表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑前の悪役令嬢が作る飯テロが美味すぎて、無愛想な騎士が毎晩通ってくるのですが  作者: 渚月(なづき)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第8話 最後の宴と沈黙の告白

王都の王宮は、記憶の中よりずっと大きく見えた。


白い石壁が空に突き刺さるように聳え、正門には王家の紋章が燦然と輝いている。かつては毎日通った場所なのに、今は異国の地に立っている気分だ。


「緊張しているか」


クルトが隣を歩きながら、低い声で聞いた。


「……少しだけ」


「嘘だな。手、震えてるぞ」


「……バレてますか」


「分かりやすいんだよ、お前は」


ぎゅっと拳を握り直す。


「大丈夫です。料理の時と同じ。手順通りにやるだけ」


「ああ。だが、ひとつ言い忘れていた」


「何ですか」


クルトが立ち止まった。フードの下の瞳が、まっすぐに私を見た。


「俺は——レオンハルト・クルツヴァイル。元宮廷騎士団副団長だ」


足が止まった。


「宮廷……騎士団?」


「三年前に辞任した。宮廷内の腐敗に耐えかねて、森に逃げた」


「逃げた……」


「ああ。聞こえは悪いだろう。騎士が職務を放棄して、森で隠遁生活だ」


「でも、それなら。なぜ今になって——」


「お前が来たからだ」


シルが、クルトの足元から私の足元に移動した。まるで、二人を繋ぐ橋のように。


「お前の料理を食べた夜。森に逃げた自分を恥じた」


「クルト——」


「腐敗を見て見ぬふりをして、誰かが犠牲になるのを放置していた。それは、俺が軽蔑した連中と同じだ」


「そんなこと——」


「事実だ。俺が声を上げていれば、お前が冤罪に遭うことはなかったかもしれない。ヴァルターの不正は、三年前から噂があった」


「……知っていたんですか」


「噂だけだ。でも、調べようと思えばできた。それをしなかった。だから、今度は逃げない」


その声には、後悔と決意が入り混じっていた。


「お前の隣で、最後まで戦う」


不器用な人だ。こんな大事なことを、王宮の正門前で言う。


「……分かりました。クルト。一緒に行きましょう」


「ああ」


「あと——ありがとう。全部、話してくれて」


「……礼はいらない」


「いります。あなたが正直に話してくれたから、私もあなたを信じられる」


クルトが何か言いかけて、口を閉じた。代わりに、ほんの少しだけ頷いた。


シルが外套の中からくぅんと鳴いた。早く行け、と急かしているみたいだった。


謁見の間は、王宮の奥深くにあった。


長い回廊を歩く間、靴音が石壁に反響した。かつては毎日歩いた回廊だ。壁の燭台も、天井の装飾も、何も変わっていない。


変わったのは、私の方だ。


あの頃の私は、この回廊を俯いて歩いていた。誰にも目立たず、騒がず、ただ厨房と自室を往復するだけの日々。


今は、前を向いている。


隣にはクルトがいる。外套の中にはシルがいる。一人じゃない。


高い天井にシャンデリアが連なり、赤い絨毯が玉座まで一直線に伸びている。


扉が開いた瞬間、百もの視線が私に突き刺さった。


両脇には、すでに関係者が並んでいた。


ヴァルター理事。ゲオルク。ブルクハルト監査官。


そして——ヴィクトリアと王太子。


全員が揃っている。


(これは、謁見ではなく裁判だ)


ヴァルター理事は冷笑を浮かべていた。余裕があるのだろう。自分の仕組んだ罠は完璧だと信じている。


ゲオルクは俯いている。大きな体が縮こまって見えた。


ヴィクトリアは扇で顔の半分を隠していたが、指先が震えているのが見えた。


王太子は——やはり、私と目を合わせなかった。


(もういい。あなたを見るために来たわけじゃない)


玉座に座る国王陛下は、白髪の壮年の男性だった。威厳はあるが、目に冷酷さはない。


「リーネ・アルヴェーン。直訴の内容を述べよ」


「はい、陛下」


深呼吸。手の震えを止める。


「私は、毒殺未遂の罪で処刑を宣告されました。しかし、私は無実です。その証拠を提示いたします」


一つ目。食材庫の管理記録。


「事件当夜、私が食材庫を出た二時間後に、もう一名が入室しています。宮廷第一料理人、ゲオルク殿です」


ゲオルクの顔が歪んだ。


「それだけでは——」


「二つ目の証拠があります」


毒物鑑定の報告書と、鑑定士シュトルムの経歴書。


「鑑定を担当したシュトルム氏は、ヴァルター理事の元部下です。現在も理事の私邸を頻繁に訪れています」


「それが何だと言うのだ。知人の家を訪ねることに何の問題がある」


ヴァルターが初めて口を開いた。冷笑を浮かべている。だが、額に汗が浮いていた。


「問題は交友関係ではありません。問題は鑑定の中身です」


ヴァルターの額に汗が浮いた。


「三つ目」


フリードリヒ元会長が前に進み出た。


「元宮廷料理協会会長として申し上げます。鑑定報告書を分析した結果、使用されたとされる毒物と、実際の症状記録に矛盾があることが判明しました」


「どのような矛盾ですか」


「報告書に記載された毒物は、摂取から数分で激しい症状が出ます。しかし、王太子殿下の症状は食後六時間後に発現している。この時間差は、報告書が示す毒物では説明がつきません」


「つまり——」


「報告書は、意図的に改竄された可能性が極めて高い」


謁見の間がざわめいた。


「でたらめよ!」


ヴィクトリアが叫んだ。


「こんな、森に追放された女の言うことを——」


「ヴィクトリア殿。お静かに」


国王の声が、広間に響いた。


「リーネ嬢。続けなさい」


「はい。最後に、ゲオルク殿に質問をお許しください」


国王が頷いた。


私はゲオルクに向き直った。


「あの夜、食材庫に入った理由をお聞かせください」


「翌日の仕込みのためだ」


「何の食材を取りに行かれましたか」


「鶏肉と、香草を」


「管理記録の出庫欄に、あなたの記録はありません」


「……それは——」


「食材庫に入ったのに、何も持ち出さなかった。食材を取りに行ったのではなく——食材に、何かを加えに行ったのではありませんか」


「黙れ!」


ゲオルクが声を荒げた。広間が凍りついた。


その叫びが、何よりも雄弁な告白だった。無実の人間は、あんなふうに叫ばない。


「ゲオルク。答えなさい」


国王の命令に、ゲオルクは唇を震わせた。


「……陛下、私は……」


「正直に述べよ。この場で偽証を重ねれば、罪はさらに重くなる」


ゲオルクの目から、涙がこぼれた。大柄な身体が、子どものように震えていた。


「わ、私は……ヴァルター理事に頼まれて……ただ、少量の薬を……」


崩れた。


ヴァルターが制止しようとしたが、遅かった。


「本件について、再審を命じる。リーネ・アルヴェーンの処刑は即時停止。ヴァルター理事およびゲオルクは拘束し、取り調べを行え」


兵士たちが動いた。ヴァルターとゲオルクが連行されていく。


ヴィクトリアは崩れるように膝をつき、王太子は目を伏せたまま動かなかった。


広間を出ると、膝から力が抜けた。壁にもたれかかる。


クルトが、黙って手を差し出した。


その手を取った。大きくて、温かくて、少し震えていた。


「……お前、震えてたぞ。ずっと」


「お互い様です」


クルトが、ほんの少しだけ手を握り返した。


シルが足元で、くぅんと鳴いた。


王宮の廊下に、西日が差し込んでいた。長い影が二つ、並んで伸びている。


その影は、よく見ると手を繋いだままだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ