6 一番近くに
次話で完結です。
けれども戦争が終わってしまえば、緋央の力など忌まわしい死を呼ぶだけの、最低なものでしかない。
(父が死に、皇帝となって朱華に会ったとき、一月後の死期を告げられて安堵すらした)
そんなことを考えながら、緋央はゆっくりと目を開ける。そして、周りの光景に改めて向き合った。
「――お命頂戴いたします。皇帝陛下」
「……」
朱華から告げられた死の期日は、日付が変わって今日このときである。
満月の下、宮殿内の庭に続く回廊で、緋央は十人ほどの刺客に取り囲まれていた。その中のひとりが笑いながら、緋央に剣の先を向ける。
「あなたさまは後宮の冥妃にご執心の上、食事をその妃にだけ作らせていたとか? これでは遅効性の毒を飲ませ続けるという方法も取れそうにないと、雇い主が痺れを切らしましてね」
刺客が笑い、至って楽しそうに笑う。
「数々の呪いを差し向けましたが、そのどれもがあなたさまには通用せず……こうして直々にまいった次第でございます」
(見張りがみすみす逃したとは思えない。やはり大臣のうち何人かが手引きして、こいつらを宮内に引き込んだか)
緋央は淡々と状況を分析し、想像通りの展開になったことに納得していた。
この状況を読むのは、朱華に借りた物語の先を当てるよりも容易なことだ。
(俺が死を呼び続けた所為で、俺が最後の皇族だ。俺が死ねばこの国は、力を持つ大臣たちが乗っ取れる……)
腰に帯びた護身用の剣の、その柄に手を置く。確認しておきたかったことがあり、緋央は口を開いた。
「後宮に、呪詛の蛇を忍ばせたのもお前たちだろう」
「丹精込めて作った呪詛を、あれほど簡単に斬り捨てられるとは思いませんでしたよ。挙句によほど強力な術師を雇ってくださったようだ、後宮には一切の呪詛が入り込めなくなった」
「戦場で、少々伝手があったものでな」
朱華が泣いたあの夜に、呪いの気配が後宮へ入り込んでいたことには気が付いていた。
だから緋央は一日この都を離れ、後宮を守るための算段を整えたのだ。何者かが緋央を狙っていたとして、それに朱華が巻き込まれる可能性は大いにあった。
そして事実、呪詛の蛇は朱華のもとに現れて牙を剥いたのだ。
(朱華を危険な目に遭わせたのは、俺の浅慮によるものだ。……考えなしに後宮に通い、朱華が寵妃であることを周囲に知らしめた)
緋央は表情を変えないまま、剣の柄を握り締める。
(……俺が死を呼ぶ身だと分かっていながら、朱華の顔を見たいと思ってしまった……)
いまもこうして、あの笑顔をありありと脳裏に思い描いてしまう。
『生きるのって楽しいんですよ、緋央さま!』
朱華から語られる様子を見れば、彼女が後宮で虐げられてきたことはよく分かった。
緋央とまったく同じ境遇だ。朱華は死を呼ぶ存在と恐れられ、忌み嫌われていた。
それなのに朱華は笑顔を絶やさず、それどころか彼女なりに生きることを楽しんで、それを緋央に教えようとしてくれたのだ。
『緋央さま、今日はお外で遊びませんか!? 見よう見まねで凧なるものを作ったのです!』
竹ひごを触って怪我をしたのか、朱華の指先には包帯が巻かれていた。
特別な遊びなどをしなくとも、朱華が凧作りをどれほど頑張ったかの話を聞いているだけで、あっという間に夜が更けた。
『緋央さま、あの物語がこの先どうなるか気になりますよね?』
物語の展開など、張られた伏線に気が付けばすぐに見抜ける。けれどもすべてに目を通したのは、読み終わったあとに瞳を輝かせて書の話をする朱華の、はしゃいで話すことを理解したかったからだ。
こんな感覚は初めてだった。その礼として持ち込んでみた花を渡すと、それを抱きしめて嬉しそうに笑う。
『良い香り……私、後宮のお花畑には明るい時間に近寄ったことがなくて、いつも遠目に憧れていたんです。こうやって近くでお花が咲いているのを見られて、とっても嬉しいです!』
そんな言葉を耳にしたら、翌日から花を持たずに後宮に行く気になどなれなかった。そして何よりも、緋央の言葉によって彼女が泣いたとき。
『……泣いてるところをお見せしたくないので、お膝からちょっとだけ退いてくださいいいー……っ』
そう言って子供のように、安心して泣きじゃくるその顔を、とても大切に愛おしく思った。
(その所為で、朱華を危険に巻き込んだ)
所詮緋央は、他人に死を呼ぶ存在だ。
「あなたのお噂は聞いていますよ。戦場で敵の只中に飛び込み、自分の身を一切守るご様子なく戦ってこられたとか?」
「……」
「それで命を落とさなかったのですから、素晴らしい武才をお持ちと見える! ですがあなたのご本心は、生きることに執着などないのでしょう」
刺客の口にするその言葉は、まるで緋央の本音を見透かしているかのようだった。
「幼い頃から血族が命を落とし、ついにひとりぼっちになってしまった貴方! あなたの乳母によればお母君は、あなたが幼い頃より、あなたのせいでみな死ぬと言い聞かせてきたのだとか?」
「……」
あまりに知りすぎているその言葉に、緋央はひとつ納得した。
「……尋ねてもいいか」
「ほう? なんなりと」
ほんのわずかに痺れている指先を隠しながら、刺客の姿を見据えて口を開く。
「俺の父母……そして兄たちを殺す命令を、何者からか受けていたか?」
「……くくっ!」
刺客たちがそれぞれに剣を構え、いよいよ殺気が濃くなり始めた。
「そのご様子であれば、今夜刺客がやってくることに気付いていらっしゃったようだ! あなたの忠臣はそれぞれ遠征に出向き、味方が少ない状況。よほど命を捨てたいからこそ、こうして無防備に夜の庭をうろつかれているのでしょう」
その推測だけは外れている。緋央は短く息をつき、庭の隅にある塀を見遣った。
(この庭が。……朱華のいる後宮に、もっとも近い場所だからだ)
次話は明日の朝6時に更新します!
その更新分で完結となります。
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