ミステリー召喚ツアー
「ねえ、こんなツアーあるんだね」
「何?」
「ミステリー召喚ツアーだって」
「ふうん。よくあるやつじゃん?集合してから行き先を発表とか、バスに乗せられて着くまで秘密とか」
「違うって、だって、召喚だよ、しょ、う、か、ん」
「なにそれ、どんな交通機関使うのよ」
「うーん、もう、ノリが悪いなあ。召喚っつったら、魔法陣?とかで」
「それ、某国行って強制労働とかじゃないの?不法入国するとか、まともなやつじゃないよ、きっと」
「ほんとに現実的なんだから」
「いや、旅行が現実でなくてどうするのよ」
そんな話をリリアとしたのは先週のことだ。
結局、私が興味を示さなかったので、リリアは怒って、別の子を誘うからいい、と言って帰ってしまった。
今日になってリリアのお母さんから、リリアが友達と出かけたまま帰ってこないけど、千佳ちゃん、知らない?と電話で聞かれた。
高校は夏休みだから旅行に出かけてもおかしくないけれど、実家住まいのリリアが、親に黙って旅行に行くとは思えない。だいいちリリアは旅行するようなお金を持っていないはずだ。お小遣いもバイト代も、ほぼ洋服と化粧品で消えてゆく。出かけて今日で三日目だと言うから、何か事件に巻き込まれたのかもしれない。心配だ。
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「どうぞ。気軽に参加してみてください」
大学近くの路上で、スッと渡されたそのチラシを、真紀はつい手に取ってしまった。
【好評につき第2弾 ミステリー召喚ツアー 参加者募集中
〜この夏 新たな自分に出会う旅〜 詳細は内緒】
「何これ。ふざけてんの、詳細は内緒って」
「おっはよー、どしたの、真紀ちゃん」
「おはよ、ユウカ。これ見てよ、胡散臭いやつ。うっかり受け取っちゃった」
「何なに?へ〜、おもしろそう。いいじゃん、行ってみない?」
「やめなよ、怪しいバイトかもよ」
「怪しいバイトって?」
「知らないうちに運び屋やらされたりとかさ、受け子とか、捕まっても上には辿り着かないように、情報は与えないやつ」
「えー、考え過ぎだって。このチラシ一枚で、そこまで深読みしちゃう?」
「いや、あからさまに怪しいでしょう」
「だってミステリーツアーなんだから、謎めいた雰囲気も必要でしょ。行かないなら、それちょうだい。説明だけでも聞いてみる」
「少しでも怪しいと思ったら、やめときなよ」
「はーい」
翌日から、ユウカはサークル活動に来なくなった。
電話も出ないし、ラインにも既読がつかない。インスタの更新も滞っている。
真紀は心配になって、1人暮らしのユウカのアパートを訪ねてみたが、インターホンを鳴らしても、なんの応答もなかった。
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矢田がそれを聞いたのは偶然だった。
ショッピングモールのフードコートで、映画が始まるまでの時間つぶしをしていたら、背中側の会話が聞こえてきた。
「なあ、うちの学校、行方不明者がたくさん出てるって知ってる?」
「たくさん?」
「3人」
「それ、たくさんか?」
「行方不明者の数としては多いだろう?」
「どーせ、ひと夏の家出とかだろ。SNSで知り合って、こっちが部活で死にそうに汗流してるってのに、チャラい男になびくんじゃねーよ」
「落ち着け、お前の彼女の話じゃねーし。私怨は置いとけ」
「女子?」
「3人ともな」
矢田は、遠くを見るようにさりげなく振り返った。彼らの椅子の横には、近所の高校名が入ったスポーツバッグが置かれていた。いなくなったのは女子高生らしい。
矢田の大学でも、行方不明者の話題はちらほら出ていた。いずれも女子だ。
男子学生なら、ブラックバイトが真っ先に思い当たる。女子の場合、その身体そのものが目当てかもしれない。おぞましい想像が浮かびそうで、矢田は勢いよく立ち上がり、これから見る映画に意識を向けようと努めた。
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「はあ、しかし、ミステリー召喚ツアーなんてものに、こんなに人が集まるなんてさ、どうかと思うよ」
「同意。あいつら、どこに召喚(笑)されるつもりなんだろうな」
「魔法関係のテーマパークとかじゃね?」
「そんなかわいいもんかよ」
「行き先は、俺らにも教えてもらえねえのかな」
「ばっか、下手に知ったら、何かあった時にやべーだろうが。本当に知りませんでした、で押し通せるほうがいいんだよ」
「好奇心は猫をも、ってやつか」
「そういうこと」
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「では、次の方、お入りください」
召喚ツアーの説明会は、一風変わっていた。
参加者が揃ってから行うのではなく、一人一人個室に案内されて説明を受けるのだ。二人で申し込んでも、一緒には受けられない。
「行き先が違うのかな。なんだか怖くなってきた」
リリアに誘われてついて来た小春は、今になって後悔していた。
「平気だって。新しい出会いがあるかもしれないじゃん」
「だって」
「あ、呼ばれたから行ってくる。またあとでね」
「次の方」
小春は、リリアとは別の部屋に案内された。
「このミステリー召喚ツアーには、あなた自ら参加しようと思ったのですか」
「いえ、友だちに誘われて来ました」
「どうしますか、何か不安を感じていらっしゃるようにお見受けしましたが」
「あの、私、想定外のことに弱くて、何かあったらと思うと、不安で仕方ないんです」
「なるほど。ミステリーツアーには不向きかもしれませんね。このツアーは、アクシデントさえ楽しむくらいの心づもりでないと、召喚先でやっていけないかもしれません」
「あの、今さらですけど、召喚って、何ですか。単にどこかに連れて行かれることを、そう呼んでいるんですよね?」
「おや、それでは看板に偽りあり、ではありませんか?」
説明係の人は、営業用の嘘くさい笑みを浮かべた。
「どこに、召喚されるんですか?」
「それは参加者にも内緒なのですから、参加しないあなた様にお教えするわけにはまいりません。この度は、ご縁がなかったということで。お帰りはあちらです」
小春はリリアのことを聞こうと思ったが、帰るよう笑顔の圧を向けられ、部屋を出された。
部屋を出た小春は、今さらのように震えが止まらなくなった。
怖い。
あれはただのツアーじゃない。私は用心深いから弾かれたんだ。
じゃあ、リリアはどうなるの?
小春はビルのエントランスまで下りて来て、二時間、リリアを待った。
リリアは姿を見せなかった。電話をかけても繋がらないし、ラインもなぜか送信できない。リリアのことだから、旅行に行ってきまーす、くらいはSNSでつぶやくかと思ったが、それもない。らしくない。
怖い。
小春は家に帰って部屋に閉じこもった。親にも、リリアのお母さんにも言えなかった。
同日、大学生のユウカもツアーの説明会に来ていた。
「ワクワクするね」
ユウカは隣の席の女の子に声をかけた。楽しみで仕方なくて、思わず知らない子に話しかけてしまった。
「私は、ドキドキです。チラシの『新たな自分に出会う旅』という言葉にまんまと惹かれたんですけど、これで自分の引っ込み思案な性格が変えられたらいいなと思って参加しました」
「いいね、そういうの、前向きで。お互いがんばろうね」
ユウカは個室で一通りの説明を受けた。
「何か質問はありますか」
「はい、確認しておきたいのですが」
「どうぞ」
「参加費ゼロって本当ですか」
「はい、無料でご提供させていただきます。強力なスポンサーが、この企画に賛同しているのです」
「日数は未定って、どういうことですか」
「それはお客様次第ということです」
「帰りたい、となったら帰れるんですか」
「はい、その場合、現地解散となりますが」
「規定の日数いたら、連れ帰ってもらえるんですか」
「ええ、1か月、2か月、というように月単位でお願いしています」
「携帯は使えますか」
「自由にお使いいただいて結構です」
「持ち物も自由ですか」
「はい。ですが、向こうに必要なものは全て揃っておりますので、現在お持ちの身の回り品だけで大丈夫ですよ」
「え?一度家に帰りたいんですけど」
「それはできません。ミステリー召喚ツアーですからね。そういう不安もワクワクに変えてお楽しみいただくことになっています」
「パスポートも不要ですか」
「ええ、必要ありません」
ユウカは考えた。
いざとなったら現地解散させてもらえばいい。パスポートが不要ってことは、国内なんだろうし、携帯が使えるなら、いざという時は親に迎えに来てもらえばいいか。クレカも持っているし、うん、大丈夫。あの隣の子も、勇気を振り絞って新しい自分に出会おうとしてる。私もやってみよう。夏は自分を変えるチャンスだ。
「あの、ミステリーツアーを終えて帰宅してから、ツアーの内容を友達に話すのはダメですよね?」
一応、聞いてみる。
「別に構いませんよ。ただし、SNSで大々的に知らせるのはお止めくださいね。この後も、第三弾、第四弾と計画しておりますので、ネタバレは営業妨害になりますから」
「あ、ほんとですね。内緒にします」
「ごく内輪ならいいですよ。でも、次に参加してみたそうな人がいたら、是非ご内密に」
説明係の人は、人好きのする笑顔でいたずらっぽく言った。
「分かりました」
「ツアーに参加しますか」
「はい、お願いします」
こうしてユウカも、ミステリー召喚ツアーへの参加を正式に決めた。
第2弾ミステリー召喚ツアーの参加者は、総勢12名となった。
◇ ◇ ◇ ◇
「そろそろですかな」
神官長の言葉に、神官たちは居住まいを正した。
異世界からの聖女たちが、これからやって来るのだ。失礼があってはならない。これからしばらくの間、わが国のために働いていただくのだ。機嫌を損ねることなく、任務を全うするように導かなくてはならない。こちらの文化風習に馴染むのには時間がかかるだろうが、少しでも快適に過ごしていただいて、聖女としての力を発揮してもらわねばならない。対応する神官の見目の良さ、清潔さにも気を遣い、万全の態勢で今日を迎えた。
二ヶ月前、第一弾としてやってきたのは、アメリカという国の少女たちで、我が強いことこの上なかった。やれ食事が不味いだの、聖女の仕事が面倒だの、自由に観光させろだの、不平不満だらけだった。
毎朝の禊という最低限の日課でさえ、なんの意味があるのかと、ほとんどやってくれなかった。禊といっても冷たく厳しいものではなく、教会の中庭の泉で、手足と顔を洗うだけなのだ。完全無料で招いているのに、100%お客様のつもりで様々な要求をしてくる。こちら側も根を上げて、一週間で全員お帰りいただいた。
その反省を生かし、第二弾の今回は、日本という国から召喚することにした。聞くところによると、日本国の女性は、自己主張はあまりせず、仕事には真面目に取り組む者が多いらしい。アメリカから来た女性たちの話なので、どこまで本当か分からないが、神官たちは、今度こそと期待している。
召喚の部屋に、眩い光があふれた。
神官たちも思わず目をつぶってしまったが、目を開けるとそこには、小柄な女性たちがまとまって、興味津々な表情で辺りを見回していた。
「聖女様方、ようこそ我がミトレス公国へ」
神官長の深々とした礼に、神官たちも倣う。
「え?聖女って言った?」
「言った、言った。そういう設定なんだね」
「でも、私たちどうやって来たんだろ。一瞬過ぎない?」
「ビルの一室を改造してあるのかな」
「それにしても本格的じゃない?この年季の入った石組みの部屋とか、あの六本木のビル内にどうやってこしらえたの、って感じ」
「ツアーっていうから、乗り物で異動するのかと思ったけど、意外だわ」
「だって、召喚でしょう?乗り物に乗ったら台無しじゃない」
「それもそうか」
小声でさざめく少女たちは、この空間に違和感を感じていないらしい。むしろ雰囲気に感心している風だ。
「この度のミステリー召喚ツアーでは、我がミトレス公国で、聖女として過ごしていただきます。皆さまには、まず聖女としての在り方を学んでいただき、癒しの力を身につけましたら、ミトレスの各地の神殿へ赴いていただき、病気やけが人の治癒を行っていただきたく、お願い申し上げます」
「え?なんか仕事があるっぽい」
「その前に学ぶことがあるみたいだよ」
「いいじゃん、いいじゃん。外国人だって日本の宿坊に泊まって座禅組んだり、修行するじゃん。ああゆうのとおんなじだよ」
「なるほど、異文化体験か。それに、みんな行き先違うみたいね。頼れるのは自分一人か、うん、楽しそう!」
少女たちは素直な質なのか、嬉しそうに語らっている。これなら上手くいくかもしれない。神官長は、ひそかに胸をなで下ろした。
「今日のところは、ひとまずお部屋にご案内いたしますので、夕食時までごゆっくりおくつろぎください」
そう言って、石造りの部屋を出て、階段を登ると、これまた古式ゆかしいというか、時代がかったというか、重厚な調度品が並ぶ豪勢な部屋に通された。
部屋は三人ずつだが、広々としているので窮屈な感じはない。
リリアと同室なのは、アスカという高校生と、ユウカという大学生だった。
三人とも、ヨーロッパ調の室内を興奮気味に見て回った。
「わあ、雰囲気あるねえ」
「どこぞの貴族様ですかって感じよね。ビルの中をこんな大々的に改装するのってすごくない?ツアー費用も出してくれるって、スポンサーはアラブの大富豪様ですか?」
「太っ腹だよねー」
「カーテンも明けてみようよ。六本木の景色を上から見てみたい」
「だいたい、ここ何階だろうね。説明会の部屋は十二階だったよね。召喚されたから、違う階かな。一瞬であの部屋に移動したよね、不思議」
「いまだにあのイリュージョンは意味不明だわ。どうやったんだろ」
「集団催眠術だったりして」
リリアが厚いカーテンを開けると、目の前に他のビルは見当たらなかった。
「やっぱり最上階ってこと?」
「違う、違うよ、ここ六本木じゃない!」
「東京でもないかも」
「どういうこと?何これ!」
三人は窓の外に見える景色に呆然とした。
高層ビルがない。
今いる部屋は二階ほどの高さしかなく、下は石畳だ。
「ハウステンボスかと思った」
「でも、その向こうは畑だよね」
「六本木から一瞬で来れるところじゃないのは確か」
「グーグルマップで現在位置分かるんじゃない?」
「うそ!スマホが圏外になってる」
「電波を妨害されてる?」
「・・・ここ、日本じゃないのかも」
「さっきミトレス公国って言ってたよね」
「そういう架空の国の設定なのかと思ってた」
「ちょっと聞いてくる」
一番年上のユウカが入口に向かった。
カチャリ。ドアは素直に開いた。
「あの」
「どうかなさいましたか」
入口を守るように立っていた騎士のような人が、笑顔で訊ねた。
「あの、ここは、どこですか」
「ミトレス公国です」
「ミトレス公国って、どこにある国ですか」
「ギリシアン大陸の中ほどに位置しています。これより詳しいことは、明日から学んでいただくことになります」
「スマホが使えないんですけど」
「申し訳ありません。スマホが何か分かりません」
「分かりました。ありがとう」
「マジか」
「日本じゃないのか」
「本当に召喚されちゃったの?」
「召喚ツアーって、ガチのやつだ」
「帰りたい」
「期日前なら、現地解散だったよね」
「パスポート要らないなら、国内だなって安心してたのに」
「本気で召喚されてたなんて」
「ヤバい」
「怖い」
「超楽しみ!」
「「は?」」
リリアの超楽しみ発言に、ユウカとアスカは、信じられないものを見るような目を向けた。
「だって、もう来ちゃったんだよ?丁重に迎えられたし、異文化体験しながら一ヶ月過ごせばいいんでしょう?」
「でも、みんなバラバラになるんでしょう。不安です」
「ホームステイだってそうじゃん」
「・・・」
「なんか、リリアさんのおかげで、なんてことないような気がしてきた。そもそもミステリーツアーなんだから、このくらいの不思議は当然、かも?」
「そうそう、楽しんだもの勝ちだよ」
「・・・二人とも、切り替え早過ぎませんか」
リリアの言葉で気分が軽くなった二人も、なんとか頑張って一ヶ月を乗り切ろうということになった。
他の三部屋でも、似たようなやり取りがあり、誰もパニックを起こすこともなく、美味しい夕食をいただいて、豪華なベッドで優雅な眠りについた。
◇ ◇ ◇ ◇
ミトレスは、かつて軍事大国であった。
資源と人材はまず戦力強化に費やされ、拡大する版図とは裏腹に、国は疲弊し食糧不足は深刻だった。解決策として上層部が提案するのも『他国から奪え』という馬鹿の一つ覚えの方針だった。
結果、若い世代は戦で死に、老いた世代は早目の寿命で死んだ。その中間世代と赤ん坊は、飢えで死んでいくことになった。
好戦的な王が倒され、穏健派の公爵が治める公国となり、規模はかつての小国に戻った。
国の大部分を占める農民はそれを歓迎した。彼らにとって重要なのは、育てた小麦が踏み荒らされないこと、略奪されないこと、そして畑の働き手を兵士としてとられないことだからだ。明日も家族で農作業ができる、そのことが幸せだった。
とはいえ、荒らされた畑は元に戻すのが大変だった。食糧難から体力も落ちている。病気に打ち勝つ自然治癒力も、薬もない。癒しの力を持つ教会の神官たちの働きにも限界がある。
神官たちは、治癒をし、神に祈り、孤児の世話をするというギリギリの生活の中で、異世界から魔女なり聖女なり、この現状を打破してくれる人たちを召喚する古代魔術の復活を望むようになった。
古代魔術の栄えた時代とは、今から数百年も前の話だ。
ある異世界が大航海時代を迎え、数多の船が新天地を目指して出航した。幾隻もの船が嵐に沈み、そのうちの一隻がどこかねじ曲がった空間を経由して、この世界のギリシアン大陸に流れ着いた。その船員たちは、もう海になど近寄りたくもないと、内陸へ内陸へと移動した。そして、ここミトレスにたどりついて定住した。異世界の彼らは、船乗りに雇われる前は、農民だった。それでミトレスでも農業に従事し、記憶に残る農業技術で、ミトレスに豊かな実りをもたらした。
彼らの多くは同郷で、以前の世界では魔女と呼ばれた女たちの末裔であった。かつて魔女は処刑の対象だったので、彼らは魔術が使えることをを隠していた。そして、魔術を使わないことで、魔力は身体から消えようとしていた。
ところが、界を渡ったせいなのか、消えそうだった魔力が膨大になり、治癒をはじめ様々な魔術が使えるようになった。こちらでは、その能力を隠す必要もないので、神官となり、人々を癒し、畑にはびこる病気を浄化したり、天候を予想して対策を立てたりした。大掛かりなものでは、以前住んでいた異世界から、人を招いたりもした。界を渡ることで、魔力が膨れ上がることが分かったので、こちらの世界で役立ってもらおうと考えたのだ。
だがそれは、こちらの一方的な利益のためで、非人道的であるとして、召喚はそれ以降行われなくなった。
そして時代は下って現在、きれいごとを言っていられないほど切羽詰まった状況にある。それなら期間限定で、しかも相手の了承を取った上で、異世界から聖女となるべき女性たちを招き、ミトレス公国の復興に手を貸してほしいと頼むのはどうだろう、という意見が出された。
神官たちは古文書を漁り、召喚の魔術を復活させ、異世界に交渉人を立てるべく魔術を磨いた。
そして実行されたのが、ミステリー召喚ツアーなのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「というのが、我がミトレスの近年の歴史であり、あなた方を召喚した理由なのです」
と、神官長は締めくくった。
日本からの聖女たちは、実に静かに聞いていた。時々、健やかな寝息も聞こえたが無理もない。この穏やかな神官長の話しぶりは、耳に心地よく、脳よりも心が慰撫されて、つい、うとうとしてしまうのだ。
「すべてを記憶してもらう必要はありません。覚えておいてほしいことは二つです。
まず一つは、我らの召喚によって界を渡ったことにより、皆さんには聖女の力が与えられたということ。
もう一つは、その力を使って、わが国の復興に協力をお願いしたいということです。具体的には、病気やケガをした人の治癒と、荒れた大地を浄化し、豊穣の祈りを捧げてほしいということです。
ミステリ召喚ツアーという触れ込みでしたので、多大な期待をしていた方には申し訳ないのですが、ご協力いただけないでしょうか」
神官長は、祈る思いで日本からの聖女たちを見渡した。本来なら神官たちの祖先と同じく魔女と呼ぶべきだが、国を救う手助けをしてもらうのだから、聖女と呼んだ方が心証が良かろうということで、あえて聖女と呼ぶことにした。
「私は、良いですよ。異世界とか、二度とできない経験だろうし、治癒とかできるものならやってみたかったもの」
「私も、ひと月後に必ず帰してもらえるのなら、やります。そして仕事の合間に、異世界をあちこち見て回りたいな」
「ラノベみたいに治癒や浄化ができるっていうだけで、ミステリーツアーの価値が十分にあると思います」
神官長たちの心配をよそに、聖女たちは快く受け入れてくれた。
そして、その日からさっそく治癒の練習が始まった。
まず、教会の泉で手足と顔を清めたら、皆で女神に祈る。文言は難しいので、少しずつ後について真似をする。
そして、いよいよ治癒の練習だ。
「ここに傷をつけた豆があります。この傷を修復してください」
そんな初歩の初歩から始めて、一週間で治癒をマスターし、次の三日で土の浄化を覚えた。豊穣の祈りは、決まった祝詞を丸々読み上げるだけだ。これで本当に効果があるのかと不安になる者もいたが、一面に実る小麦畑を想像すれば、多少文言を間違えたところで問題はない。
その後、ミトレスの各地に配属され、その地の神官とともに、けが人や病人を癒したり、大地に祈りを捧げた。彼女たちは、聖女様と慕われることでますます熱心に努めた。荒れ果てたミトレスには、観光地といえるほど賑わった街もないが、風光明媚な場所がそこここにあり、馬車で少し遠出するだけで、旅行気分が味わえた。
彼女たちのおかげで、ミトレスは緩やかながら復興の兆しが見えてきた。
一ヶ月後、十二人のうち九人は帰ることになった。学校が始まれば、休むわけにはいかないからだ。
残る三人は社会人で、二人はもうひと月続けることになった。残りの一人は、会社を辞め次の仕事を探し始めたところだったので、いっそこのまま定住したいと言いだした。どうなるかはまだ分からない。
帰還組のリリアやユウカたちは、最初にやってきた召喚室に連れてこられた。
召喚室には、ミトレス大公も姿を見せ、彼女たちの労をねぎらい、丁寧に感謝を述べてくれた。そして、神官長と神官たちに見送られ、彼女たちは眩しい光とともに元の世界に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
「あれ?」
リリアは、六本木のビルのエントランスに立っていた。
「何しにここに来たんだっけ?」
思い出せない。周りを見回しても、覚えのない風景だ。どうしてここにいるのだろう。
少し離れたところに、同じ年くらいの子たちが立っている。あの子たちも、このオフィスビルに用があるようには見えない。何してるんだろう。
とりあえず家に帰ろう。
リリアが帰宅すると、母が泣きながら怒鳴りつけてきた。その興奮ぶりが理解できなかった。落ち着いてもらって訳を訊ねると、
「今日が何日だか分かっているの?」
と、質問で返された。
「7月28日でしょ?」
「今日は8月の28日よ。一ヶ月もの間、どこに行っていたのよ」
「え?」
「え、って何?千佳ちゃんに聞いたんだけど、変なツアーに参加するとか言ってたらしいじゃないの」
「変なツアーって?」
「ミステリーだか召喚だか、意味不明なやつよ。あんた調子に乗りやすいんだから、そういうのに引っかかったんじゃないかって心配して、捜索願も出してたのよ」
「何それ、意味分からないんだけど?」
このまま押し問答していても埒が明かないと思ったリリアの母は、リリアを連れて警察を訪れた。
リリアと母親は、『デイドリーム株式会社によるミステリー召喚ツアー事件捜査本部』という長いタイトルの貼り紙のある部屋に通された。
中には見覚えのあるような子が何人かいたが、どこで会ったのか思い出せなかった。向こうもリリアのことを見て、怪訝な顔をしている。
それから個室に通されて、入れ替わり立ち替わりやって来た人から、同じようなことを聞かれた。いくら聞かれても、思い出せることはなかった。
ビルの入口の監視カメラに写っていたのが先月のこと、小春とともに入っていき、その後小春は出てきたが、リリアは一ヶ月後の今日、初めて出てきたところが映っていたという。だからリリアはひと月の間、このビルのどこかにいたことになっている、らしい。
それから、同時期に行方不明となっていた人たちと顔を合わせる機会があったが、誰かに似ているな、くらいの感想で、はっきり言って全員初対面だった。
マスコミにつきまとわれたこともあったが、あまりに手がかりもなく、記事にしようもなかったのか、大して煩わされることもなくいなくなった。
☆ ☆ ☆
あれから五年たち、リリアは大学4年生になっていた。
いまだに、ふとした時に、あれは何だったんだろうと思い出すことがある。
あの夏の記憶はひと月分欠けているが、なぜか無駄にしたという気持ちにならなかった。なにか懐かしく充実した日々がそこに詰まっていたような気がした。思い出したいけれど、思い出してはいけないほど大切なものが、体の奥底に埋め込まれている。蓋を開けたら大事なものがこぼれ落ちてしまいそうだった。
最近、繰り返し見る夢がある。
手のひらから温かいものが流れ出て、目の前の人が笑顔になる
子どもが私の名を呼んで手を振る
おじいさんが皺だらけの顔で笑う
荒れた大地を馬車で行く
ライトノベルの一場面だろうか、日本ではなさそうな風景だ。
日ごとに夢に見る場面が増えていく。
繰り返し見るせいか、声に聞き覚えがあるような気がしてくる。
教会の泉で顔を洗う
荒れた地面にきれいになれと力を注ぐ
豊穣を祈る祝詞の言葉が鮮明に聞こえる
私の声だ
ユウカさんと、アスカさん
ああ、そうだ、ミトレス公国に一緒に行った人たちだ。
思い出した。
ミトレス公国を去る時、神官長がこう言っていたのだ。
「お戻りになったら、こちらのことは忘れているでしょう。周りからの煩わしさを避けるには、思い出せない方がいいのです。けれど、こちらでの記憶を永遠に閉じ込めてしまうことはいたしません。ほとぼりが冷めた頃、五年後に、皆さま方の記憶をお返ししましょう。ひと息に甦ると混乱するでしょうから、すこしずつ夢見るように記憶が溶けだしていくようにします。ここでの記憶が、皆さまにとって幸せな思い出となってくれることを願っています。どうぞ、お元気で」
今日は8月28日だ。ちょうどリリアたちの帰還から丸五年だ。
あのミステリー召喚ツアー事件では、十二人のうち最初に九人が同じ日に、翌月二人が同日に帰宅した。そして最後の一人は、とうとう帰宅が確認されなかった。
最後の人は、リカさんという落ち着いた女性だった。配属された教会の神官さんと仲良くなったらしいと、ユウカさんから聞いた。本当に彼女が帰ってこないままだったのか、もはやリリアには知る術もないが、どちらにいたとしても幸せであってほしいと思う。
それにしても、五年という年月はどうなんだろう。もっと早く思い出したかった気もするし、そもそも喪失期間がなくても良かったのに、とも思う。でも、覚えていたら、もっとややこしいことにはなっていたと思う。まず召喚など信じてもらえないだろう。精神疾患を疑われ、洗脳の可能性から、さらに私生活が根掘り葉掘り調べられたかもしれない。いっそなんの手がかりもない方が良かったのだ。きっと。
そう思うことにした。
読んでいただき、ありがとうございました。