第三話『初めてのクエストと星降る宿屋のマーサさん』
冒険者ギルドを出ると、町の中心から少し離れた静かな通りを歩いた。町並みは石畳で整然と並び、木製の看板が風でゆらゆらと揺れている。市場の活気とは打って変わり、この辺りはのどかで落ち着いた雰囲気だ。遠くに見える森は深く濃い緑が広がっていて、町と自然の境界線のように横たわっている。
森に近づくにつれて、空気が少しずつ湿り気を帯びてきた。足元の草も深くなり、柔らかい土の感触が靴越しに伝わってくる。鳥の鳴き声が耳を楽しませ、小さな動物が枝葉を揺らして走り去っていく気配もある。
初めてのクエスト――それは、小さな赤い花『エルナフラワー』と薬の元になる青い草『リブル草』、そして木の実『メイプルベリー』を採取すること。
エルナフラワーは町の子どもが母親に贈るため、リブル草は学校の課題として必要とされ、メイプルベリーは『星降る宿屋』のマーサさんが料理に使うらしい。簡単な依頼ばかりだが、なんだか微笑ましい。
丁寧にしゃがみ込んでエルナフラワーを摘み取る。鮮やかな赤い花びらが指先でふわりと揺れ、小さな幸せを運んでいるように見えた。リブル草も難なく見つかり、青々とした葉は触れると少し冷たい。薬草らしい神秘さがあり、葉の裏側には細かな水滴が光を反射して美しかった。
メイプルベリーの木を見つけたのは、それからしばらく後だった。薄茶色の実をそっと割ると、中から黄金色の甘い蜜が溢れ出し、指についたその蜜を舐めてみるとほんのり甘く、心が少し穏やかになった。
クエストアイテムを採取し終え、俺はふと自分のスキル『正式売却』を試してみることにした。適当に拾った木の枝をスキルで確認すると、1シエルだった。だが、剣のようにかっこいい枝は10シエルという価格が表示された。
「やっぱり見た目とか形で差がつくのか……」
面白いことに気付いた俺は、色々試しながら帰途につく。石ころも拾ったが、今回は値段がつかなかった。
「タイミングとか欲しがってる人が近くにいるか、距離も関係あるのか?」
俺はスキルの特性について考察しながら歩き、気づけば日が沈みかけていた。
ギルドに戻ると受付嬢のアイリスが笑顔で迎えてくれた。俺が丁寧に集めてきたものを確認すると、彼女は満面の笑みで拍手をしてくれた。
「すごく丁寧に採取されていますね!初心者とは思えないですよ」
お世辞かもしれないが、褒められたことが嬉しくて自然と頬が緩んだ。
「ありがとう……次も頑張ります」
アイリスは頷くと、再び宿の案内をしてくれた。
「星降る宿屋、一泊1500シエルですが大丈夫ですか?」
スキルを使って枝などを売った結果、2000シエルほどの稼ぎがあったので大丈夫だ。
宿屋へ向かうと、そこには想像以上の存在感を放つ女性がいた。身長は2メートル近く、肩幅も広く筋肉質で、まるで鍛え上げられた冒険者のような体格だ。しかしその顔はとても優しく温かい微笑みを湛えていた。
「あら、いらっしゃい。冒険者ギルドの紹介でしょ?」
「はい、アイリスさんに聞きました。俺は蒼汰です。その……見た目は女性なんですが、心は男性なので……」
緊張しながらギルド証を見せ、事情を説明するとマーサさんは大きく頷き、朗らかに笑った。
「大丈夫よ、ここは女性専用の宿だけど、あくまで身体を休めるところだからね。あなたの身体に合わせた宿だと思って気軽に過ごして。心配しなくても、ここではあなたの心も尊重するから」
その言葉に、胸の奥にあった緊張が少し和らいだ。これまで他人からの優しさに触れる機会が少なかっただけに、その温もりが一層深く感じられた。
簡易シャワーを浴びながら、俺はふと思った。
「魔法がある世界なら、俺もいつか男の身体になれるかもしれないな……」
自分がなぜこの世界に来たのか、前世の記憶は未だ曖昧だが、この新しい人生に僅かな希望を感じながら、俺は柔らかいベッドに身を沈めた。
明日もまた、俺は俺らしく生きるための一歩を踏み出すんだ。
次の更新は来週末予定です