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第九話・前編『乾いた市場と、届けられる価値』

あまりにも文字が多くなったので分割します。


朝の空気はまだ冷たく、淡い朝日が木製の床に筋を描いていた。

蒼汰は上着の襟を直しながら食堂に降りると、マーサが既に朝食の支度を終えていた。


「おはよう、蒼汰ちゃん。今日の市場、ちょっと面白い日かもよ」


「面白い?」


「週に一度の“まとめ売り”と“素人出展”の日なの。お買い得もあるし、変わった品もよく出るから、目利きが利く子には掘り出し物の宝庫ね」


にこやかにそう言って、マーサはテーブルに朝食を並べてくれた。

パンとハーブ入りの卵焼き、熱々の野菜スープ。温かいものを胃に収めるだけで、頭がしゃっきりとしてくる。


(服代5000に、宿代が1500。あと5030シエル稼がなきゃいけない。昨日よりも、もう一歩踏み込んで“売れる理由”を探す必要がある)


朝食を平らげて礼を言い、宿を出た蒼汰は、陽光の満ちた通りを市場へと歩き出した。



今日の市場は、いつも以上の活気に包まれていた。

香草や焼き菓子、干された魚の香り、叫ぶような売り声と、屋台越しの談笑。

“まとめ売りと素人出展の日”──マーサの言った通り、規格外の商品や訳ありの品が多く並んでいる。


まず目に入ったのは、木箱に詰められた乾燥野菜の袋だ。

よく見れば、色の濃さや切り方にムラがあるが、保存状態は悪くない。


「これ、全部でいくらですか」


「500シエルでいいよ。売れ残りだし、荷物軽くしたいからさ」


蒼汰は迷わず支払った。商品を袋に詰め替えて路地裏へ向かい、スキルで売却。


《用途:携行食の備蓄・簡易調理所が求めています》

《売却価格:1400シエル》


(まずは900の利益。上出来)


通りの少し奥、小さな布の日よけを張った屋台があった。

手製らしく、布端が波打っていて、木箱の脚も不揃いだった。

そこに並べられているのは、小さなクッキーやパイのような焼き菓子。

形はどれも不格好で、焼き色もやや濃すぎる。中には崩れかけのものもある。けれど、それでも“真面目に作った”ことだけは伝わってきた。


売り子は、まだあどけなさの残る少女だった。

歳の頃は──十三か、十四といったところ。

髪は後ろでゆるくひとつに結ばれており、前髪の端は火の粉で焼けたのか、縮れていた。

手の甲には小麦粉がまだ薄く残っていて、指先にはいくつか小さな火傷の跡が見えた。


蒼汰が近づくと、少女はぎこちなく顔を上げた。


「あの……お、お菓子、よかったら……」


声は小さくて、頼りなげだったが、喉の奥から一生懸命に引き出してきたような響きがあった。

蒼汰はふと、そのまっすぐさに引き込まれた。


「これ、君が作ったの?」


「……はい。わたし、将来、お菓子屋さんになりたくて……。でも、まだ全然上手じゃなくて……。でも、どうしても誰かに食べてもらいたくて……」


途中で声が細くなっていった。

不安と恥ずかしさと、どこかに期待が混じった瞳で、彼女は蒼汰を見ていた。

その目は、たとえば誰かに否定されたなら、簡単に折れてしまいそうで──けれど、それでも踏み出さずにはいられなかった、そんな子供の目だった。


蒼汰はしばらく棚に並べられた菓子を見て、そして静かに訊いた。


「名前、教えてくれる?」


「……え?」


「俺は蒼汰。君が、自分の作ったものを渡した相手の名前を覚えたいって思ってくれるなら、俺も君のことをちゃんと知りたい」


少女は、ほんの一瞬目を見開いて、それから顔を赤くした。


「……ミリィ、です。ミリィ・ファルノ」


小さく、でも確かに名乗った声は、菓子よりもずっと甘く、繊細に響いた。


「ありがとう、ミリィ」


蒼汰は笑い、小さく頷いた。


「全部でいくら?」


「……えっと、売れ残りだから、全部まとめて……300シエルでいいです……」


蒼汰は黙って支払い、焼き菓子を包んでもらった。

そして人の少ない路地へ移動し、スキルを起動。


《用途:地方の菓子工房の素材研究用に/品質比較サンプル》

《売却価格:900シエル》


(味なんて関係ない。ちゃんと“誰かに届く”んだ)


包みをそっと袋にしまって、屋台に戻ると、ミリィは緊張したまま、ずっとこちらを見ていた。


「ありがとう、ミリィ。きっと、また来るよ。次はどんなお菓子が並んでるか、楽しみにしてる」


その言葉に、少女はぱっと表情を変えた。

嬉しさと恥ずかしさがないまぜになったような笑顔は、無理に作ったものじゃなかった。

胸の奥からじわじわと湧いてきた、そんな“本物の笑顔”だった。


「うん……うんっ!絶対、もっと上手くなるから……!」


蒼汰は軽く手を振り、ミリィの屋台をあとにした。


(今の言葉が、あの子の背中を押せたのなら──)


そんな風に思いながら、陽の当たる通りへと戻っていった。


その後も、市場を回っていくつかの掘り出し物を入手した。


失敗作のパン(300シエル) → 食事支援団体に(+500シエル)


粗い木製の器具(400シエル) → 舞台小道具用に(+750シエル)


不揃いの染色ボタン(250シエル) → 裁縫学校教材に(+620シエル)


気づけば、懐の中は少しずつ、確かな重みを持ち始めていた。



通りを曲がった先、ちょうど屋台をたたみかけているグループがいた。

冒険者のようだった。肩に革のマント、弓を背負い、談笑しながら片付けを進めている。


その中の一人──赤毛の三つ編みの女性が蒼汰に気づいたように顔を上げた。


「あっ、君……この前の、鉄の束の……!」


(……誰だ?)


見覚えはないが、どうやら向こうはこちらを知っているらしい。

蒼汰は、とりあえず会話を合わせることにした。


「……あ、ああ。あの時の……?」


「やっぱり!君が売った鉱石、私たちの装備の補修にすごく使えたの!」


彼女は笑顔で近づいてくる。赤毛の彼女はフィオと名乗り、後ろには短く刈った髪の剣士、ローブ姿の中性的な人物もいた。

後に“灰の道標”と呼ばれる三人パーティー。だが蒼汰にとっては、初めて見る顔だった。


「ところでさ、これなんだけど……買い取ってもらえないかな?」


フィオが差し出してきたのは、壊れかけの革のポーチ。

留め具が外れ、縁が擦り切れている。


「これ……誰が使うんだろうな……」


そう呟きながらも、蒼汰はポーチを手に取り、内心でスキルを起動。


《用途:魔導具職人の試作品ケース・修理素材》

《売却価格:1700シエル》


「……うん。悪くないかも。1000シエルでどう?」


「ほんとに!?こっちとしては助かるよ!」


フィオは嬉しそうにポーチを手渡した。蒼汰は受け取って袋に入れる。


「後で、それなりのところに売っておくから。今すぐじゃなくてもいい?」


「もちろん!助かる!」


剣士の男──ゼヴが、静かに一歩前に出てきて、短く言った。


「目利きが利く者は、戦場においても貴重だ。君のような人間が、俺たちの荷を整理してくれるだけでも、背中が軽くなる」


「え……いや、そんな、大げさな……」


けれどその言葉が、不思議と胸に残った。



路地に入り、スキルでポーチを売却。買取額1000シエルに対し、売却価格は1700シエル。700シエルの利益。


今日の売却分をすべて合わせると、利益は6930シエル。

所持金と合わせて、8400シエルになった。


(……これで、ようやく支払いに間に合う)


蒼汰は空を見上げた。リリアンの店へと向かうには、まだ陽は十分高い。


「……行くか」


布の温もりと向き合う、その時が近づいている。

自分の“いま”を、包んでくれる何かと。

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