夢遥か
暗いの。
昏いの。
ここには誰もいない。
仲間とは、いつの間にか逸れてしまった。
私は、この深海で独りぼっち。
■ ■ ■
「また、空見てる」
緑色の髪の人魚、双子の兄のリールが下から見上げて来る。
「空は好き。明るいから」
「俺も好きだよ。でも、あんまり海面に出ちゃいけないんだって」
ちゃぷん、とリールも海面に顔を出した。
遠くに黄金色の月が輝いている。
「フォンテは危機感が無さ過ぎる」
「…かもね」
「お前、今も信じてるんだろ?」
運命の人なんて、そんなの居る訳ない。
リールは何度もそう言った。
僕は、
「きっといるよ…」
そう言う事しかできない。
■ ■ ■
「足が欲しいんですかぁ?」
「うん…ダメかな?」
「人間になるには、大きな代償が要りますよぉ」
彼女はエテルネル。
深海に住む魔女。
この人に頼めば、僕は陸に上がれる。
「…そんなに上がりたいんですかぁ?」
理解できないという様な目だ。
うん、僕にも分んない。
でも、僕はいきたいんだ。
「………はぁ。いいですよぉ」
「本当!?」
「けど、代償を頂きます」
遥か昔の人魚の姫は、足をもらう代わりに声を差し出した。
僕は一体、何を差し出せばいいんだろう。
「なぁに。あなたがその“運命の人”とやらに会えれば、ちゃんと手に入るものですぅ」
「何を、見つければいいの…?」
『赤い果実』
赤い果実…
なんだろう、それは。
「ほら、これを飲むがいいですぅ」
淡い緑色の小瓶。
中には透明なシロップの様なものが入っている。
「代償は、数年後。頂きに上がりますぅ」
そう言って、彼女は珊瑚と宝玉で作った御簾を下ろしてしまった。
仕方ないから、僕は一度頭を下げてそれから海上へ急ぐ。
早く早く。
そう思っていたから。
海が騒いでいるのに気が付かなかった。
■ ■ ■
「ああ…愉快、ですねぇ」
楽しそうな言葉。
悲しそうな口調。
「彼は、意味もわからず契約してしまいましたねぇ…」
『赤い果実』
それが何を意味するかも知らず。
ああ、数年後が楽しみだ。