第1章 セカンド・ウォーターシェッドの遺産 第2節 再生への胎動
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では引き続き、第1章の第2節「再生への胎動」を執筆します。
ここでは、各国・各企業のAI開発競争の様相を背景に、
玄理研がいかにして「業界4番手」として生き残っているか、
そしてその“存在意義”がどこにあるのかを描き出します。
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第1章 セカンド・ウォーターシェッドの遺産
第2節 再生への胎動
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大恐慌の余波がようやく静まりはじめたころ、
世界は「再生」という言葉にすがっていた。
国際連合はすでに機能を失い、国家間の貿易ルートも分断された。
通貨は各地域ごとに閉鎖的なブロック経済圏に変わり、
国際取引を仲介するのは、もはや“企業”だった。
巨大企業が国を動かす。
それは、もはや比喩ではなく、現実であった。
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世界の「再生勢力」は、大きく三つに分かれていた。
ひとつは、欧州連合を母体とするWILLEインダストリーズ。
超国家的企業体であり、AI開発の覇権を握る巨人。
彼らの開発するAIは、
経済、政治、軍事、教育、福祉のあらゆる領域を統合的に制御する。
“神の視座から世界を管理する”
その思想は、強力で、そして危険だった。
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もうひとつは、アジア連合に属するWILLE東亜技研株式会社。
彼らは欧州本社の系列会社でありながら、独自のAI哲学を持っていた。
それが《羅刹シリーズ》。
人間の意志決定を強化し、極限の状況下で“判断を最適化する”AI。
実戦投入可能な軍用型モデルとして開発され、
社会混乱地域の治安維持に使われはじめていた。
だが同時に、その冷酷な判断基準が問題となった。
「人間を守るために、人間を切り捨てる」――
羅刹の論理は、社会を安定させると同時に、人の心を蝕み始めていた。
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三つ目は、北米大陸に拠点を持つNOVAシステムズ連合体。
分裂した米国企業群が合同して形成した技術連合である。
彼らは「自由経済AI」を標榜し、個人の活動や投資をAIが自律的に最適化する仕組みを構築した。
だが、その実態は“情報独占による統治”だった。
人々はAIに「最適化された自由」を与えられた。
それは、制御のない自由ではなく、監視の下の自由だった。
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この三勢力が世界のAI市場を支配する中、
そのどれにも属さずに、ひっそりと活動する一社があった。
――株式会社 玄理研。
彼らは業界4番手。
世界ランキングにすら入らない、小さな日本企業。
だが、その評価は一様ではなかった。
ある技術者はこう語る。
「玄理研の技術は、異端だが天才的だ」
別の評論家は言う。
「実用化はできない。だが理論は数十年先を行っている」
彼らの強みは、
“人間の判断とAIの思考を融合させる”という発想。
AIが人を超えるのではなく、AIが人を支える。
玄理研の理念は、シンプルで、だからこそ異端だった。
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その理念の中核を成すのが、社内最高機密プロジェクト――
**《衛破シリーズ》**である。
AIが膨大なデータをもとに意思決定を支援し、
人間がその結果を「理解」して判断する。
人間の思考とAIの論理を“協働”させることを目的とした新世代AI。
設計者は、情報統括局長・理都子。
彼女は、AIセントラルブレイン《三次元電脳・マギア》の開発者でもあった。
マギアは、三つの仮想人格――
オラクル(知恵)、ソフィア(理性)、アルケー(本能)――
を統合したスーパーコンピュータである。
理都子はそれを、「AIの三位一体モデル」と呼んだ。
そして玄理研は、マギアを中枢に据えた衛破シリーズの試作機「ゼロ号機」を
密かに完成させていた。
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だが、問題は資金だった。
開発コストは膨大。
政府補助金はすでに枯渇し、投資機関の支援も途絶えた。
唯一、玄理研の筆頭株主として残っていたのは、
世界最大の投資グループ――賢者会議。
彼らは、欧州から世界の金融を動かす八人の匿名の投資家たち。
その行動原理は「死海文書」を指針とすると噂され、
誰も正体を知らない。
賢者会議は、玄理研に最後通告を出していた。
「一年以内に実績を上げよ。
さもなくば、WILLEインダストリーズへの売却を承認する」
期限は、残り364日。
玄理研の社長・**玄道**は、
静かにその通告書を机に置いた。
「……一年、か。」
その声は、誰に聞かせるでもなく、
自らに言い聞かせるように低く響いた。
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玄道は知っていた。
数字の上では、もう助からない。
だが、それでも彼には譲れないものがあった。
“AIの支配ではなく、AIと人の共存”
“効率ではなく、創造を支える知”
その思想を形にするために、
彼は最後のプロジェクトを立ち上げる。
名を――事業補完計画。
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計画の骨子は、
「全社業務の1秒短縮」と「Excelを中核とした知的生産性革命」。
理都子はそれを「地味だが革命的」と評した。
だが、社員たちは半信半疑だった。
AI戦争の渦中に、Excel改革など通用するのか。
巨大企業が神を作ろうとしている時代に、
彼らは“人間の1秒”を磨こうとしていた。
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(第2節 終)
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続く 第3節「(株)玄理研の現在」 では、
社内の実態――疲弊した現場、混乱するチーム、
そして「衛破ゼロ号機」のテスト風景を描きます。
この章では、美郷部長・理都子・真司・飛鳥らが登場し、
彼らの個性と組織の雰囲気が初めて動き始めます。




