プロローグ
見雪貴遊における生活というものは、ごくごく平凡なモノであった。
毎日毎日学園へと行き、毎日毎日勉強している人間だった。
クラスに必ず1人はいるであろう地味で目立たない人間であった。
「空ってなんでこんなにも青いんだろう。その青さをボクに分けてくれないだろうか・・・」
地味で目立たない少年は自殺を考えていた。
理由は至ってシンプルだ。
イジメられたからだ。
地味で目立たないのがステータスの1つとなってしまった。
いわゆる空気という奴なのだろう。
空気。
いじめには理由がいると思うか?
理由などは存在しない。
ただKYがっ…と言われて殴られただけだ。
ホンの少しの短い時間を。
見雪貴遊にとっては、今までに起きてこなかったことだから、わけがわからなかったのだ。
なぜ殴られている?
なぜかつあげされている?
なぜ罵倒されている?
見雪貴遊は足りない頭で考えた。
KYだからか?
なら目立てば、大丈夫なのだと思った。
そして、考えついたのが自害だった。
「海はどうして海なのか、ボクには到底理解できないや・・・」
学園のみんなが居なくなる頃合いを見計らって、屋上へと向かった。
この時間なら、大勢の人間には迷惑が掛からず、小さな事件として扱われるだけだろう。
今まで育ててきたお母さん、お父さん、そしてポチ。
今までありがとう。
隣の吾郎さん。
ボクも、今からそっちに向かうからね…
また遊んでくれるかな…
見雪貴遊は、一歩一歩足を進めて、フェンスを乗り越えた。
フェンスを意図も簡単に乗り越えられるのなら、悩める子羊は間違いを犯してしまうんじゃないだろうか…
どーでも良いことを考えながら靴を脱いだ。
最後だというのに靴が揃っていないのは、ノーマルがイヤだったから。
「典型的だな…ある意味、空気を読んでいないな」
屋上から見る景色は絶景だった。
普段は感じれない非日常を目の当たりにしている気分だ。
歩を進めるだけで、体のバランスは崩れる。
死はそこある。
難しいことではない。
ベリーイージーだ。
しかし、体は拒絶していた。
心はすでに決まっていたが、体は動かない。
どうしても震えてしまうのだ。
「クソっ……クソっ…」
こんな簡単なことができない。
「クソっ……クソっ…」
何度も試みた。
しかし、結果が変わることはなかった。
動かない体と動きたい心がある。
決着は――今度つけよう。
そう思い見雪貴遊は、靴を履くことにした。
「今が無理でも、未来のボクは夢を叶えているはずだ。ネヴァーギブアップ…」
そう思い校舎に戻ろうとした。
「あら、諦めるのかしら?つまんないわね」
「えっ?」
――そこに見知らぬ女性が立っていた。
「催し物は終了してしてしまったのかしら?せっかく良いものが見れると思って来たのに残念だわ」
「………」
見知らぬ女性が立っていた。
大事なことなので2回言う。
黒く長い髪をした、ここの学園の制服を着ている生徒だった。
見たことはなかったが、素直に――綺麗だと思った。
「私を汚い目で見ないでくれるかしら。せっかく新調した服が穢れてしまうわ。クリーニングに出さなきゃ…」
見雪貴遊が話さない内に一方的に話されていた。
どこかいきいきと話しているように見える。
しかもバリゾーゴンを呼ばれてらっしゃる?
「何でここにいるんだ?下校時刻は過ぎているはずだろ?」
「下校時刻という概念で私を縛らないで。私は貴方と違って自由なのよ。身分を弁えなさい!!」
「なぜいきなりバカにされないといけないんだ!!」
「貴方は見るからにバカでバカでバカすぎて御免なさいと私に謝りたくてウズウズしているんじゃない?今なら私が特別にこの目で見てよくてよ?」
口が悪い。
これ以外の言葉がでない。
「一部始終を見させてもらったけど、貴方の行動は喜劇意外の何者でもないわ。今も尻尾を巻いて逃げているのだから」
「…あぁ、そうさ。でも、一部始終を見ていたら止めようとは思わないのか?」
「貴族は庶民の考えることは分からないのよ。それに一種のエンターテイメントと考えれば悪くはないわ。今どき屋上から自殺なんてマンガですら有り得ないわ。発想が幼稚すぎるのよ」
笑いながら喋る彼女を見て、見雪貴遊は思った。
この女性に何を言った所で無駄だろうと、会ったばかりだというのに、理解した。
「キミは、一体何しに来たんだよ!まさか罵倒しに来たわけじゃないだろ?」
「余興も終わったみたいだし帰るわ」
この方、自由過ぎて口を塞げない。
「リメイクが巷で流行っているからといって、誰も見たことなのない作品を書き直しているなんて貴方も暇なのね。時間は潰すものじゃなく作るものよ。さぁ、さっさと働きなさい」
「…誰に言ってんだよ」
本当に謎だった。
ツチノコとは案外こんなものじゃないのか、と意味もなく思った。
「サザエさんが始まるまで1時間もないわ。害虫の相手をしている暇はなかったわね」
言葉を残してそそくさと行ってしまった。
「…………………」
3点リーダーを無闇に多用してしまった。
この感情を何て表現するかをボクはしらない。
「そういえば忘れてたわ」
いきなり思い出した様にボクに向けてこう言った。
「私、サザエさんを見ると少し落ち込んでしまうの。もう休日が終わってしまったのねって。貴方も暇を持て余しているくらいなら家にでも帰りなさい」
返事も聞かずに一方的に喋りつくし帰ってしまった。
「…………」
ボクも家に帰ろうと思った。
この衝撃的な出会いが”赤沙田奈”との初接触だった。