表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑前の悪役令嬢が作る飯テロが美味すぎて、無愛想な騎士が毎晩通ってくるのですが  作者: 渚月(なづき)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

第9話 嘘つきの舌が焼かれる日

再審は、処刑停止から三日後に行われた。


今度の法廷は、あの形ばかりの裁判とは違った。傍聴席は市民で埋まり、裁判官も国王が指名した三名。公正な場が、ようやく整った。


「被告人リーネ・アルヴェーンに対する毒殺未遂の件について、再審を開廷する」


傍聴席にマルタさんの顔が見えた。目が合うと、大きく頷いてくれた。その隣には、町の常連客たちの姿もある。


クルトが、私のすぐ後ろに立っていた。振り返らなくても、気配で分かる。


フリードリヒ元会長が証人として立ち、鑑定報告書の矛盾を専門的に証言した。


「報告書に記載された毒物と、実際の症状には明らかな乖離があります」


「具体的に説明していただけますか」


「記載された毒物はトリカブト系の即効性のものです。摂取後、通常は十分以内に激しい嘔吐と痙攣が起きます」


「しかし——」


「しかし、王太子殿下の症状記録を見ると、食後六時間経過してから軽い腹痛が発症しています。トリカブト系ではあり得ない経過です」


「つまり?」


「実際に使用されたのは、報告書に記載されたものとは別の——おそらく遅効性の腹痛を引き起こす程度の薬物です。そして、報告書はより重大な毒物に書き換えられた」


法廷が静まり返った。


「これは、鑑定そのものが信用できないことを意味します」


「鑑定士本人の証言は得られますか」


「はい。シュトルム氏を証人として申請します」


鑑定士シュトルムが呼び出された。蒼白な顔で証言台に立ち、問い詰められた末に告白した。


「……ヴァルター理事から、報告書の内容を書き換えるよう指示されました」


「具体的にどのような指示でしたか」


「検出された物質を、より毒性の強い別の物質に差し替えるようにと」


「なぜ従ったのですか」


「理事に逆らえば、鑑定士としての資格を剥奪されると脅されました」


法廷がざわめいた。


次にゲオルクが証言台に立った。うつむいたまま。


「ヴァルターに命じられて、食材に微量の毒を混入しました」


「殺すつもりだったのですか」


「体調を崩させる程度の量だと聞かされていた。それでリーネが犯人に仕立てられることも……薄々、分かっていました」


「なぜ従ったのですか」


「ヴァルター理事に逆らえば、料理人としての地位を失う。それが怖かった。それだけです」


権威に屈した男の、惨めな告白だった。


私は、彼を憎めなかった。


ゲオルクは宮廷にいた頃、私に料理の基本を教えてくれたこともある。肉の焼き方、ソースの濃度、盛り付けの美学。厳しかったが、的確だった。


あの人は本来、真面目な料理人だったのだ。ただ、権威という圧力の前で、料理人としての矜持を守れなかった。


恐怖に負けた弱さは、責められるべきかもしれない。でも、その弱さを正直に認めたことに対しては、敬意を払いたいと思った。


次に呼ばれたのは、ヴァルター理事だった。


「証拠は捏造だ。元会長の私怨だ」


最後まで否認を続けた。けれど、もはや彼の言葉を信じる者はいなかった。


裁判官が判決を読み上げた。


「リーネ・アルヴェーン。毒殺未遂の罪については、新たな証拠により無罪とする」


傍聴席から歓声が上がった。


「ヴァルター・レーゼンタール。証拠隠滅および偽証教唆の罪により、爵位剥奪および禁固刑に処す」


「ゲオルク。毒物混入の罪により、料理人資格の永久剥奪および禁固刑に処す。ただし、自白および協力により、刑期は減軽する」


ヴァルターが連行される際、その顔は無表情だった。最後まで、自分が間違っていたとは認めなかった。


ヴィクトリアは傍聴席の隅で、声もなく泣いていた。


王太子は——いなかった。法廷に姿を見せなかった。最後まで。



法廷を出ると、マルタさんが泣きながら駆け寄ってきた。


「リーネちゃん! よかった、本当によかった!」


「マルタさん……ありがとうございます」


「何言ってるの。あなたの料理が全部始めたのよ」


「いいえ。マルタさんが最初に食べてくれなかったら、何も始まっていませんでした」


「もう、泣かせないでよ……」


「マルタさんこそ泣いてるじゃないですか」


「うるさいわよ。嬉し泣きよ、これは」


マルタさんの目からぽろぽろと涙がこぼれた。もらい泣きしそうになって、慌てて空を見上げた。


町の常連客たちが次々と声をかけてくれた。


「リーネさん、おめでとう!」


「森の食堂、また開いてくれますよね?」


「当然よ! 私たちの食堂なんだから!」


「皆さん……ありがとうございます。必ず、また」


声が震えた。堪えていたものが、溢れそうになる。


フリードリヒ元会長が、穏やかに微笑んでいた。


「見事だった、リーネ料理人」


「会長のおかげです。証拠を集めてくださらなかったら、何もできませんでした」


「謙遜するな。証拠を集めることは誰でもできる。だが、あの法廷で堂々と立ち、ゲオルクの嘘を暴いたのはお前だ」


「……ありがとうございます」


「料理人資格は回復した。望むなら、宮廷への復帰も可能だ。推薦状は書こう」


宮廷への復帰。かつての私なら、迷わず頷いていただろう。


「少し、考えさせてください」


「もちろんだとも」


人々が去った後、クルトと二人きりになった。シルが間に座って、もふもふの尻尾を揺らしている。


夕日が街並みを赤く染めていた。王都の屋根が、オレンジ色に輝いている。


「終わったな」


「ええ。長い三十日でした」


「……短かったような気もする」


「そうですか?」


「お前の飯を食ってた時間は、あっという間だった」


「どうする。宮廷に戻るか」


「……分かりません。森の厨房を、まだ続けたい気持ちもあって」


「そうか」


「クルトは? 元騎士団の副団長なら、復帰の道もあるのでは」


「ない」


「即答ですね」


「戻る気がないからな」


「どうして」


「森の飯が美味いからだ」


また、その言い訳。


「本音を聞かせてください」


クルトは長い間、黙っていた。


「……お前のそばにいたいからだ」


心臓が、一拍飛んだ。


「宮廷を辞めた三年間、何のために生きてるか分からなかった」


「……」


「毎日、同じ景色を見て、同じように日が暮れて。誰とも話さず、何も変えられず。ただ、時間だけが過ぎていった」


「クルト……」


「お前が来て、料理を食わせてくれて、初めて——ここにいていいと思えた」


「……」


「スープを飲んだ夜、思ったんだ。こんなに温かいものを、ずっと忘れていたんだって」


クルトは私を見なかった。焚き火を見つめたまま、ぽつりぽつりと言葉を落とす。


「迷惑なら忘れてくれ」


「迷惑なわけないでしょう」


声が震えた。自分でも驚くほどに。


「私も……同じです。あなたがいたから、諦めずにいられた」


「……」


「あなたが最初にスープを美味しいと言ってくれた夜。もう終わりだと思っていた人生が、もう一度動き出した気がしたんです」


言葉が続かなかった。代わりに、シルがくぅんと鳴いた。


クルトの手が、そっと私の手に触れた。指先だけ。


それだけで、十分だった。


「……帰ろう」


「どこに?」


「森に。お前の厨房に」


森の厨房。私の場所。


隣を歩く人の手の温もりだけが、暗い夜道の灯火だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ