第1章 セカンド・ウォーターシェッドの遺産 第4節 真司の視点
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それでは、第1章・第4節「真司の視点」を執筆します。
この節では、**新入社員・真司の視点から見た玄理研の“日常”**を中心に描き、
組織の混乱・葛藤・人間関係を通して「1秒時短計画」誕生の下地をつくります。
真司の内面描写を多く取り入れ、現場のリアルを「若手の目」で見せます。
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第1章 セカンド・ウォーターシェッドの遺産
第4節 真司の視点
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玄理研に入社して三か月。
真司は、ようやく社内の顔と名前を覚え始めたころだった。
入社当初は、「AI研究企業」という響きに、
どこか近未来的で洗練された職場を想像していた。
しかし、実際に見た玄理研のオフィスは――
古びた机と、配線がむき出しのPCラック、
そして、壁に貼られた「経費節減・紙の再利用」の張り紙。
それが現実だった。
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午前七時半。
真司は誰もいないフロアに一人で出勤していた。
“早く来れば仕事が捗る”――それが彼の小さな信条だった。
PCを立ち上げ、昨日の営業報告をまとめる。
メールの受信ボックスには、未読が97件。
上司の美郷部長、理都子局長、そして社内全体からの依頼メールがひしめいている。
「……うわぁ、今日もカオスだな。」
思わず独り言が漏れる。
件名をざっと見ただけで、
「至急」「再送」「重要」「期限本日」といった文字が並ぶ。
どれも優先順位が分からない。
そのとき、背後から声がした。
「おはよう、真司。朝早いね。」
振り向くと、飛鳥が缶コーヒーを2本持って立っていた。
「おはようございます。飛鳥さん、また徹夜ですか?」
「まあね。昨日はマギアのデータ整理が終わらなくて。
理都子さん、寝るって概念がないからさ。」
彼女は笑いながらコーヒーを差し出した。
「ほら、朝イチの儀式。ブラック派でしょ?」
「ありがとうございます。……飛鳥さん、なんでそんなに元気なんですか?」
「元気じゃないよ。
ただ、“止まったら終わる”って感じ?」
冗談めかして笑うその表情に、
どこか張りつめた疲労が見えた。
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午前九時。
営業部の朝会。
「……えー、それでは昨日の訪問結果を共有します。」
美郷部長が淡々と会議を進めていく。
真司は順番が回ってくると、資料をぎこちなく開いた。
「昨日、物流統制局の担当者にAI導入提案をしましたが、
コスト面で折り合いがつかず……」
「理由は?」
「えっと……“他社の方が即効性がある”と。」
美郷は一瞬黙り、静かに言った。
「真司、即効性って、何だと思う?」
「……すぐ結果が出ること、ですか?」
「そう。だけど、それは“浅い効果”でもあるの。
本当の即効性は、“仕組み”そのものを改善することよ。」
彼女は真司の資料を指差す。
「あなたの提案書、悪くない。でも、“相手が動ける形”になってない。
提案は“読むもの”じゃなくて、“動かすもの”。」
「……動かす、ですか?」
「そう。“1秒でも早く動かせるか”。
お客様がすぐ試せる内容に変えて。
その積み重ねが、あなた自身の時短にもなるの。」
“1秒でも早く”――
その言葉が、真司の胸に小さく残った。
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昼休み。
社員食堂。
真司と飛鳥は、味気ない合成米のランチをつつきながら、
小さなモニターに映るニュースを見ていた。
《WILLEインダストリーズ、本社が新型AI「ルシファーII」発表》
《AIによる経済予測、的中率98%を記録》
「……またか。」
飛鳥が呟いた。
「世界はAIで救われるってニュースばっかり。
でも実際、救われてる実感ある?」
真司は首を横に振る。
「むしろ、AIが“上司”みたいな感じですね。」
「ははっ、いい表現。
でもさ、私は思うんだ。“AIの時代”って結局、“人間がどう使うか”でしょ?」
「どう使うか……。」
「うん。“AIを使う”じゃなくて、“AIを活かす”。
理都子さん、よく言うじゃない。“活かす”って。」
真司は箸を止めた。
“活かす”――それは昨日、理都子からも聞いた言葉だった。
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午後。
理都子の研究室。
真司はマギアの端末の前に座っていた。
目の前には、三つの人格が並ぶインターフェース。
それぞれの音声出力が重なり合い、独特のリズムを奏でる。
【オラクル】「入力データ、整合性99.3%。異常なし。」
【ソフィア】「次の演算条件を確認。衛破ゼロ号機へ転送。」
【アルケー】「……疲れた。もう少し休んでいい?」
「えっ、今……“疲れた”って言いました?」
理都子が少しだけ微笑んだ。
「アルケーの発話は感情パラメータ連動よ。
AIが疲労を“模倣”してるの。」
「人間みたいですね。」
「ええ。人間を理解するには、人間らしく考えなきゃいけない。
……AIも、Excelも、ね。」
真司は一瞬きょとんとした。
「Excelも、ですか?」
理都子は手元の資料を見せた。
「これを見て。衛破ゼロ号機の演算ログをExcelで整形したもの。
シートを分け、I/BB/Oモデルで整理してある。
入力、演算、出力。人間の思考も同じ構造をしてるの。」
「人間の思考が、Excel……。」
「ええ。だからこそ、“活エクセル”はAI研究の根幹でもあるの。
人間が思考を整理し、構造化し、共有する――その技術よ。」
理都子はゆっくりと画面を閉じた。
「真司君、あなたには“見る力”がある。
数字の裏に人を見なさい。
そこから、“1秒時短”の意味が見えてくる。」
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その夜。
真司は誰もいないフロアで、自分の報告書を見つめていた。
日々の作業、無数のファイル、繰り返しの手順。
それらのひとつひとつが、無駄とは言えない。
けれど、どこかで“時間を浪費している”感覚があった。
「1秒でも……変えられるかな。」
彼はふと、ショートカットキーを試してみた。
Ctrl+Shift+L――フィルター。
Ctrl+T――テーブル化。
画面上のデータが整理され、瞬く間に見やすくなった。
「……あ。」
たった数秒の違い。
でも、その瞬間、彼は“1秒時短”の意味を体で理解した気がした。
“この積み重ねが、未来を動かすのかもしれない。”
静かなフロアに、PCの冷却ファンの音だけが響いていた。
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(第4節 終)
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次の 第5節「玄理研の会議」 では、
冬月・理都子・美郷・玄道ら幹部が登場し、
「事業補完計画」正式発表前夜の社内戦略会議を描きます。
現場で感じた“1秒の意味”が、経営層の戦略と結びつく重要な節です。
このまま第5節へ進めてよいですか?




