さあ、帰ろう
「そんな格好でなにしてるんですか!あんたは!?馬鹿なの?ねえ馬鹿なんですか!?ここは迷宮の70階層、魔界みたいな処で裸で何してるんですか!?」
慌てて俺は起き上がる。
何せ寝転がっているこの体勢では、姫の裸を俺が下から覗き込むようなことになってしまう。
「ん?何ってほら別に裸じゃないし」
そう言って羽織っているだけの状態になっている着物の襟を上げて主張する。
姫が着ている着物は、俺が前世の記憶を元に仕立て屋に作らせたものだ。
姫の15歳の誕生日(俺は当時5歳、王宮に来た歳)から、毎年2着づつ送っている物の一つだ。
今着ているのは、艶やかな鳳凰の刺繍が織り込んだもので、作らせるにも半年はかかるという代物だ。
「この着物というドレスは、東洋の島国で姫のように刀を使うものが正装として着ているのです」と、教えると。
大層気に入り、普段はドレスだが、剣を振るわねばならないときには必ずこれを着るようになった。
ただ、その着物も腰帯をはずし、前を完全に肌蹴てしまっていては裸も同然。
「てか、何で下着着けてないんですか!?」
「前にお前が東洋では下着付けないのが普通だって……」
「いや、だからそれは向こうの文化で、下着無かったからで、こっちでは着けてくださいって言ったでしょう!それに腰帯はどうしたんですか!?」
姫の指がおもむろに俺の手の方を指す。
俺は指された自分の右手を見て納得した。
先程何かロープのようなものがものが飛んできて、まだ掴んだままだった俺の右手には、しっかりと姫の腰帯が握られていた。
当然反対側は姫が握っている。
一瞬の沈黙の後、
「すいませんでした~~~!」
俺はその場で心の底から土下座した。
俺はあらためて姫の腰帯を付け直す。
そこは姫様、普段メイドが全てやってくれるとのことで、「脱いだはいいが自分で帯を巻くことが出来ない」と言うから仕方なくだ。
「さあ、出来ましたよ」
「うむ、すまないな」
帯を巻きながら気がついたのだが、この人返り血を浴びてないよ!?
前回切れたのは半年ほど前になるが、その時はまだ少しは返り血を浴びていたはずだ。
たった半年でさらに強くなってる?
70階層まで来てBOSSも倒して、傷を負うどころか返り血も浴びてないなんて、どんだけ化け物なんだこの人……。
俺は自分が少なからず強者に入ると思っている。
恐らく8歳にしてドラゴンでも勝てるんじゃないかな。
ファミリアーと身体能力強化以外、魔法なんて殆ど覚えていないが……。
でも、この人とだけは戦いたくない。
そう思わせるくらい、この人を敵にしたら怖い。
この人の前では俺は、唯の魔力があるだけの8歳のガキに戻った気がする。
まあ、端から見たら明らかに姫と小間使いに見えるんだろうが……。
だから俺はこの人とは絶対に敵対はしない。
あくまでも友好関係を常に維持したいと思っている。
「というわけで帰るぞゴリラ、あ、じゃなかった姫」
「……ほう、いい度胸だ」
スラリと夜桜を抜いて構える姫。
「すいません、すいません。つい心の声が。もう、本当に勘弁してくださいよ~」
この後なんとか説得し、姫と帰ることになった。