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2.据え膳食わぬはジェントルメンの恥

 就業をつげるチャイムが校内に鳴り響いている。ホームルームが終わり、生徒たちは三々五々になって放課後どうするか話しているようだ。

 始業式でほぼ授業という授業がなかった為、楽に過ごせる日のはずだったが大介は気が気ではなかった。

 何故かって?

 「大介、今からどうするの」

 サトシはあの手紙が気になっているらしく、授業が終わるなり俺に声をかけてきた。 

 「体育倉庫に行く」

 少し控えめだけど、可愛くて背の低い女の子から手紙を貰った。これを何を意味するかなんて、小学生でもわかるだろう。

 「おっ、決闘か。手加減してやれよ」

 ――とても聞こえが悪い事をいうじゃないかサトシ君。 

 「もっかい言っておくけど、不良じゃないから。ジェントルメンだって寝坊するときはある、そうだろう?」

 俺は両手を広げてサトシに語りかけてやる。うん、何も間違ってない。

 「大介のこと親友だと思ってるけど、女の子を襲ったりするのは止め」

 「おーっとそれ以上言うと、ジェントルメンだって堪忍袋の緒が切れちゃうよ」

 「ジェントルメンって心が狭いのな」

 「マレーシアに行くときはせいぜい注意しとくんだな」

 「なんでまた」

 サトシの疑問が浮かぶ顔を見て、俺はふふんと鼻を鳴らす。

 「カバンに白い粉を入れとく」

 「一発で死刑だな!そして陰湿!」

 「ジェントルメンは自分の手を汚さないのさ」

 「紳士ってなんだろな……あ、やべっ」

 チャイムが二つ鳴り、帰宅の時間を告げる。部活動に籍をおいている者は今から練習が始まるらしく、サトシは荷物を持って教室の扉に手をかけた。

 「大介、ほどほどにな!」

 「うるせえよ、部活頑張ってこいよ!」

 手をひらひらと振って扉からフェードアウトしたサトシを見て、大介は机に両手をついた。

 「さぁて、そろそろ行きますか」

 ゆっくりと腰を上げて、決戦の場に行くことにする。

 ジェントルメンは焦らないのだ。



 ◇◆◇◆◇◆



 校舎裏を体育館倉庫へと日向と日陰の間を縫うようにして歩いて行く。

外に出てみれば春もうららか陽気で、思わず昼寝したくなる気候である。

 「日が高いとはいえ、日陰に来てみると流石に寒いなあ」

 しかし校舎裏は日が当たらないからか、まだまだ寒い。

 大介が呟くと、応えるように突風が背中をぐっと押す。両肩をすくめ、上着をおいてきた五分前の自分を恨んだ。

 「いやいや、こんな顔しているからだめなんだ。普通に普通に」

 眉間に寄ったしわを、人差し指でなぞる。

 そうこうしているうちに、年季の入った小さい建物――女の子に指定された場所へとついてしまった。

 しかし辺りを見回してみても、あの女の子がいる気配がない。

 というか、ここはもうあまり使われていなく、体育祭など大きいイベントの時ぐらいしか出入りしない所だったので人の気配すらない。

 「これは、もしかして」

 悪戯だったのか、と口走った声は目の前の重厚な扉が開く音にかき消された。

 「せんぱいっ!来てくれたんですね!」

 現れたのは、今朝手紙を渡してくれた女の子だった。心なしか先ほど見た時と違い、奇妙なまでに目をらんらんと輝かせてこちらを見ている。

 「お、おう」

 あの手紙を渡してきた時とイメージが違うのに驚き、生返事を返してしまった。

 「準備は出来ていますので早く入って下さい!見つかると困りますので」

 女の子は俺の背後に周り、さぁさぁと背中をぐっと押される。

 準備?準備ってなんだ?と聞こうとするも、ぐいぐいと扉へと押されてしまう。

 その勢いとテンションに蹴落とされ、大介はなすがままに倉庫の中に押し込まれてしまった。



 ◇◆◇◆◇◆



 あれよあれよというまに、倉庫の中に入れられてしまうと間髪入れずに後ろから扉を動かす音が聞こえる。

 ガチャリ。

 「えっ」

 思わず驚きが口から漏れた。

 「せんぱい、ごめんなさい」

 まて、この状況。もしかして、袋叩きじゃないだろうな。そう思い周りを見渡しても真っ暗でよく見えない。

 ただこの倉庫は結構広くて、体育で使う用具がそこかしこにある。

 跳び箱、ラインをコロコロ引くやつ、玉入れに使うカゴ。奥の方をみればまだまだいっぱいありそうだが、いかんせん暗くて見えにくい。

 光源といえば西日がさす小さな窓だけだった。照らされているのはその先にあるものは……マット。

 器械体操に使われるマットレスが一枚、ご丁寧に足元に引いてある。

 「せんぱい……こんなところに呼び出してごめんなさい」

 振り返ると、閉ざされた扉の前に暗くて見えにくいが彼女の気配と声が聞こえる。

 「わたし、初めてなんです」

 目を凝らして見てみると、女の子はスカートを履いているものの、半裸の姿でそこにいた。半裸で。

 「はっ!?」

 状況が飲み込めない。よくよく見ても上半身は肌色で、胸を両の手を組んで隠しているが扇情的な姿でそこにいることには変わりがない。

 ゴクリと生唾を飲む。女子特有の柔らかそうな白い肌に、隠してはいるが、しっかりと実った双丘のラインの先にある紅梅色の――。

 心の臓が、内側から叩くように痛い。

 女の子は、ゆっくりと歩を進めて俺の胸にしなだれかかってきたので思わず抱きとめた。

 柔肌はいつまでも触っていたい程やわっこくて、胸にふにゃりと柔らかいものが――。

 「せんぱいになら、いいかなって思ったんです」

 眼前にいる半裸の女の子は、熱っぽく潤んだ二つの眼でこちらを見上げている。

 ――この状況はなんなんだ?据え膳食わぬは男の恥ってやつなのか?

 「えっ、何がいいの?」

 「もう、こんなことまで言わせるなんて。せんぱいって意地悪なんですね」

 「意地悪もなんもこの状況はよくわかんねえよ」

 「優しくしてくださいね?」

 「えっ」

 優しく――。

 大介は、はっとして背後をみた。ご丁寧にしかれたマットレスに、この閉ざされた空間。

 これが、自分に到来した春なのか。まさに青春、ならぬ性春。

 据え膳食わぬは男の恥。なんて言葉が思い浮かんだ。

 これは行くべきか、行かざるべきか。

 いささかドラマティック過ぎやしないか、それに自分も初めてなのでちゃんと出来るか。財布にアレがあったっけ――。

 脳内に様々な憶測が巡る、この時点で大介の頭の中はこの異常な状況に麻痺してしまっていた。

 その憶測も、彼女の一言で全てを消し去ってしまう。

 「せんぱい、私を――」

 大介を見上げて、彼女は希う。

 「めちゃくちゃにしてください。いっぱい犯してください」

 そう言い放つと、ふいに大介の口唇に暖かいものが押し付けられる。

 「んっ!?」

 視界を彼女で覆われる、頬を赤らめ目をつむっている彼女はいささか震えているようだ。

 あ、女の子とキスしてるんだ――

 認識すると、たちまち脳内に甘いしびれが走る。

 ふわりと薫る女の子の特有の匂いに、大介はくらりとしてしまう。

 身体が熱い、心拍数が加速していく――。

 図らずも、ゆっくりとお互いは離れていく。

 「えへへ、わたしのひとつめの初めてをあげちゃいました」

 えっ、ぼくもそうですよ。なんて言えるわけもなく。

 「あ、ありがとう?」

 「せんぱいって優しいんですね、もっと激しい方なのかと思っていました」

 「そりゃ、ジェントルメンだから」

 あっ、今訳わからんこと言っちゃった。

 「イメージとは違いますね……」

 今、なにげに失礼な事言われた?

 「もっと、乱暴にしていいんですよ?」

 「そんなこと……」

 「いいんです、めちゃくちゃにしてほしいんです」

 だから――。

 ぎゅっと彼女はつよく抱きしめて。

 「私のはじめても奪って下さい。せんぱいじゃないといけないんです」

 大介の耳元で甘く囁いた。



 ◇◆◇◆◇◆



 「ちょっ、ちょっとまて!」

 大介は抱きしめる彼女の肩を持ち、ぐいっと引き剥がす。

 「ちょっとまってくれ、わかった。みっつだけ質問させてくれ」

 彼女は小首を傾げて、あぁと思い出したかのようなリアクションで。

 「私は、大島ハルっていいます」

 よろしくお願いしますといい、ぺこりと頭を下げた。

 「お、おう。大島さんね」

 「ハルでいいですよ、せんぱい」

 「わかった、じゃあハル。ハルは俺が好意を持ってなくてもこんなことするのか?」

 「いいんです」

 即答かよ。

 「お、そうか……」

 いいのか?良くない気もするけど。なんて思いつつも一番肝心なのは最後の質問だった。

 「ハルは、俺のことが好きなのか?」

 「いいえ?」

 「そうだよなぁ、えっ?」

 「むしろ嫌いなタイプです」

 「ええええ!?」

 お笑い芸人のように思わず二度見してしまった。

 「ちょっ、ちょっとまってくれ」

 「なんでしょう?」

 「普通は好きな人とするもんじゃないのか、それともそんな願望が……」

 「やむを得ない事情がありまして……」

 彼女は困ったような顔をしてこちらを見ている。

 「それに、神谷せんぱいは襲った女は数知れずだって」

 「まて、それは違うぞ。俺は一度たりともそんなことはしたことない」

 つーかどこで聞いたんだその話。

 「えっ、じゃあただの普通の人じゃないですか」

 「俺をなんだと思ってたんだ」

 「悪行の限りを尽くした不良の頂点……ですかね?」

 「やかましいわ!!」

 彼女は肩を震わせている……言い過ぎたか。

 「こんなつもりじゃなかった」

 「は?」

 「私のファーストキスを奪っておいて普通の人?冗談じゃないわ!!」

 むしろ奪われた側です。

 「こっの、変態!!」

 パァンと、乾いた音が空間に響き渡ると、頬がじんと熱くなる。

 思いっきり平手打ちを食らって思わずよろめいてしまう。

 ハルから胸をどん、と押されるとバランスを崩してマットにたおれこんでしまった。

 「金輪際近づかないで」

 捨て台詞を吐いたハルは何処からか用意したパーカーを着て、さっさと倉庫から出て行ってしまう。

 まるで嵐が横暴の限りを尽くして過ぎ去っていったかのような状況に、大介はただ呆然としている。

 残ったのは、平手打ちされた頬の痛みだけだった。



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