第一話『森で拾った石が1000シエルで売れた件』
初めての小説公開となります。Vtuber活動や本業の学業の合間に描かせていただきたいです。
お見苦しい点もあると思いますが何卒よろしくお願い申し上げます。
柔らかな土の匂いが鼻をくすぐり、頬にひんやりとした湿気を感じて、俺は意識を取り戻した。
「……ここ、どこだ?」
起き上がると頭にズキリとした痛みが走る。周囲には見たこともないほど鬱蒼とした森が広がっていた。頭上には高々と伸びた大木が日差しを遮り、足元にはふかふかと積もった落ち葉が敷き詰められている。耳を澄ませば遠くから鳥のさえずりが微かに響き、風が枝葉を揺らして柔らかな囁きを奏でていた。
「何が起こったんだっけ……」
記憶が曖昧だ。自分の名前――蒼汰という名前だけははっきりと覚えているが、それ以外はぼやけている。視線を落とすと、身体は細く、腕や足が棒切れのように痩せ細っていた。
「……え?」
胸元を見下ろした時に気付いてしまった。
「嘘だろ、またなのか……」
前の世界――確か『日本』という名前だった気がする――でもそうだった。俺は、男なのに身体が女だった。ここでもか。惨めな気持ちが押し寄せてくるが、それを必死に振り払う。今はそれどころじゃない。
とりあえず現状を把握しないと。
「ステータス、とか言えば何か出るんだっけ?」
思いつきで呟いてみると、視界に半透明の青いウィンドウが浮かんだ。
【名前:蒼汰/性別:女性/年齢:17歳】
【職業:未登録/称号:異世界人】
【魔力:0】
【スキル:正式売却】
「魔力、ゼロ……?」
愕然としたが、どこか納得もあった。前の世界でも特別な力なんてなかった。それは、ここでも同じらしい。
正式売却? なんだそれ。
スキルの説明を求めてみると、追加の表示が浮かぶ。
【正式売却:所持しているものを望む価格で正式に販売したことにできる能力。販売すると、その商品を欲する相手に直接売ったことになる】
「これ……役に立つのか?」
疑問に思いながらも、試してみることにした。手近な場所にあった丸い石を拾い上げる。
「これ、売れるのか?」
問いかけると、視界にまた別の表示が浮かび上がった。
【丸い石を10シエルで売却可能です。売却しますか?】
シエル? 聞いたことがない通貨だが、この世界のものだろう。
「売る」
そう答えると石はすっと消え、代わりに手の中に小さな硬貨が握られていた。銀色に輝く綺麗な硬貨だ。確かにこれは便利な能力らしい。
その後も俺は夢中で石を拾い、売却を繰り返した。二時間ほど経った頃には、俺は1000シエルを手にしていた。
町への道を見つけ、森を抜けると、目の前に広がった光景に俺は息を呑んだ。遠くからでも明らかな美しい中世ヨーロッパ風の町並みが目に入る。赤レンガの屋根が並び、白い壁には色鮮やかな花々が飾られ、石畳の道には露店が所狭しと並んでいた。
町に入ると活気ある人々の声が響いてきた。異世界人らしい衣装を身にまとった商人や、革鎧に身を包んだ冒険者たちが行き交い、賑やかな笑い声や商売の掛け声が飛び交っている。見慣れない魔物を引き連れた人もいれば、頭上を小さなドラゴンが旋回している姿さえあった。
商業ギルドの建物は豪奢で重厚な石造りだった。だが、登録料が30万シエルと聞いてがっくりと肩を落とす。
仕方なく冒険者ギルドに向かう途中、露店で売られる奇妙な果物や薬草、香ばしい焼き菓子の匂いに心を奪われる。初めて見るこの異世界の生活は新鮮で、少し胸が高鳴った。
冒険者ギルドは広い酒場兼宿のような場所だった。木製のテーブルでは仲間同士が楽しげに会話をしている。受付を済ませカードを手にすると、再び胸が熱くなった。
――また男として生きる。その決意を新たにしながら、俺はもう一度町を見回した。
視界に映るすべてが、生き生きとしていた。
もう二度と、前の世界のような惨めな人生は送らない。ここでは、どんなに苦しくても、胸を張って生きていくと決めたのだ。
「絶対に、この世界では自分らしく生きてやる」
遠い空にそう誓いを立てて、俺は新たな一歩を踏み出した。
週に1~3回更新できれば、と考えてます。