表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/7

4 あなたに会いたい

「そあ……っ、へ、変なのは私でなく緋央(ひおう)さまです!!」

「ほう? 一体どこが」

「どこもかしこもですよ! あと十日で命を落とすって分かっていらっしゃるのに、そんなに平然と過ごして……そもそも私のことを怖がらないのなんて、家族以外は緋央(ひおう)さまだけで」

「……」


 そう告げると緋央(ひおう)は目を眇め、朱華(しゅか)に手を伸ばした。


「何を怖がる理由がある?」

「だ……だって。私の能力は、他の人の死期を見ることで……」

「その力に罪など無いだろう」


 あまりにもはっきりと言い切られて、朱華(しゅか)は目をまんまるくする。


「自らの死期を知ることが出来れば、それを回避する手段が取れるかもしれない。避けられない死であるとしても、お前の力によって己の生に向き合い、死までの日々を有意義に過ごせる人間もいるはずだ」

「……緋央(ひおう)さま」


 綺麗な形をした緋央(ひおう)の手が、朱華(しゅか)の頬を撫でてくれる。


「冥妃の『死期見』は、人間に対して誠実な力だ。……少なくとも俺は、そう思う」

「……っ」


 そんな言葉を掛けられて、朱華(しゅか)の視界はぼやぼやと滲んだ。このまま瞬きをしたら雨になって、緋央(ひおう)の上に降らせてしまう。


「……っ、う、緋央(ひおう)さま……」


 ぐずぐずに濡れた双眸を袖で隠し、朱華(しゅか)は思わず抗議した。


「泣いてるところをお見せしたくないので、お膝からちょっとだけ退いて下さいいいー……っ」

「っ、ふ。……断る」

「うううー……っ!!」


 今夜の緋央(ひおう)は意地悪だ。朱華(しゅか)がべそべそと泣く顔を、両手で隠すことを許してくれなかった。けれども朱華(しゅか)がやがて泣きじゃくるようになると、少しだけ焦った顔をしてあやしてくれる。


(うれしい。……うれしいです。誰も幸せに出来ないと思っていた力を、そんな風に仰って下さるなんて)


 けれどもやっぱり朱華(しゅか)にとって、気掛かりなのは緋央(ひおう)のことだ。


緋央(ひおう)さまを、死なせたくないです)


 緋央(ひおう)に抱き寄せられ、それに甘えてぐすぐすと泣きじゃくりながらも、朱華(しゅか)は心の中で問い掛ける。


(どうやったら緋央(ひおう)さまに、死にたくないと思っていただけますか?)


 けれどもただひとつ、確かな事実は存在していた。


(私では、緋央(ひおう)さまが生きていたいと感じてくださる理由にならない――……)


 それでも、どうしても死なせたくない。

 そんな想いが募るのに、刻限までは僅か十日だけだ。


「…………」


 泣いている朱華(しゅか)を抱き締めた緋央(ひおう)が、寝所の外の気配に耳を澄ましていることに、朱華(しゅか)が気付くことはないのだった。



***



 朱華(しゅか)が見た緋央(ひおう)の死の日まで、残り五日。


 昨夜は珍しく、緋央(ひおう)が後宮に来なかった。


『今夜はお渡りがない』と聞かされてとても落胆したのだが、今日は彼に会うことが出来る。

 そう思うとなんだかどきどきして、鼓動は寝所に向かうにつれて大きくなった。


 渡り廊下の途中で立ち止まり、庭の池を覗き込む。月の光に照らされた水面を鏡にして、朱華(しゅか)は前髪を手で直した。


 水面に映った朱華(しゅか)の顔は、自分でも見たことがないような、何かに焦がれる表情をしている。


緋央(ひおう)さまに早く会いたい。……お顔を見て、お声を聴いて……)


 朱華(しゅか)をやさしく慰めてくれたことを思い出すと、どうしても頬が火照る。


(あんなにお優しい方に、死の危険や恐怖が迫っているなんて、絶対に嫌だもの)


 立ち止まったのは僅かな時間のつもりだったが、実際はそれなりに時間が経っていたようだ。いつまでも来ない朱華(しゅか)を不思議に思ってか、渡り廊下の先にある寝所の戸が開かれる。


「――朱華(しゅか)?」


 名前を呼ばれてどきりと肩が跳ねた。慌てて寝所の方を振り返ろうとした、そのときだ。


緋央(ひおう)さ、ま……っ!?」


 池に映り込んだ月の中から、火のような何かが飛び出した。


 それは真っ赤で巨大な蛇だ。燃え栄える色をしたその蛇が、朱華(しゅか)の方目掛けて飛び掛かってきたのである。


(まさかこの蛇が、緋央(ひおう)さまの死因……!?)


 だとしたら絶対に守らなくてはならない。朱華(しゅか)は懐に手を伸ばし、護身用に持っていた短剣を取り出そうとする。


 けれどもそのときには、蛇は朱華(しゅか)の目の前に迫っていた。


緋央(ひおう)さま、お逃げくださ……っ」


 最後まで言い切る前に、蛇よりも鮮やかな赤色が朱華(しゅか)の前に翻る。


「……あ……」


 朱華(しゅか)の視界に映るのは、真っ赤な衣を纏った緋央(ひおう)の背中だった。


 彼の手に握られた抜き身の剣が、月の光を反射して氷のように煌めく。たった一瞬、朱華(しゅか)が怯えて瞬きをしたその刹那に、剣を抜いた緋央(ひおう)が蛇を切り払ったのだ。


 それを認識した瞬間、朱華(しゅか)緋央(ひおう)に取り縋った。


緋央(ひおう)さま、お怪我は……!?」

「……」


 行きた心地がしないほどの恐怖に、思わず体が震えてしまう。


(もしも傷を負っていたら。緋央(ひおう)さまが、蛇の毒を受けてしまっていたら……!)


 祈るような気持ちで彼の腕に触れた。見たところ怪我はないようだが、朱華(しゅか)の指は震えたままだ。


「どこか痛いところはございませんか? 嫌な感じのするところや、痺れや違和感は……」

「…………」

「私の、所為で」


 朱華(しゅか)が池の傍でぼんやりしていなければ、緋央(ひおう)を危ない目に遭わせることもなかったはずだ。襲われたとしても自分の身を守れていれば、緋央(ひおう)に庇ってもらうようなことはなかった。


「申し訳ありません、緋央(ひおう)さ……」

「謝罪をされる筋合いはない」

「!」


 緋央(ひおう)のそんな声を聞き、朱華(しゅか)は初めて気が付いた。


緋央(ひおう)さまのこんなに冷たいお声、聞いたことがない)


 恐る恐る顔を上げる。


 月を逆光に背負った緋央(ひおう)は、赤色の双眸に暗い光を宿し、ひどく忌々しそうな目で朱華(しゅか)を見下ろしていた。


「――俺は金輪際、お前に関わるのをやめる」


 告げられて、頭の中が真っ白になる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ