシロの三歩あとにつけていた。

「なあ」

 振り向くと彼は立ち止まっていた。もう下宿先は目と鼻の先だった。

「俺たち、親友だよな」

 ヒロムは音のしない河のほうを見やりながらそう言った。

「これからも、親友でいてくれるよな」

 酔っていたマシロは彼の元まで戻り、その肩を三度叩いた。

「当たり前だろ、何言ってんだい」

 そして勢いのままヒロムの胸に倒れこんだ。

「相当酔ってるな」

 彼は彼女を支えつつ苦笑いする。マシロは、おう、とだけ応える。

「前、俺はお前のことが好きだった」

 マシロは彼の思いがけない胸の厚みの感触に困惑しながら、その言葉を聞いた。

「でも、お前にその気がないってわかったから諦めた」

 彼女をやさしく引き離しながらヒロムは続けた。

「お前は親友だから言うけど、俺、彼女が出来たんだ」

 彼の一言に驚いて、マシロはヒロムを見上げた。

「真っ先にお前に伝えなくちゃって思ってたから、言えてよかったよ」

 状況がいまいちよく理解できないままマシロは再び、おう、とだけ応える。

「俺はお前のこと、本当の親友だって思ってる。男と女ではあるけど、それを乗り越える存在もあるのかななんて最近は思えてきたんだ」

 彼は、じゃあここで、と言ってマシロを取り残した。

「今度飲むときは、彼女がどんな子か教えてやるよ」

 そう言ってヒロムは笑ったが、彼女にはその表情が窺えなかった。

 またな、と言ってヒロムは足早に来た道を引き返していった。

 遠ざかっていく彼の背中を追いながら、マシロは自分がヒロムのことをずっと好きだったのだとこのとき初めて気付いたのだった。

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