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処刑前の悪役令嬢が作る飯テロが美味すぎて、無愛想な騎士が毎晩通ってくるのですが  作者: 渚月(なづき)


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第5話 火と刃と誇りの料理対決

森の厨房に、招待状が届いた。


差出人は宮廷料理協会。内容は「食の安全に関する公開検証会」への出席要請。


つまり、私の料理の腕を公の場で試すという通告だった。


「罠だな」


クルトが一読してそう断じた。


「分かっています。でも、断れば無許可営業の口実を与えることになります」


「相手の土俵で戦うことになるぞ」


「ええ。でも、料理で勝負するなら、私の土俵でもあります」


クルトは少しだけ目を見開いた。そして、ふっと息を漏らした。


「……そうだな。なら、全力で準備しろ」


「はい。……あと、クルトさん」


「何だ」


「お弁当、作っていきましょうか。王都まで遠いし」


「……好きにしろ」


「鹿肉のサンドにします。山葡萄のジャムを塗って」


「ジャム? いつの間に作った」


「昨日の夜、シルが寝た後に。こっそり」


「……手間かけすぎだろ」


「大事な日の前は、美味しいもので力をつけないと」


嫌ではないらしい。道中、クルトは無言でサンドを頬張り、最後にぽつりと「美味かった」と言った。


検証会の会場は、王都の中心にある料理協会の大広間。森から出るのは、追放されて以来初めてだった。


王都の街並みは記憶の通りだった。石畳の道、レンガの建物、市場の喧騒。だけど、以前とは違う目で見ている自分がいる。


市場を通り抜けるとき、香辛料の匂いが鼻をくすぐった。料理人の本能が反応する。


あそこにサフラン、こちらにナツメグ。森にはない食材ばかりだ。


(いつか、森の食材と王都の食材を組み合わせた料理を作ってみたい)


今はそんなことを考えている場合ではないのに。料理のことを考えると、緊張が少しだけ緩む。


シルを外套の中に隠して会場に入った。もふもふの温もりが、緊張を和らげてくれる。


「シル、おとなしくしててね」


外套の中から、くぅんと小さな返事が聞こえた。


大広間には、百人を超える聴衆が詰めかけていた。


「あら。本当に来たの」


ヴィクトリアが、最前列で扇を揺らしていた。隣には王太子の姿もある。


目が合ったが、彼はすぐに逸らした。


(……変わらないな、この人は)


怒りではなく、失望でもなく。ただ、遠い人だと思った。


「本日の検証会では、協会が指定する食材を用い、制限時間内に一品を仕上げていただきます」


司会を務めるのは、ブルクハルト監査官。


「対戦相手は、宮廷第一料理人、ゲオルク殿です」


大柄な中年の男性が現れた。宮廷料理人の白い制服に、金の徽章。腕は確かだが、権力に迎合する人物として知られていた。


「食材はこちらです」


テーブルの上に並べられた食材を見て、息を飲んだ。


鹿肉。だが、明らかに鮮度が落ちている。野菜も萎びたものばかり。


対してゲオルクの前には、新鮮な魚介と色鮮やかな野菜。


「これ、不公平じゃないの?」


聴衆がざわめく。


けれど、私は手を止めない。


(落ち着け。食材を観察しろ。何ができるかを考えろ)


鹿肉を手に取る。鮮度は落ちているが、腐ってはいない。臭みを消す方法はいくつかある。


森で学んだことが、ここで活きる。


山葡萄の酸で臭みを中和し、タイムとローズマリーで香りをまとわせる。肉の繊維に逆らわず、薄く削ぎ切りにして火の通りを均一にする。


萎びた野菜は、水に戻すのではなく、じっくり焼いて甘味を凝縮させる。


(不利な食材は、弱点ではない。工夫の余地だ)


母の言葉を思い出す。「食材に貴賤はない。料理人の腕次第で、どんな食材も輝く」と。


鹿肉に山葡萄を擦り込みながら、森での日々が脳裏を過ぎった。シルが持ってきてくれた木の実。クルトが割ってくれた薪。


マルタさんが教えてくれた野草の知恵。ここに立てているのは、私一人の力じゃない。


「あの女、何をやっているんだ?」


「鹿肉を薄切りに……?」


聴衆のざわめきが聞こえる。けれど、手は止めない。今、私の世界にはこの食材と火だけがある。


焼いた野菜をピュレにし、皿の上に薄く広げる。その上に、軽く炙った鹿肉の薄切りを重ねていく。


仕上げに、森から持ってきた蜂蜜と黒胡椒のソースをひと筋。


最後に、皿の縁を布で丁寧に拭いた。料理は見た目も味のうちだ。母の教えが、指先に染みついている。


一歩引いて、自分の皿を見た。森の色をした一皿。鹿肉の赤、野菜のピュレの緑、ソースの琥珀色。


悪くない。いや——自信を持って言える。美味しい。


「完成です」


制限時間ぎりぎり。ゲオルクは余裕の表情で、見事な魚介のグラタンを仕上げていた。


審査員は五名。全員が協会の理事だ。公平な審査は期待できない。


だからこそ、圧倒的な差で勝つしかない。


審査員がゲオルクの皿を口に運んだ。頷く。「さすが宮廷第一料理人」の声。


次に、私の皿。


一人目が口に入れた瞬間、表情が変わった。二人目も。三人目も。


大広間が静まり返った。


「鹿肉の臭みが完全に消えている……いや、旨味に変わっている」


「野菜のピュレがソースの役割を果たして、味の層が何重にも……」


「これが、森の食材だけで……?」


「馬鹿な。あんな萎びた食材で、この味が出せるはずが——」


ゲオルクが思わず声を漏らした。自分の料理が負けたことを、本能的に理解したのだろう。


ゲオルクの顔が強張った。


審査員長が立ち上がった。


「味において、リーネ嬢の料理が上であることは認めざるを得ません。しかし——使用食材の安全性について疑義があります」


「素性不明ではありません」


私は一歩前に出た。


「使用した香辛料はすべて、王国薬草図鑑に記載されたものです。タイムは第三章十二項、ローズマリーは第三章十五項」


「それを証明できるのか」


「ここにあります」


懐から取り出したのは、採取した薬草の標本と、フリードリヒ元会長の鑑定証明書だった。


大広間がどよめいた。


「料理の腕と食材の安全性、両方とも証明しました。これでも問題があると?」


長い沈黙の後、審査員長が搾り出すように言った。


「……本日の検証会は、リーネ嬢の料理に問題がないことを確認した。閉会とする」


聴衆から拍手が起こった。まばらに、やがて大きなうねりとなって。


ヴィクトリアの顔が蒼白になっているのが見えた。


会場を出ると、クルトが壁に寄りかかって待っていた。


「見事だった」


「ありがとうございます。でも、まだ途中です」


「分かっている」


「料理で勝っても、冤罪は晴れていません」


「ああ。だが、今日の勝利は意味がある。百人以上が、お前の実力を目撃した」


「……そうですね。でも、本当に嬉しかったのは別のことです」


「何だ」


「審査員が、私の料理を口に入れた瞬間の顔。忖度を忘れて、純粋に美味しいと感じた顔をしていました」


「……お前は、そういうところを見るんだな」


「料理人ですから」


クルトが小さく息を吐いた。呆れたような、感心したような。


「フリードリヒ翁から連絡があった」


「何か分かったんですか?」


「食材庫の管理記録に、不審な点が見つかった。お前が毒殺未遂を問われた日の夜——食材庫に入ったのは、お前のほかにもう一人いた」


心臓が跳ねた。


「誰ですか」


クルトの声が、低く沈んだ。


「ゲオルクだ」


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