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【完結】後宮冥妃は、冷骸陛下を死なせたくない  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化


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2/7

2 どうして!?


***


 数日後、後宮の中央にある寝所に呼ばれた朱華(しゅか)は、昨日まで何度も繰り返した発言を改めて口にした。


「――どうしてご自身の死を回避しようとなさらないのですか、緋央(ひおう)さま……!!」


 窓辺に腰をおろした皇帝の緋央(ひおう)は、小難しいことの書かれた巻物を膝の上に広げつつ読み込んでいる。

 朱華(しゅか)がその肩をゆさゆさと揺さぶれば、彼は気だるげに、それでいてやさしく手で押し退けながらこう言った。


「そもそも俺は、自分の死期に興味は無い」


 灯籠の光によって、彼の長い睫毛の影が頬に落ちている。即位直後のことを思い出したのか、緋央(ひおう)は溜め息をつきながら言った。


「どうでもいい。一度は必ず死期見に会うよう、側近がうるさく言うから仕方なく来ただけだからな」

「いやいやいや、だってまさかの一ヶ月後ですよ!? その理由が事故か病気か火事なのか分かりませんが、一刻も早く対策を打たないと……!」


 朱華(しゅか)は力を発動させ、紫色に淡く輝いた瞳で緋央(ひおう)を見る。そこに書かれた数字は『二十七』に変わっていた。


「もうあと二十七日で、死の日がやってきてしまいます……」


 朱華(しゅか)が彼に訴えていることは、なんら間違ってはいないはずだ。けれども緋央(ひおう)は心の底から面倒臭そうな顔で、朱華(しゅか)の訴えを退ける。


「言っているだろう。どうでもいい、と。臣下にも『俺はあと百年生きるそうだ』と伝えてある、これで当面やかましく言ってこないはずだ」

「うう!! さすがは『妃探しが面倒な上、側近がうるさい』などという理由で、即位後に初めて会った女である私を妃にとご指名なさったお方……!!」


 あの突然の正妃指名について、緋央(ひおう)はあっさりと理由をそう話した。朱華(しゅか)はうううと唸りながら、頭を抱える。


緋央(ひおう)さまは生きることに頓着がなさすぎます! 確かにこの世のものとは思えない美しさをおもちですが、浮世離れしすぎかと!! 臣下の方だって心配なさっているでしょう!?」

「うるさいな。死ぬなら死ぬで構わない、それを回避するためのすべてが煩わしい」

(こ、こんな調子のお方が一体どうして、戦場で敵国の人間を屠って国を勝利に導けたの……?)


 あまりに何もかもが適当で、無気力すぎる。一ヶ月後に死ぬ恐怖心などまったく無さそうな緋央(ひおう)は、読み終わった巻物を丸めながら言うのだ。


朱華(しゅか)。続きは?」

「ううう、お持ちしますので少しお待ちを……! ひどいです、私のお話は全然聞いてくださらないのに……!」


 無表情で淡々と言い、寝所に朱華(しゅか)を呼びながら何もせずに眠るだけのこの皇帝を、朱華(しゅか)はどうしても諦められなかった。数日前に会った人といえども、みすみす死なせたい訳じゃない。


(それに、なにより……)


 緋央(ひおう)に渡すための新しい巻物を、朱華(しゅか)はぎゅうっと抱き締める。すると脳裏によぎるのは、幼い頃からこれまでに掛けられた冷たい言葉だ。


 後宮の片隅で暮らす幼い朱華(しゅか)のことを、女性たちはひそひそと噂しながら遠ざけた。


『「冥妃」って、人がいつ死ぬかが見えるんでしょ?』

『そんな人間が近くにいるなんて気味が悪いわ……』

『死期が見えてるんじゃなくて、あの冥妃が死を呼んでいるんじゃない? ほら、確か母親も亡くなって……』


 母の墓前に備える花を手に、何度も自分に言い聞かせたのだ。


(かなしくない。……かなしくない、誰も一緒に居てくれなくても……)


 朱華(しゅか)に死期を見させた先代皇帝も、はっきりと忌々しいものに向けるまなざしで朱華(しゅか)に命じた。


『今日こそ言うのだぞ、私の寿命が伸びたと。さもなくば……』


 けれどもそんな朱華(しゅか)に向けて、緋央(ひおう)だけが静かなまなざしで名前を呼んでくれた。


『――朱華(しゅか)


 出会ってほんの数日だけれど、朱華(しゅか)は彼を死なせたくないと感じている。


(私のことを怖がらずにいてくださったのは、この人だけ……)



 そのことがどんなに嬉しかったか、きっと緋央(ひおう)は知らないだろう。


 月を眺めるその横顔は、彼自身のことにさえ興味がない様子なのだ。


(この美しいお方が亡くなるまで、あと二十六日。緋央(ひおう)さまの命を落とす運命は、今ならまだ回避できるかもしれないけれど)


 本人がその死を回避するつもりがない状況で、どうにか出来るとは思えない。


(病なら治療が、事故ならば対策が必要なのに。緋央(ひおう)さまにその意思がない限り、後宮から出られない私にはどうにも出来ない……臣下の人に、本当の死期を伝えることすら)


 それでも、と朱華(しゅか)は決意する。


(……私はこのお方の命を、諦めたくない……)


 そうして緋央(ひおう)の肩をがしっと掴むと、勢い良く彼に言い募った。


緋央(ひおう)さま!! 生きていることがどれだけ楽しいか、私があなたにお伝えします!!」

「……何?」

「皇帝陛下のために尽くすことも、後宮の姫の務めのはず。仮にも私、妃なのですし! 緋央(ひおう)さまにとっての嬉しいことや楽しいことを、私がお手伝いいたします」


 朱華(しゅか)は胸を張り、なるべく堂々として見えるように振る舞った。


「そうすれば緋央(ひおう)さまも、死ぬのはやめておこうと思ってくださるかもしれないでしょう?」

「…………」


 すると緋央(ひおう)は息を吐き、心から冷めた声音で言うのだ。


「物好きなやつだな。好きにしろ」

「はい!! これからどうぞ、よろしくお願いしますね!!」


***


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