(5)
バレンタインデー当日。
教室に入ると、すでに井上の姿がそこにあった。
彼の周囲は小さな箱や袋を手にした女子たちで賑わっていた。それを見ていた俺の存在に気づいたのか井上がこちらへ歩いてくる。彼の両手は今しがた貰ったのであろうチョコレートでいっぱいになっていた。
「おはよ」
俺に話しかける井上の態度は普段通りだった。
「おはよー。朝からそのチョコの量ってすごいな」
「そうなんだよ。去年はそんなでもなかったのに」
井上は笑ってそう言った。その後に、今日は一緒に帰りたいから何があっても待っててと念入りに言われた。
いつもは約束しなくても一緒に帰っている、それなのにどういうことなのだろう。
何があってもという言葉も意味深に感じた。
井上は、今日好きな人に告白する。
井上に告白されて断る人はいないと思う。ましてや、手作りのチョコレートをもらうのだ、断られる確率の方が低いだろう。
仮に、付き合うことになって、その子と一緒に帰るという可能性はないのだろうか。
井上の恋を応援すると決めたはずが、モヤモヤした気持ちばかりが増していく。
俺が女だったらこの想いを隠すことなく告白できただろう、そんなことを思ってしまうほど嫉妬していた。