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第十話・前編『名もなき手紙と壊れた盾』

朝の空気は、薄く冷えていた。

蒼汰は、いつもよりゆっくりとした足取りで市場の通りを歩いていた。

昨日リリアンから受け取った服は、柔らかな布越しに肌を包み、しっかりと“今の自分”を支えてくれているように感じる。


(もう少し稼がないとな……。宿代は毎日かかるし、服代もやっと払えたところ)


何気ない一歩一歩が、ただの散歩ではなく、生きるための選択肢を探す行動に変わっていることを実感していた。


そんななか、南通りの外れで、一つの地味な露店が目に留まった。

粗末な布の下に、使い古された武具が並べられている。

その前で、飴色の皮エプロンを巻いた小柄な老婆が椅子に腰かけていた。日に焼けた顔に皺が刻まれているが、目元はどこか穏やかだ。


「いらっしゃい。処分品ばかりだけど、若い子には掘り出し物が見つかるかもよ」


「見せてもらっても、いいですか?」


「もちろんさ。気に入ったのがあれば、安くしとくよ。あたしゃこれを並べるのが好きなだけさね」


冗談めかした口調に、蒼汰は少しだけ肩の力を抜いた。


品物の中には、刃こぼれした剣、曲がった矢、欠けた盾。

ふと、蒼汰の手が止まった。半円ほどに割れた木製の盾が目に入ったのだ。


(割れてるけど……使い込まれた感触がある)


割れ目には泥が染み込んでいて、中央の装飾はすでに消えかかっていたが、縁の鋲や裏の革紐は比較的しっかりしていた。


「これ……いくらですか?」


「それかい?100シエルでいいよ。今朝出したばかりなんだ。何かに使えるかと思ってさ」


「買わせてもらいます」


蒼汰は代金を払い、盾を大きめの袋に入れて受け取ると、老婆に軽く頭を下げて店を後にした。



市場の端、小さな路地に入り、人通りの絶えた角で袋から盾を取り出す。

そしてスキルを起動した。


《用途:鍛冶師見習いの練習素材・魔防鋲の研究参考》

《売却価格:420シエル》


「やっぱり……使い道があったか」


盾は、ぼんやりと淡く光ったあと、静かにその場から消えた。

これで差額320シエルの利益。


蒼汰は安堵と同時に、心の中にわずかな誇らしさを覚えた。


(“ただのゴミ”じゃない。ちゃんと、誰かのところへ“届ける”ことができた)


その思いが背中を支えた。



その帰り道。古びた道具屋の裏手で、何気なく視線をやった先に、ぼろぼろの革袋が落ちていた。

縁が擦れてほつれているが、中に何かが挟まっているのがわかる。


蒼汰はすぐに道具屋の店主に声をかけた。


「あの……あの袋、売り物ですか?」


「ん?ああ……あんなもん、誰かの落とし物か、廃品の混ざりだな。拾ったが中身は紙くずだろ。10シエルでいいさ」


「買います」


渡された袋は、確かにくたびれていた。

だが、中を開くと、一枚の便箋が丁寧に折られて入っていた。

紙は湿気を吸って、ところどころインクが滲んでいる。


『……帰ったら、今度こそ……あの子と三人で……誕生日……忘れて、いない……』


読めるのは、そんな断片的な言葉だけだった。

けれど、それだけで、胸の内に冷たいものが流れた。


(……これ、誰かに届くべきものじゃないか……?)


ポケットにしまいかけた手が止まる。


(スキルで売ったら……もしかしたら、本当に“欲しがってる人”に届くのか?)


少しだけ迷った。だが、届くべき場所に届けることが、今の自分にできることかもしれない。


「……届けてやってくれ」


囁くように言って、手紙を軽く持ち上げた。


スキルを起動。


《用途:亡き者の声を届けるため/必要者:所在不明》

《売却価格:30,000シエル》


──数字が浮かんだ瞬間、息を呑んだ。


(そんな……)


今までで最も高額な評価だった。

だが、その金額は“物としての価値”ではない。“思い”の重さだ。


手紙はふわりと光に包まれ、静かに蒼汰の手から離れた。

それはまるで、長い旅路の果てにある誰かの元へ向かう風のようだった。



(……本当に、届いてくれよ)


そう祈りながら歩く帰り道。

リュックの中で、使いかけの筆記用具と、空のノートがやけに重く感じられた。


何かを書きたくなる夜になるかもしれない。

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