第四話『仕立て屋リリアン』
マーサさんに教えてもらった服屋は、町の一角に静かに佇んでいた。レンガ造りの建物は年季が入っているが、店の前には丁寧に手入れされた小さな花壇があり、柔らかな陽射しを浴びて色鮮やかな花が咲いていた。ドアには繊細なデザインのベルが掛けられていて、入店すると澄んだ音色が響いた。
「いらっしゃいませ」
穏やかな女性の声が俺を迎えた。店主らしきその女性は、リリアンという名前だった。40歳前後だろうか。茶色い髪を緩くまとめ、落ち着いた紺色のドレスを身に纏っている。細い眼鏡の奥に見える穏やかな瞳と、柔らかく微笑む口元に安心感があった。
「服を探しているんですが……」
俺は少し気まずさを感じながら話し始める。店内には布地や衣類が美しく陳列され、微かにラベンダーの香りが漂っていた。
リリアンは丁寧に頷くと、俺の体型をゆっくり観察してから声をかけた。
「あなた、随分痩せているのね。冒険者さんかしら?」
「あ、はい。実は、その……」
俺はギルド証を取り出し、気まずそうにそれを見せる。
「えっと、俺、本当は男性として見られたくて……」
リリアンは俺の顔とギルド証を交互に見てから、優しく頷いた。
「そう。女性の冒険者さんは特に大変よね。分かったわ。なるべくあなたの気持ちに沿ったものを選びましょう」
その言葉に胸が軽くなったように感じた。
リリアンは手際よく服を選び始める。淡いブルーのシャツや、丈夫そうな茶色のズボンを手に取り、次々に俺に当ててみた。
「こっちのシャツは動きやすくて、生地も丈夫よ。あなたの体型なら細身のものが似合うはずだから」
試着室に案内され、服を手渡された。試着室の中は柔らかな布が敷かれ、壁には木製の姿見が掛けられている。鏡の前に立ち、自分の姿を確認すると、いつものように胸の奥がざわついた。
見慣れたけれど、決して受け入れたくない身体。痩せすぎた腕や細いウエスト、女性特有の丸みを帯びたライン。小さくはない胸もまた、自分にとっては居心地の悪いものだった。
試着を終えると、リリアンが採寸のために中に入ってきた。
「少し失礼するわね」
リリアンの指は優しく丁寧で、採寸用の紐を使いながら俺の身体を測る。
「ちゃんと食べてる? こんなに細い身体で冒険者なんて……」
リリアンの声に本当の心配が滲んでいた。
「いや、その……元からこんな感じで」
言葉を濁す俺に、リリアンは黙って頷き、それ以上は追求しなかった。その静かな配慮がありがたかった。
「下着はどうしましょうか? 身体を締め付けすぎないタイプがいいと思うけれど……」
リリアンは、落ち着いた色合いの下着をいくつか見せてくれた。薄いグレーに細かなレースが施されたものや、白地に控えめな花柄が散りばめられたもの。派手さはないが、どれも丁寧に作られた美しいものだった。
「これなら、胸も目立ちにくくて動きやすいわ」
「ありがとうございます……これにします」
恥ずかしさを押し殺して答えると、リリアンは微笑んで頷いた。
「仕立て直しをして、三日後に用意しておくわ。代金もその時でいいから、心配しないでね」
俺はリリアンの優しさにぎこちなく礼を告げた。
帰り際、リリアンは俺の背中に優しい声を掛けてくれた。
「あなたがどういう姿であろうと、大切なのはあなた自身の心よ。いつでもまた来てね」
店を出て、柔らかな日差しを浴びながら俺はゆっくりと歩き始めた。胸に抱えた複雑な感情はまだ完全には整理できなかったが、それでもリリアンの言葉が静かに俺の心を温めてくれていた。