第15話 振込みあったって
控室に戻る途中で、
「お疲れ様」
レッドに声を掛けられた。
マスクをとったレッドは、さすがの顔面かっこよさだったが、年齢は僕より下っぽかった。
「最初にしては、頑張ってたね」
圧倒的な上から目線に僕はムカついたが、
「お疲れ様でした」と、会釈で返した。
ここでの中心は間違いなく彼だ、長いものにはまず巻かれたほうが無難だ。
もう、色々考えることに今日は疲れた。
キャンピングチェアーに座って、もらったお茶を飲んでいると。
「黒田さん、夕食お弁当出てますので持って帰って下さい」
メガネピンクがさっきと違って優しい声を掛けてきた。
スタッフ受けも良かったな!
と感じながら、コンビニ袋に入った弁当を受け取った。
どこで食べようかと考えていると、
「黒田さん、帰りどうされます。まだバスに乗れますけど? 」
とメガネピンクAPが聞いた。
疲れているのでうれしい申し出だったけど、他の戦士と同じ車内は気が引けるので、
「他の戦士はどうするんですか?」
と聞き返した。
するとメガネピンクは、
「みんな車に決まってるじゃないですか」
「自分の車ですか?」
「マネージャーが運転する場合もありますが、皆さん自分で来てますよ」
メガネピンクのAPさんは、呆れたように去っていった。
確かに駐車場に、フェラーリやベンツやアルファードが止まっていたが、
戦士の車だったんだ。大したもんだなぁ。
訳もなく感心した。
帰りはスタッフのバスに乗せてもらえたので、僕は膝の上に重いスーツケースを抱えながら爆睡した。
目が覚めると新宿西口だった。
何人かのスタッフと一緒に降りたが、
頭は寝起きでボーッとしていた。
駅の雑踏で弁当の袋を持ってしばらく何もやる気が起きなかった。
現場にいる時は、何が何だかわからないアドレナリンが出て興奮状態になったが、終わってみると、情けない1日だった。
人の表情を読んで無難に立ち回っただけだ。
モヤモヤとした気分にうちひしがれた。
自宅に帰ると、メガネピンクに言われたHRCの配信ページをスマホで確認した。
もう、この日の戦いがニュースになっていた。
でも、僕が写っていたのは、必殺技でみんなでポーズを取った後、レッドを空に飛び上がらせるための土台になった2秒ほどだった。
1日走り回った苦労は全く報われなかった。
高校時代の3軍の思いを引き出しただけ。
こんな思いをしてまでヒーローなんかやりたくない。
スマホを調べれば、どこかに契約の解除とかそんな事が書いてあったに違いない。
会社としてもこんな不甲斐ないヒーローを雇っていても仕方がないと諦めるだろう。
そもそも、一人も敵を倒さず、戦いの端っこでウロチョロしているだけ。
なんで選ばれたのは分からないけど、大体今までの人生、夢みたいなことは一度も起こらなかった。
夢見ても、期待しても、しょうがない。
堅実に次の仕事を探そう。
もらったお弁当と発泡酒を飲んで、その日はぐっすり眠った。
翌日にスマホで銀行口座を確認すると
HRCという名前の会社から
78000円が振り込まれていた。
これはやばい闇バイトだったらどうしよう、
念の為にスマホで「HRC 評判」と調べてみた。
すると
オリンピック組織委員会のような国際組織の日本支部で、理事には有名な政治家が並んでいた。
多分信用できるちゃんとした組織のようだった。それを広告代理店としてのヒーローコーポレーションが運用していると、ずらずらと説明が書かれていたが、一旦止めた。
辞めようと思ってたけど、1日働くだけで1ヶ月分の家賃になる。
これは、もうやめられない。
僕は昨日の夜の深い反省の事など忘れて、金を引き出す為、早速コンビニに向かった。
とりあえず家賃払える、好きな弁当買える。
ひとまずは安心だ。
先の事は考えず、
僕はこの怪しいがおいしい仕事を続けていきたいと思い始めた。
(第1章 終)