(9)
後ろから俺の名前を呼ぶ井上の声が聞える。
何度も何度も呼ぶ。他の人に好きだと言ったその声で。
俺は構わず走り続けた。どこへ向かうわけでもなく、ただひたすらに走った。
自分の足が遅いのは分かっていた。
井上が追い付くのに時間は掛からなかった。
全力で走ったのは久しぶりで、足がもつれてつまずきそうになる。
その瞬間、手を強く引かれたと思ったら、いつの間にか俺は井上の腕の中にいた。
「大丈夫か?」
「……ハァ、ハァ、なんで、俺なんか…追って来たんだよ。ダメだろ…彼女、ほったらかしにしたら」
息が切れて上手く話すことが出来ない。
心臓がバクバクと激しく音を立てていた。それは、全力で走ったからということもあるが、今の自分の状況がその音を更に大きくさせた。
井上の顔が近い。つまずきそうになって、井上に助けられたのはいいが、そのまま抱きしめた彼の腕は俺から離れようとはしなかった。
「彼女?あの子なら断ったよ。それより、泣きそうな顔して走ってく好きな奴…ほっとけるわけないだろ」
「ことわった?え、だって、今日好きな子に告白するって……待って、好きな奴って…」
井上の言葉の意味が理解出来ないほど、頭の中は真っ白だった。
「好きだ、幸太。お前が俺のこと嫌いでも俺は幸太のことずっと好きだよ」
抱きしめる腕に力が加わる。
必死に堪えていた涙が溢れ、頬を伝った。
先程見たのが、彼女に告白していたわけではないと分かった安心感と、夢でも見ているのではないかという不安が入り交じる。
嫌いだなんて思うはずがない。
あれほど自分は、彼に抱いてしまった感情を押し殺そうとしていた。叶うはずもないと思っていた。
それなのに、井上は俺のことを好きだといった。
嬉しさで涙が止まらなかった。
「幸太…一回だけ、キス…していい?」
「…いやだ」
「だよな。男となんて気持ち悪いだけだもんな、ごめん…」
「違う…俺も、いの…っ…、誠のこと…好き。だから……一回だけなんて、言うなよ」
行き場に困っていた自分の腕を彼の背中にまわした。
「後悔しても知らないからな」
触れ合う唇。初めて経験するそれは、全身の力が抜け落ちそうになるほど、チョコレートより甘く、とろけるようなキスだった。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
佐藤と井上は廊下で堂々とイチャイチャしてることになってしまいました(笑)
一応、イメージは人通りのほとんどない廊下です。
バレンタインデーに廊下で…まぁ、見られながらというのも悪くないですね!
本編は完結となりますが、
大人の事情というやつで、続編か番外編をムーンの方で書きたいと思ってます。
もしよろしければ、そちらもよろしくお願いします。