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処刑前の悪役令嬢が作る飯テロが美味すぎて、無愛想な騎士が毎晩通ってくるのですが  作者: 渚月(なづき)


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第2話 銀狐と最初の客人

銀狐は、翌日から毎日のように現れるようになった。


律儀にも、毎回きまって野草や木の実を咥えてやってくる。まるで「これを使え」とでも言うように、私の足元にぽとりと落として座る。


「ありがとう。……これはカモミールね。乾燥させたらお茶にできる」


くぅん、と銀狐が尻尾を揺らした。


ふわふわの毛並みに触れると、絹のように滑らかで、指先からじんわり温かさが伝わってくる。


この子に名前を付けてもいいだろうか。


「シル、って呼んでいい? 銀色だから」


銀狐——シルは、私の膝の上でくるりと丸くなった。了承と受け取ることにする。


「気に入ってくれた?」


くぅん。


「うん。よろしくね、シル」


小さな体温が、冷えた心に沁みていく。


シルは毎朝、決まった時間に現れる。まるで体内時計でも持っているかのように。


今朝は野いちごを三粒、咥えてきた。赤い実が銀色の口元に映えて、ちょっと可愛い。


「今日はいちごか。ありがとう。スープの仕上げに使おうかな」


シルが尻尾を振った。採用されるのが嬉しいらしい。



あの青年——クルトは、不定期に姿を見せた。


「今日は何を作る」


挨拶もなく、いつの間にか切り株に座っている。外套のフードを目深に被ったまま、無愛想に問いかけてくる。


「沢で捕れた川魚があるので、香草焼きにしようと思います」


「香草焼きか」


「タイムとローズマリーを摺り込んで、石窯でじっくり焼きます。皮がぱりっとして、身がふっくら仕上がるんです」


「……手伝おうか」


「え? できるんですか?」


「薪割りくらいはできる」


「じゃあ、お願いします。あ、あとそこの沢でクレソンを摘んできてもらえますか? 水際に生えている、小さな緑の葉です」


「分かった」


言葉は少ないけれど、嘘がない人だ。そう思った。


彼の薪割りは正確で、迷いがなくて、見ていて気持ちがいい。まるで剣を振るようだった。


クレソンもきちんと選んで摘んできた。傷んだ葉を避けている。雑な人には、こういうことはできない。


「ありがとうございます。完璧です」


「別に普通だろ」


「いいえ。食材の扱いで人柄が分かるんです」


「……何だそれ」


「傷んだ葉を丁寧に避けて摘んでますよね。料理の素人がやる作業じゃありません」


「たまたまだ」


「本当に?」


「……うるさいな。焼けよ、魚」


川魚の香草焼きが出来上がった。石窯の余熱でじっくり火を通したから、皮はぱりっと、身はふっくらと仕上がった。沢のクレソンを添え、山葡萄の煮詰めたソースを少しだけかける。


「クルトさん、お皿——じゃなかった、大きい葉っぱ、取ってもらえますか」


「この葉でいいのか」


「ええ、それです。ありがとう」


「……お前、こういう時だけ丁寧だな」


「料理を渡す時は、いつでも丁寧ですよ」


「どうぞ」


クルトがひと口食べて、長い沈黙の後に言った。


「……宮廷で出しても恥ずかしくない味だな」


心臓が跳ねた。宮廷、という言葉に過剰に反応してしまう自分がいる。


「ありがとうございます。でも、私はもう宮廷とは無関係ですから」


「そうか」


クルトはそれ以上踏み込まなかった。代わりに、二切れ目の魚に手を伸ばした。


その横で、シルが私のスカートの裾を引っ張った。


「はいはい。シルの分もありますよ」


小さく切った魚の身を差し出すと、シルは幸せそうに目を細めて食べた。もふもふの頬が動くたびに、胸の奥のこわばりが少しだけ溶けていく。


三日目の昼過ぎだった。


森の入口の方から、がさがさと草を踏む音がした。クルトが瞬時に外套の中の剣に手をかける。


現れたのは、初老の女性だった。背中に大きな籠を背負い、額に汗を光らせている。


「あら……人がいるなんて。この森に住んでらっしゃるの?」


「いえ、その……事情があって」


「まあ、いい匂い! 何を作ってるの?」


「きのこと野草のスープです。よろしければ、いかがですか」


「いいの? 嬉しいわ! 町まで薬草を届けに行くところなんだけど、道に迷ってしまって」


「大変でしたね。お疲れでしょう、温かいうちにどうぞ」


「ありがとう、いただくわ」


薬草売りのおばさん——マルタさんは、スープを飲んで目を丸くした。


「これ、本当に森の食材だけ?」


「はい。きのこと野草を数種類、タイムで香りをつけて」


「信じられない。こんな味、王都の食堂でも出てこないわよ」


「そんな大げさな……」


「大げさじゃないわ。私ね、薬草の仕事で王都にも行くから、あちこちで食べ歩くの。でも、こんなに素朴で美味しいスープは初めてよ」


「ありがとうございます」


「ねえ、あなた。この料理、もっと多くの人に食べさせるべきよ」


「え?」


「私、町の人たちに教えてもいい? 森にすごい料理人がいるって」


胸の中で、何かが小さく灯った。


処刑を待つ身で、何を期待しているのだろう。でも、誰かが私の料理を美味しいと言ってくれること。もっと食べたいと思ってくれること。


それが、こんなにも嬉しい。


「……お好きにどうぞ」


マルタさんは満面の笑みで帰っていった。


クルトがぽつりと言った。


「噂は広まるぞ」


「構いません」


「本当にいいのか。お前の立場で、目立つのは」


「私にできるのは、料理を作ることだけですから」


「……それは、覚悟か」


「覚悟というほど大げさなものじゃありません。ただ——最後まで自分らしくいたいんです」


クルトは何も答えなかった。ただ、その沈黙の中にある種の敬意を感じたのは、私の思い過ごしだろうか。


翌日から、森を訪れる人が増えた。


マルタさんの話を聞いた町の人たちが、一人、また一人とやってくる。


「今日のおすすめは、鹿肉ときのこの煮込みです」


「こんな深い森の中で、こんな料理が食べられるなんて」


「明日も来ていい?」


「もちろんです」


「ねえ、あなた、お名前は?」


「リーネです」


「リーネさん、これ、うちの畑で採れた芋。よかったら使ってください」


「ありがとうございます。明日、この芋でポタージュを作りますね」


「本当? 楽しみにしてる!」


客が客を呼ぶ。一人が二人に話し、二人が四人に伝え、四人が町中に広がる。


石窯の前に座る人々の顔は、一様に綻んでいた。


シルは来客の膝の上を渡り歩き、撫でられるたびに気持ちよさそうに目を細めていた。この子がいるだけで場が和む。もふもふは正義だ。


クルトは少し離れた場所から、腕を組んで眺めている。たまに薪を足してくれる。たまに食材を黙って置いていってくれる。


七日目の夕暮れ。客が帰った後の片付けをしていると、クルトが言った。


「噂が王都に届くのも時間の問題だ」


「でしょうね」


「覚悟はあるか」


私は手を止めて、シルを抱き上げた。温かい毛並みに頬を寄せる。


「私を陥れた人が、この噂を聞いてどんな顔をするか。少しだけ、楽しみではあります」


クルトの唇の端が、ほんの少し持ち上がった。


「……面白い女だ」


それは褒め言葉なのだろうか。分からないまま、シルの頭を撫でた。


穏やかな夕暮れだった。けれど、この穏やかさが長く続かないことを、私はどこかで分かっていた。


八日目——王都の紋章が入った馬車が、森の入口に停まったのだから。


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