【短編018】 人生サブスク
本作は、他人の人生を体験できるサブスクリプションサービス「LifeSwitch」を題材にした短編SFです。
静かな違和感と、少しずつ変質していく自己認識をテーマにしています。
削除申請は、月曜の朝に届く。
瑞穂は、先週フラグが立ったレビューをリストで受け取る。誹謗中傷、個人情報、スパム疑い。それぞれ判定理由がついている。確認して、削除して、完了にする。それが瑞穂の仕事の、一部だった。
サービス名は「LifeSwitch」。月額九百八十円で、他人の人生を二十四時間体験できる。登録者は現在、全国で四百万人を超えていた。
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最初にそのレビューを見たのは、十月の終わりだった。
スパム疑いのフラグがついていた。
内容はこうだった。
*自分の人生に戻れない気がしています*
一行だけだった。評価は星なし。ユーザー名は、ランダムな英数字だった。
瑞穂はしばらくそれを読んだ。
削除理由として「意味不明」は使えない。スパムにも該当しない。規約違反なし。
保留にして、次へ進んだ。
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翌週、同じような書き込みが三件あった。
*いつのまにか、あの人の声で考えています*
*もう私のことが、うまく思い出せません*
*何かが薄くなっています*
いずれも一行か二行。ユーザー名はいずれも違う。フラグの理由は「不審なレビュー」だった。
瑞穂は上長の安田に報告した。
「規約違反ではないですよね」
「ないです」
「じゃあ保留で」
それだけだった。
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十一月に入ると、増えた。
週に十件、二十件。内容は似ていたが、言葉はそれぞれ違った。
*どちらが本物か、考えるのをやめました*
*帰り方を、探しています*
*誰かの目で見た景色が、自分の記憶に混ざっています*
瑞穂はスプレッドシートに起こし始めた。
日付、ユーザーID、文面。
並べると、何かが見えるかもしれないと思った。
見えなかった。
ただ、数が増えた。
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ある朝、ハルが膝に乗った。
三歳の薄灰色の猫で、瑞穂が一人暮らしを始めた年に拾った。
ハルはいつも、瑞穂が長く画面を見ていると来た。
画面を見るのをやめろ、ということなのか、それとも別の何かなのか、瑞穂にはわからなかった。
膝の上で、ハルは目を細めた。
瑞穂はスプレッドシートを閉じた。
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十一月の中旬に、運営チームでミーティングがあった。
「戻れない」系レビューの対応について、議題に上がった。
エンジニアの中村が言った。
「機能的には問題ないです。体験中も脳波は正常範囲。生体センサーは全部グリーンです」
マーケの石田が言った。
「むしろこれ、バズってますよね。SNSでスクショされてる。怖い系で話題になってる。悪くないと思いますけど」
安田が言った。
「削除しなくていいってことで。変なこと書いてくれる人は放置。話題になるなら利用しよう」
ミーティングは十五分で終わった。
帰り際、安田が言った。
「ところで俺、先週また使ったんだけど。今回で三十回超えた。ほんといいサービスだよ、本当に」
瑞穂は「本当に」が二回あったことに気づいたが、言わなかった。
安田はそのまま廊下を歩いて、自分の席とは反対方向に曲がった。三秒後に戻ってきた。何も言わなかった。
瑞穂はメモを取りながら、手が少し止まった。
止まったことに気づいたが、理由がうまく言葉にならなかった。
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その夜、瑞穂はLifeSwitchを使った。
業務確認のため、社員は無料で使える。今日で四回目だった。
選んだのは、四十代の男性の人生だった。理由はない。ランダムを押した。
起動すると、知らない天井があった。
換気扇の音。かすかな油の匂い。どこかの台所だった。
二十四時間が、流れた。
終了して、目を開けた。
自分の部屋だった。
白い天井。ハルが枕元にいた。
瑞穂はしばらく動かなかった。
自分の部屋だ、とわかっていた。
わかっていたが、少しだけ、手続きが必要だった。
ここに戻るための、小さな手続きが。
一分もかからなかった。
だが、その一分が、以前はなかった。
それから数日、ふとした瞬間に、換気扇の音と油の匂いが戻ってきた。台所の、あの湿った空気が。懐かしい、という言葉が浮かんで、瑞穂はそれを打ち消した。
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十二月の最初の週、レビューの数は百件を超えた。
内容が変わっていた。
*その人の好きな曲が、頭から離れません。私が好きだったものが、もうわかりません*
*使うたびに、戻るのが遅くなっています。これは正常ですか*
*先週、鏡を見て、一秒だけ他人の顔だと思いました*
瑞穂はスプレッドシートに追加した。
列が増えた。「体験回数」の列を作った。
確認できる範囲で、使用回数を拾った。
戻れない系レビューを書いたユーザーの、平均体験回数は十七回だった。
全ユーザー平均は四・三回だった。
瑞穂は数字を見た。
しばらく見た。
それから、自分の使用回数を確認した。
四回だった。
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安田に報告した。
「使用回数と、戻れない系レビューに相関があります」
安田は一瞬、瑞穂の顔を見た。何かを思い出すような間があってから、言った。
「そう」
「何か、確認した方がいいんじゃないでしょうか」
「中村に聞いたよ。生体データは問題ない。心理的な慣れの問題じゃないかって」
「慣れ、ですか」
「旅行から帰った後みたいなもんだって。しばらくすれば戻るって」
瑞穂は「しばらくすれば」という言葉を聞いた。
「戻った人のレビューは、あるんですか」
安田は少し止まった。
その間が、少し長かった。
「……調べてないな」
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調べた。
戻れない系レビューを書いたユーザーIDと、その後の利用履歴を照合した。
百三件中、九十一件が、レビューを書いた後もサービスを使い続けていた。
やめたユーザーは、十二件。
その十二件が、その後どうなったか、サービス側には知る方法がなかった。
瑞穂はしばらくそこで止まった。
ハルが足元に来た。
鳴かなかった。ただ、来た。
瑞穂は画面を閉じなかった。
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十二月の下旬、もう一つ気になることがあった。
レビューの言葉が、似てきていた。
最初はバラバラだった。体験した人生も、感じたことも、言い方も、それぞれ違っていた。それが十二月に入ってから、少しずつ、同じ言い回しが増えた。
*ここが本物です*
その一文が、四件あった。投稿日はそれぞれ違う。ユーザーIDも違う。体験した人生も、おそらく違う。
それでも、同じ一文だった。
瑞穂はその四件を並べた。
何かを書こうとして、やめた。
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年末に、もう一件届いた。
評価は星五つ。
文面はこうだった。
*ここが本物です*
五件目だった。
ユーザーIDを確認した。
体験回数は、四十三回だった。直近三十日の使用ログを見ると、このユーザーは一度もサービスを終了していなかった。
起動したまま、三十日が経っていた。
プロフィール欄には、一行だけ書いてあった。職業:無職。以前:会社員。
体験履歴を見ると、四十三回すべて、同じIDの人生だった。
瑞穂はそのレビューを、保留にした。
削除はしなかった。
理由は、書けなかった。
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年が明けた。
瑞穂の使用回数は、いつの間にか八回になっていた。
業務確認は、四回で十分だった。
五回目以降は、理由をつけるのをやめた。
七回目と八回目の間に何日あったか、思い出せなかった。
ハルが膝に乗った。
重かった。温かかった。
知っている重さだった。
瑞穂はハルを見た。
知っている顔だった。
少し確認が必要だった。
ほんの少し、だった。
お読みいただきありがとうございます。
「他人の人生を体験する」という設定から、もし自分がその中にいたら何が起きるのかを考えながら書きました。
少しでも不思議な余韻が残れば嬉しいです。




